1羽
無知は、罪。
馬鹿は風邪ひかない。
そして、無知な馬鹿は、早死にする。
ウララは、水底に沈んでいくのを他人事のように感じた。
どうして、こんなことになったのか。今更考えてもわかるはずなどなく、無駄な考えは早々とやめた。
そして、彼女はひたすら最愛の夫の顔を思い出そうとした。
(……息が苦しくてうまくいかない……せめて、出てこい――走馬灯)
目を閉じて、記憶を遡る馬に乗った。馬は速すぎて、鳥の中でも随一のおバカ、と呼ばれていたころの幼い時まで戻ってしまった。ウララは、魘されるように首を振って、時計の針を進めた。
「七歳、からが……いい」
ウララが、彼女の夫、屍蛇と出会ったのは、七歳のころだ。
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この世には、あらゆる獣人が存在している。そんな中、相性の良い部族同士が入り混じり、国を作っている。中元の国も、その一つだ。蛇族、狼族、猿族が中心となり、その他の少数種族と共に長い歴史を作って来た。
「よし、気付かれなかった」
ウララの父は、鳥族の族長だ。ウララは、献上品の壺の中に隠れ、父親の参内についてきた。
人気のない建物の裏に身を隠し、壺の中で凝り固まった体をほぐし、髪をかき上げた。
うずらの獣人であるウララの髪は、杏子の混じった茶色だ。ふわふわとした長い美しい髪、白皙の愛らしい顔だち、小さく華奢な体。見た目は、可憐な花のようだが、彼女は大人しい性質ではなかった。ありのままに言えば、落ち着きのない子だった。うずらは小さいけれど渡り鳥。じっとしていられない性質だった。
「さぁて、宮廷って、どんなところなのかなぁ」
「ねぇ、ウララ。まずいって帰ろうよ」
ぐっと背伸びをしているウララに、幼馴染のエナガが苦言を呈した。彼は、ウララを妹のように思い、世話をやいてくれる可愛らしい少年だった。今日も彼女の悪戯に「やめなよ、あぶないよ」と言いながらも、見捨てられずについて来た。
鳥族、とくに渡りをする種族は、季節ごとに住処を変え自然とともに暮らしていた。ウララたちは、夏には涼しい島で、冬を中元の都市で過ごしていた。
「中元に来ても、いっつも、お父様が皇帝に挨拶したら田舎に行っちゃうから、つまんない」
「だからって、まずいよ、見つかったら……火あぶりの刑にされちゃうかもよ!」
エナガが、ウララの着物の裾を掴み、恐怖の涙をぬぐった。
「だったら、帰りなさいよ」
「一緒に帰ろう」
「いーや! 知ってる?今日は、天灯のお祭りなんだって」
「何それ?」
「よくわかんないけど、秋の収穫に感謝して、冬の無病息災をいのるとか?とにかく、夜になったら提灯を空に飛ばすのよ」
「提灯を、空に――危ないじゃないか!」
その光景を想像し、エナガは震えた。
「えー、絶対に綺麗よ。その天灯と一緒に空を飛ぶのよ」
「熱いっ!想像するだけで、羽根が焦げそう。怖いよ!」エナガは自らの羽根を背負うように隠した。
「もう、すぐビビるんだから。私は怖くないわ」
「でも、それだけなら、別に宮廷に忍び込まなくても、お父上に頼んで、今日は都に滞在してもらえばいいのに……」
エナガの言葉を遮るように、ウララが、ちっちっち、と指を振った。
「宮廷の皇族たちが、競うように、こーーーんなに大きな天灯を作ってるらしいのよ」
ウララは、腕とちいさな翼を広げた。
「で?」 エナガは冷めた顔で聞いた。彼は、嫌な予感がビンビンしていた。
「皇族の天灯は、後宮で飛ばすから庶民には見られないの!だから、昼間のうちに忍び込んで飛ばすところを見るの」
エナガは、ぶぅーと唾を吐くようにのけぞった。
「馬鹿、本当にウララの馬鹿!いや、僕だってこんな事言いたくないけど、絶対に酷い目に遭うよ!見つかるに決まってるじゃん。あり得ない。どうしたら、そんな発想になるの。せめてさぁ、望遠鏡買って、後宮が見える高い木に待機しようとか考えないの?頭の中、羽根詰まってる?」
可愛い顔に似合わない、容赦のない言葉が浴びせられた。
ウララは言葉に詰まり、口をモゴモゴと動かしている。
「まださぁ、綺麗な天灯と飛びたいまでは、少しは理解できたけど、後宮忍び込むとか意味不、まじで意味不明」
怒りの火が付いたエナガが、止まらない罵倒を繰り返し、右往左往している間に、ウララはそっと逃げだした。
「僕はさ、兄弟いないし、ウララの事を妹くらいに大切に思ってるよ。でもさぁ、いくらなんでも、それは付き合えないっていうか、ありえないっていうか、悪い事いわないから、やめとこうよ……ね、僕も君のお父上に頼んで望遠鏡を買って――え?ウララ? あれ?どこ行った? え?」
エナガの叫ぶに叫べない、小さな叫びが木霊する。
「ウララー!!」
ウララは、軽快に足を進めていた。宮廷は広い。中元の歴史は深く、建国から既に500年もの月日が経っている。その間に何度も滅亡の危機があったが、蛇族の狡猾な戦術と政治、狼族の軍事力、猿族の技術力と少数民族をまとめる交渉力によって、この世で一番大きく、長い歴史を持つ国となっていた。




