第84話 猛毒の塩 ~『クソ京急めぇ!』と海上の大炎上~
昭和51年(1976年)、秋。
東京モノレール本社・緊急記者会見場。
無数のフラッシュが瞬く中、専務の権田は大量の汗をハンカチで拭っていた。
「……ですから! 当社は湘南モノレールとは方式が違い、跨座式でありまして……」
「……方式の問題ではありません!」
最前列の記者が、容赦なくマイクを突きつける。
「……もし台風の日に、東京湾の真上で立ち往生した場合、乗客はどうやって避難するんですか? 相鉄さんのような重機は海の上を走れませんよ!」
「……そ、それは……救命胴衣を配備し、海上保安庁の船と連携して……」
「……暴風雨の海上で、高さ15メートルの高架から船に飛び降りろと言うんですか!? 乗客に曲芸師になれと!?」
会場から失笑と怒号が湧き上がる。
権田は目の前が真っ暗になるのを感じた。
「海上の密室」。その恐怖のイメージは、すでに国民の間に完全に定着してしまっていた。
* * *
【東京モノレール・役員室】
会見から逃げるように戻った権田の机に、技術部長が分厚い見積書を置いた。
「……専務。……運輸省からの行政指導に従い、『海上区間の全線に緊急避難用のキャットウォーク(側道)を新設する』場合の概算です。……それに加えて、風速15メートルでの運休基準を適用した場合の、年間減収予測も……」
数字を見た権田は、血の気が引いた。
「……な、なんだこの金額は……!! ウチの年間利益が軽く吹き飛ぶぞ!!」
「……ええ。……さらに、強風での運休が増えれば、『飛行機に乗り遅れる』と恐れた客は、確実にタクシーやバスに流れます。……モノレールの致命傷です」
権田は、見積書を床に叩きつけた。
湘南での事故。相鉄の救助。そして、それを大々的に美談として報じさせた黒幕の顔が脳裏に浮かぶ。
「……クソッ……!! クソ京急めぇぇぇぇッ!!」
権田の絶叫が、役員室に響き渡る。
「……『乗客の命は代えがたいもの』だと!? ……ふざけるな五代!! 貴様、客の命をダシにして、ウチの会社に天文学的な安全対策費を押し付けやがったな!! ……これでモノレールへの不信感は高まる一方だ!!」
* * *
【京急本社・社長室】
同じ頃、五代は上機嫌でブランデーグラスを傾けていた。
相鉄の高見恭平が、呆れたような顔で報告書をまとめている。
「……五代さん。……東京モノレール、大炎上ですね。……運輸省からも『どうするんだ』と連日圧力をかけられているそうです。……我々が湘南を助けたことが、結果的に彼らに『安全を見直すいい機会』を与えてしまったわけですが」
「……ああ。最高の**『敵に塩を送る』**行為だったな」
五代は、グラスの氷をカラカラと鳴らした。
「……ただし、その塩は致死量の猛毒だ。……傷口に直接すり込んでやった。……彼らは今、その塩の痛みにのたうち回っている」
「……えげつないですね。……でも、これで羽田空港のアクセス議論に変化が出ますか?」
「……出る。……『海上のモノレール一本では、強風時に首都の空の玄関が孤立する』。……この事実が白日の下に晒されたのだ」
五代は、デスクの上に広げた**「羽田空港沖合展開計画」**の図面を強く叩いた。
「……政治家も、国も、もう『モノレールだけで十分』とは口が裂けても言えん。……天候に左右されない、地下を走る強靭なアクセス鉄道。……すなわち、我が京浜急行の羽田乗り入れが、国家の危機管理上『必須』となる」
昭和51年、秋。
五代の描いた恐るべきシナリオが完結した。
相鉄の泥だらけの重機が持ち上げたのは、湘南の事故車両だけではない。
京浜急行という会社そのものを、羽田空港の地下深くへと送り込むための「絶対的な大義名分」だったのだ。




