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第85話 揉み消しの業火と、動き出す緑の盾 ~小田急の代理戦争~

 昭和51年(1976年)、晩秋。

 東京・赤坂の高級料亭の奥座敷。

 東京モノレールの権田専務は、畳に額をこすりつけるようにして平伏していた。

「……どうか、どうかお力をお貸しください! ……このままでは、モノレールが京急に食い殺されます!」

 上座で葉巻を咥えているのは、政界の裏を牛耳る**「ヤバい大物フィクサー(黒幕)」。

 そしてその隣には、大手メディアの論調を裏で操作する「情報屋のドン」**が座っていた。

「……権田くん。……お前のところのコンクリートのオモチャがポンコツなのは事実だろう?」

 フィクサーが、紫煙を吐き出しながら笑う。

「……そ、それは……しかし、ここで京急の羽田入りを許せば、先生方の利権にも傷が……!」

「……分かっている。……あの生意気な京急の若造(五代)が、正論を振りかざして世論を煽っていることもな。……おい、どうにかなるか?」

 フィクサーが隣の情報屋を見る。

 情報屋は、分厚い札束の入った紙袋を足元に引き寄せながら、薄気味悪い笑みを浮かべた。

「……造作もありません。……大衆の怒りなど、たかだか三日です。……明日から、人気アイドルの熱愛スキャンダルと、プロ野球の大型トレードのスクープを全紙のトップに持ってきます。……モノレールの『モ』の字も出させませんよ」

        * * *

 【数日後・京急本社】

 「……見事に消えやがったな」

 五代は、朝刊の束をゴミ箱に放り投げた。

 つい数日前まで『海上の密室! 東京モノレールの危機!』と騒いでいたメディアが、まるで何事もなかったかのように口をつぐんでいる。

 国会での安全対策追及も、謎の力によって先送り(継続審議)にされてしまった。

「……五代さん。……完全に鎮火させられましたね。……相手の背後には、相当な『ヤバい連中』がついているみたいです」

 高見恭平(相鉄)が悔しそうに言う。

 正論と世論の炎を、圧倒的な「闇の力」で消火器ごと殴りつけられたようなものだ。

「……まあいい。……ノーダメージとはいかんはずだ。対策費で奴らの財布は確実に軽くなっている」

 五代がそう言った瞬間、高見の持っていた無線機(現場用トランシーバー)がけたたましく鳴った。

『……た、高見課長!! 緊急事態です!! ……鎌倉の現場が、止められました!!』

「……なんだと!?」

        * * *

 【鎌倉市・相鉄いずみ野線延伸ルート上】

 五代と高見が車で駆けつけると、相鉄が買収を進めていた予定地の前に、ピケが張られていた。

 だが、それは労働組合やプロ市民ではない。

 **「古都鎌倉の景観を守る会」**と書かれたのぼりを持つ、地元住民と市議会議員たちだった。

「……どういうことだ!? なぜ突然、建設反対運動が!?」

 高見が現場監督に詰め寄る。

「……小田急です!! 小田急の連中が裏で糸を引いてるんです!!」

 現場監督が指差した先。

 少し離れた江ノ電の踏切の脇に、黒塗りのハイヤーが停まっていた。

 その窓から、小田急の冷将・**御子柴みこしば**が、冷ややかな目で見下ろしていた。

「……御子柴……!! 貴様、五代さんが羽田に気を取られている隙に……!」

 御子柴は、車の窓から一枚のビラをヒラヒラと落とした。

 そこには、**『鎌倉の足は、愛すべき江ノ電だけで十分! 巨大資本(相鉄)のコンクリート高架線は、古都の景観を破壊する!』**と書かれていた。

「……見ろ、高見」

 五代が、踏切をカンカンと音を立てて通過していく緑色の小さな電車――江ノ電を睨みつけた。

「……小田急の奴ら、子会社である『江ノ電』を盾にしやがった。……江ノ電は古い。遅い。不便だ。……だが、**『歴史的景観の一部』**という、絶対的なブランド(市民の愛着)を持っている」

 御子柴の狙いは完璧だった。

 相鉄が鎌倉に最新鋭の鉄道や巨大バス網を持ち込もうとすればするほど、江ノ電を愛する市民からは「古都を壊す侵略者」として映るよう、メディアと世論を操作したのだ。

「……くそっ……! 羽田で俺たちがモノレールにやった『ネガティブキャンペーン』を、そっくりそのまま鎌倉でやり返されたってわけか……!!」

 高見が歯軋りする。

 昭和51年、冬。

 羽田の炎が強引に消し止められた直後、鎌倉の地で、ラスボス・小田急が江ノ電という「緑の盾」を構え、相鉄の南下ルートを完全に封鎖した。

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