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第81話 鉄路の矜持 ~勝手に朽ちろ、だが客を道連れにするな~

 昭和51年(1976年)、台風直撃の深夜。

 大船・鎌倉山の谷底。

 消防隊の活動が難航し、事故車両からの悲鳴が絶望的なものに変わりつつあった時。

 相鉄の詰め所の中で、五代はゆっくりと立ち上がった。

「……高見」

「……は、はい!」

「……勘違いするなよ。……俺は、あの『空飛ぶ棺桶モノレール』を助ける気はない。……あいつは、設計ミスと過信の果てに、自ら死を選んだのだ」

 五代は、窓ガラスに映る自分の顔を睨みつけた。

「……だが、中にいる人間は違う。……彼らはただ、『移動手段を間違えた』だけの被害者だ。……死ぬ理由はない」

        * * *

 五代は、高見に向き直り、吐き捨てるように言った。

「……チッ。……勝手に朽ちるのは構わん。……だが、客を道連れにするな」

 その言葉を聞いた瞬間、高見の顔に生気が戻った。

「……五代さん!!」

「……行け、高見!! ……相鉄建設の全戦力を投入しろ!! ……いずみ野線の延伸工事で使っている『クローラークレーン』と『高所作業車』だ!! ……あの程度の風、キャタピラの重さで踏み潰せ!!」

「……了解!! ……直ちに出動させます!!」

        * * *

 数十分後。

 闇に包まれた谷底に、地響きのような重低音が響き渡った。

 ズズズズズズッ……!!

 ゴォォォォォ……!!

 消防車のサイレンとは違う、もっと野太く、力強いディーゼルエンジンの咆哮。

 森を切り開き、泥濘ぬかるみを踏み越えて現れたのは、相鉄建設(と京急の支援部隊)が誇る、巨大な建設重機軍団だった。

「……な、なんだあれは!?」

 消防隊員たちが目を丸くする。

 先頭の巨大なクローラークレーンが、暴風雨の中でアームを伸ばした。

 その先端には、しっかりと固定されたゴンドラ(作業床)が揺れている。

 普通のトラッククレーンなら風で転倒するが、キャタピラ式の重機はビクともしない。

「……こちら相鉄建設!! ……これより救助を開始する!! ……モノレール側の許可なんて待ってられない!! ……強行突入だ!!」

        * * *

 【地上20メートル・事故車両横】

 ウィィィィン……ガシャン!!

 クレーンのゴンドラが、傾いたモノレールのドアに横付けされた。

 ヘルメットに「相鉄」のロゴが入った作業員が、バールで強引にドアをこじ開ける。

「……うわぁぁぁん!!」

「……た、助かった……!!」

 中から、泣き叫ぶ子供や、腰を抜かした老人たちが顔を出した。

「……落ち着いて!! ……一人ずつだ!! ……我々が支える!!」

 作業員たちは命綱を使い、パニックになる乗客を一人ずつゴンドラへと移していく。

 そのすぐ横では、別の重機のアームが、今にも落ちそうなモノレールの車体を下からガッチリと支え、揺れを止めていた。

        * * *

 【地上・指揮所】

 五代は、傘も差さずにその作業を見上げていた。

 雨に濡れたスーツ姿で、彼は冷徹に呟いた。

「……見ろ、高見。……これが『鉄道屋』の力だ。……ハイテク気取りのコンクリートの塊を、泥臭い鉄と油の塊が救っている」

「……はい……!! ……これ以上ない皮肉ですが、……最高にカッコいいです!!」

 五代は、救助された乗客たちが、地面(泥)を踏みしめて安堵の涙を流す姿を見た。

「……彼らは思い知るだろう。……空中に逃げ場はない。……最後に頼れるのは、大地を踏みしめる『鉄路(我々)』だけだとな」

 昭和51年、嵐の夜。

 相鉄・京急の重機部隊による決死の救出劇。

 それは、単なる人命救助を超えた、**「鉄道システムとしての完全勝利」**を宣言する儀式だった。

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