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第77話 コンクリートの亡霊 ~ドリームランド線の教訓~

 昭和51年(1976年)、晩夏。

 台風の季節が近づく、蒸し暑い日。

 横浜市戸塚区と鎌倉市大船の境界付近。

 そこには、異様な光景が広がっていた。

 灰色の空に向かって、巨大なコンクリートの橋脚が延々と続いている。

 その上には軌道桁レールが乗っているが、走るべき車両の姿はない。

 桁は黒ずみ、所々に赤錆が浮き、蔦が絡まり始めている。

 **「ドリームランドモノレール(ドリーム交通モノレール大船線)」**の廃線跡だ。

「……五代さん。……これを見るたびに、背筋が寒くなりますよ」

 相模鉄道の建設課長・高見恭平は、頭上の廃墟を見上げて身震いした。

「……読者……いえ、世間の多くの人はもう忘れているかもしれません。……昭和41年(1966年)、『横浜ドリームランド』への夢の輸送機関として華々しく開業したこの路線が、……わずか1年半後の昭和42年に、突然運行を停止したことを」

「……原因は?」

「……『車両の肥満』です」

 高見は、解説するように語った。

「……設計段階での見積もりが甘く、車両の重量がコンクリートの桁の耐荷重を超えてしまった。……走れば走るほど、自分の重みでレールのあちこちに微細な亀裂クラックが入っていった。……ある日、検査員が気づいた時には、いつ崩落してもおかしくない状態だったとか。……以来、10年近くこうして放置されています」

        * * *

 五代は、廃墟の橋脚をコンコンとステッキで叩いた。

 乾いた音が、虚しく響く。

「……哀れだな。……ドリームを運ぶはずが、物理法則という現実に背骨を折られたか。……だが、高見。……これこそが『モノレール』というシステムの限界だ」

 その時。

 頭上を別の爆音が通り過ぎた。

 ゴォォォォォ……!!

 廃墟のすぐ近くを、銀色の車体がぶら下がって疾走していく。

 湘南モノレール江の島線(大船~湘南江の島)。

 こちらはドリームランド線とは違う「懸垂式(サフェージュ式)」だが、同じ大船の空を共有する兄弟のような存在だ。

「……五代さん。……あっちは元気に走っていますよ。……江ノ島への近道として、そこそこ客も乗っています。……相鉄のライバルになり得ませんか?」

「……ライバル?」

 五代は鼻で笑った。

「……あり得ん。……あいつは『生存者』だが、常に死神(ドリームランドの亡霊)に見つめられながら走っている」

 五代は、風に吹かれて少し揺れている湘南モノレールの車体を指差した。

「……見ろ。……風が吹けば止まり、雪が降れば止まる。……そして何より、一度レールに傷がつけば、隣の廃墟と同じ運命を辿る。……そんな『薄氷の上の交通』に、何万人もの通勤客や観光客を預けられるか?」

        * * *

 五代は、相鉄の計画図(いずみ野線延伸案)を広げた。

「……我々相鉄は違う。……大地に砂利バラストを敷き、鉄の枕木を並べ、鋼鉄のレールを置く。……どんなに重い電車が来ても、地面が支えてくれる。……それが**『鉄道』**だ」

「……つまり、モノレールは無視ですか?」

「……そうだ。……手出し無用。……あえて助けず、競争もしない。……ただ、住民にこう思わせればいい」

 五代は、廃墟と現役車両を交互に見比べた。

『空を飛ぶコンクリートは、いつか折れるかもしれない』

『やっぱり、地面を走る電車(相鉄)の方が安心だ』

「……放置プレイだ、高見。……あの宙吊りの棺桶が、自らの特異性に苦しみながら走る姿こそが、我々相鉄の『安全性』を引き立てる最高のスパイスになる」

 昭和51年。

 大船の空に浮かぶ二つのコンクリート(死体と生存者)。

 五代はそれらを「地域の負の遺産」として利用し、相鉄のブランド力を高めるための踏み台にした。

 だが、その判断が正しかったことが、間もなく証明されることになる。

 南の海上から、巨大な台風が近づいていたからだ。

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