第251話 :悪貨と良貨 〜 定期外客(ノイズ)の濁流 〜
幕張新都心。
ジョウカが仕掛けた「JRによる山側の包囲網(防波堤)」に対し、五代は地下から富裕層を抜き取ることで対抗した。
しかし、五代の野望はそれだけでは終わらない。
「……富裕層の財布だけじゃ、街の基礎(土台)は固まらねえ。街を本当の『沼』にするには、圧倒的な数の【底辺(大衆)】が必要だ」
五代の視線の先には、海側に鎮座する巨大コンベンションセンター——【幕張メッセ】があった。
その日、幕張の街は異常な空気に包まれていた。
京急電鉄がメインスポンサーとなり、幕張メッセ全館を貸し切って開催された日本最大級のネットとサブカルの祭典**『超・電脳会議』**。
その数、実に『二日間で20万超』。
ジョウカが苦労してJRから流し込んだ「全国の地方客」など目ではない、圧倒的な局地的・瞬間的な【人間の津波】だった。
幕張新都心、山側。
ジョウカが巨額の外資を投じて築き上げた「グローバル・ビジネス特区」は、本来であれば超一流企業のオフィスが立ち並び、エリートビジネスマン(定期客)たちが静かに行き交う、美しいインフラの結晶となるはずだった。
「……計算通りだ。高単価の企業テナントが入り、JRのグリーン車を使った定期券の売り上げも伸びている」
ジョウカは美しいオフィスで、右肩上がりの「定期客データ」を見て冷たい満足感を覚えていた。
しかし。その静寂は、年に6回訪れる【五代の仕掛けた爆弾】によって、物理的に粉砕されることになる。
「ジョ、ジョウカさんッ!! 大変です! 海側のメッセから……『超・電脳会議』の客が、山側へ向かって大挙して押し寄せてきます!!」
五代の戦略は極めてシンプル、かつ悪魔的だった。
彼は海側で集めた「定期外客(20万人のイベント客)」のうち、金払いの良い上客だけを自社のキメラ車両でスマートに回収し……残りの「汗だくで、興奮冷めやらず、カネを落とさない10万の群衆」の動線を、ペデストリアンデッキの誘導看板や警備員の配置を操作し、意図的にジョウカの『ビジネス特区(山側)』のど真ん中を通過するように誘導したのだ。
***
「うおおおおおッ!!」
「あそこのホテルのロビー、クーラー効いてるし座れるぞ!!」
「駅のトイレ混みすぎ! オフィスのトイレ借りようぜ!」
静謐だったビジネス特区は、一瞬にして【暴徒の祭典】へと変貌した。
民衆が高級ホテルのエントランスを占拠し、オフィスビルの公開空地で酒盛りを始め、JR海浜幕張駅の改札は切符を買う定期外客で完全にパンクする。
「……なんだ、この有様は!」
出張から戻ってきた重役(定期客)が、集団の渋滞に巻き込まれて身動きが取れず激怒する。
大事な商談に向かうビジネスマンが、駅の入場規制に巻き込まれてアポをすっぽかす。
美しかった無菌の街は、ゴミと騒音と熱気で、完全に『スラム化』していた。
これが、年に6回、確実に起こる。
「……ふざけるな。こんな環境で、まともなビジネスができるか!」
「家賃が高いだけで、イベントのたびに社員が駅すら使えなくなる! こんな街、もう出ていく!」
インフラにおける究極の真理。
【圧倒的な人数の『定期外客』は、高単価な『定期客(優良顧客)』を物理的・精神的に駆逐する】。
ジョウカがどれだけ完璧なデータで美しいビジネス街を設計しようとも。
企業テナント(定期客)たちは、年に6回も街が機能不全に陥るストレスに耐えきれず、次々と契約を解除し、幕張の山側から逃げ出し始めたのだ。
***
「……どうだ、外資のエリートさんよ。俺の用意した『定期外の泥水』の味は」
海側のペントハウスから、山側の惨状を見下ろして五代は笑っていた。
「お前は綺麗な『定期客』だけを集めて、水族館みたいな無菌室を作りたかったんだろうがな。……インフラってのは、綺麗事じゃ回らねえ。俺が流し込んだ『泥(大衆)』で、せいぜい溺れ死にやがれ」
一方、ジョウカのオフィス。
退去通知のFAXが山のように積み上がるデスクの前で、常に完璧だったジョウカの仮面が、ついに音を立てて砕け散った。
彼は血の滲むような力で万年筆を握り潰し、その美しい顔を、生まれて初めて「殺意」で歪ませたのだった。




