第243話 :泥濘のカルテル 〜這い寄る根(ルーツ)と、沈黙の土塊〜
千葉・成田。
老農民の放った冷徹な一発の銃弾が、狂犬たちのリーダーの腹をブチ抜き、熱狂のベールを完全に引き裂いた。
リーダーが泥水の中で血泡を吹きながら痙攣している。しかし、ダンプの上の若者たちは、誰一人として老人に飛びかかろうとはしなかった。いや、動けなかったのだ。
「……ひッ……」
若者の一人が、火炎瓶を持った手を震わせ、後ずさる。
「おい……」
老農民は、猟銃の銃口を若者たちに向けたまま、空いている左手で、首に巻いた汚れたタオルを口元に当て、低く、腹の底から響くような奇妙な音を鳴らした。
「ホォォォォォ……ッ」
それは、鳥の鳴き声のような、獣の咆哮のような、不気味な合図。
その直後だった。
焼け落ちた権藤の要塞のさらに奥。朝靄に包まれた深い防風林や、見渡す限りの泥だらけの畑のあちこちから、**『異音』**が響き始めた。
ブォンッ……キュルルルルッ……ドッドッドッドッ……!
「な、なんだ……!?」
狂犬たちが周囲を見渡す。
霧の中から、泥だらけのトラクター、年代物のコンバイン、そしてキャタピラを軋ませる小型のショベルカーが、まるで土の中から湧き出すように、次々と姿を現したのだ。
そして、その重機群の間を縫うようにして歩み出てくるのは、数十人……いや、百人近い【地元農民たち】だった。
よれよれの作業着、泥に塗れた長靴、頭には手ぬぐい。
彼らの手には、錆びた草刈り鎌、クワ、チェーンソー、そして、先ほどの老人と同じような黒光りする『猟銃』が握られている。
彼らは、一切の「掛け声」を上げない。
「インフラをぶっ潰せ」とも「革命だ」とも叫ばない。ただ、自分たちの土地を荒らす『外注の害虫』を見るような、底知れぬ憎悪と虚無の瞳で、じりじりと装甲ダンプを包囲していく。
「ヒ、ヒィッ……! 来るな! 俺たちは資本の手先(権藤)を倒したんだぞ! お前らの味方だ!!」
狂犬の一人が、引きつった声で叫ぶ。
しかし、迫り来る農民のひとりが、ボソリと吐き捨てた。
「……東京のガキが、俺らの土に、勝手に入ってんじゃねえ」
彼らにとって、イデオロギー(大義名分)などとうの昔にどうでもよくなっていた。
巨大資本(国や企業)だろうが、過激派だろうが関係ない。【俺たちの土地を荒らす奴は、全員泥に埋めて肥料にする】。ただそれだけが、何十年もかけて醸成された彼らの『純粋な防衛本能(狂気)』だった。
ブィィィィィィンッ!!!
チェーンソーの爆音が鳴り響き、農民の一人が、ダンプのタイヤに情け容赦なく刃を押し当てる。
バァァンッ! と凄まじい破裂音と共に、誇っていた「資本の装甲」が大きく傾く。
「うわあああっ!! 逃げろッ!! ダンプを出せェェッ!!」
パニックに陥った若者たちが、慌ててダンプの運転席に飛び乗ろうとする。
しかし、遅かった。
ドゴォォォォンッ!!!
背後から忍び寄っていた巨大なトラクターが、ダンプの側面に猛烈な勢いで突進し、完全に退路を塞いだ。
「撃てェッ! 火炎瓶を投げろッ!!」
ヤケクソになった若者が火炎瓶を投げようとした瞬間。
ズドンッ! ズドンッ!!
容赦のない猟銃の連射音が響き、火炎瓶を持った若者の腕が、肩から吹き飛ばされた。
「ぎゃあああああッ!!!」
炎と泥と、絶叫。
数千万の資金で作られた「にわか仕込みの装甲ダンプ」など、地の利と狂気を完全に掌握した本物の農民たちの前では、ただの『巨大な鉄の棺桶』に過ぎなかった。
老農民は、惨劇を無表情で見つめながら、ポツリと呟いた。
「……肥料にもならねえ、安い命だ」
成田の泥濘は、大義名分で狂った若者たちを、底なしの胃袋へと静かに飲み込んでいった。




