第242話 :泥濘のカルテル 〜冷徹なる老兵と、狂犬の終路(フロントライン)〜
千葉・成田。
権藤の要塞は完全に焼け落ち、燻る黒煙とガソリンの悪臭が朝の空気を汚していた。
裏切り者のサブと、彼が命より大事にしていた数千万の現ナマは、狂犬たちの投げ込んだ火炎瓶によって完全に灰燼に帰した。
「ヒャハハハハッ!! 見たか! 俺たちの正義が、インフラの寄生虫どもを焼き尽くしたぞォォッ!!」
焼け跡の前に横付けされた装甲ダンプのルーフの上で、狂犬たちのリーダーは血と煤にまみれた顔を歪ませ、狂喜の雄叫びを上げていた。
彼らは勝利に酔いしれていた。自分たちこそが巨大な悪を討ち果たした「革命の戦士」であり、この成田の土地は今、自分たちが完全に制圧したのだと、疑いなく錯覚していた。
「野郎ども!! この勢いで空港のゲートまで制圧す——」
リーダーが火炎瓶を天に掲げた、その時だった。
彼らがバリケード代わりに封鎖していた未舗装の農道の向こうから、一台の泥だらけの軽トラックが、クラクションも鳴らさずにゆっくりと近づいてきた。
車は装甲ダンプの数メートル手前で静かに停車する。
降りてきたのは、機動隊でもヤクザでもなく、ただの**【成田の地元農民(70代の老人)】**だった。
よれよれの作業着に長靴。深く皺の刻まれたその顔には、燃える要塞を見ても、武装した若者たちを見ても、驚きも恐怖も一切浮かんでいない。
ただ、完全なる【虚無】だけがあった。
「……おい。道を開けろ。畑に行けねえ」
老人は、ポケットに片手を入れたまま、狂乱する若者たちの元へゆっくりと歩み寄った。
「あァ!?」
リーダーの若者が、ダンプの上から見下して鼻で笑う。
「引っ込んでろよジジイ! 俺たちは今、この国のインフラを守るための聖戦をやってんだ! 畑だの泥いじりだの、そんな個人的な都合で俺たちの邪魔を——」
若者が、酔いしれるようにまくし立てた、その言葉の途中で。
老人は、背中に背負っていた布袋から、泥一つなく完璧に手入れされた古い【村田銃(猟銃)】を抜き出し、流れるような動作で構え……
ズドンッ!!!!!!!
一切の躊躇なく、何の前触れもなく。
ただ「そこに邪魔な石ころがあったから蹴り飛ばした」という程度の、極めて事務的で冷徹な動作で、リーダーの腹部に散弾をブチ込んだ。
「……え?」
腹から大量の血と臓物を吹き出し、ダンプから泥水の中へと転げ落ちるリーダー。
「ア、アニキ……!?」
歓声を上げていた何十人もの若者たちは、何が起きたか理解できず、完全にフリーズした。
「革命」だの「聖戦」だのといった彼らのごっこ遊びの熱狂が、マイナス100度の絶対零度で一瞬にして凍りついた瞬間だった。
老人は、血の海でのたうち回るリーダーを一瞥すらせず、無表情のままボルトを引いた。
カチンッ……チャキッ。
空薬莢が乾いた音を立てて足元に転がり、次弾が静かに装填される。
老人は、銃口をゆっくりと、ダンプの上で硬直している残りの若者たちに向けた。
その濁った瞳の奥には、数十年前、機動隊の盾と火炎瓶が飛び交う【本物の血みどろの成田闘争】を生き抜いてきた者だけが持つ、暴力に対する絶対的な「慣れ(狂気)」があった。
「……ガキが、他人の土地で遊んでんじゃねえ」
老人の掠れた声が、静まり返った成田の空気に響く。
「ここは『成田』だぞ」
大義名分で狂った若者たちの熱狂が。
この土地が何十年もかけて培養してきた、本物の農民たちの【一切の感情を交えない、純度100%の暴力】の前に、完全に沈黙した。




