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第10話 永田町の黒い霧と、500億の密約

 昭和39年。

 三菱重工との「土地売買契約」を結んだ翌日。

 京急本社には、メインバンクである「芙蓉銀行ん(仮名)」の頭取が怒鳴り込んでいた。

「五代くん! 君は気でも狂ったのか!」

 頭取の**財前ざいぜん**が、机をバンと叩いた。

「500億円だと? 京急の年間売上の何倍だと思ってるんだ! そんな金、逆立ちしたって貸せんぞ!」

 俺(五代)は、冷めたコーヒーを啜りながら、淡々と答えた。

「頭取。これは借金ではありません。『投資』です」

「投資? 泥舟への道連れの間違いだろう! 三菱の造船所跡地なんて、ただの泥沼だ。あんな土地に資産価値はない!」

 財前は顔を真っ赤にして捲し立てた。

 無理もない。当時の常識では、工場跡地ブラウンフィールドの再開発なんてリスクの塊だ。

 銀行団は総スカン。地方銀行も逃げ出し、京急は孤立無援となっていた。

「……帰るぞ。二度とそんなふざけた話を持ってくるな」

 財前が出て行こうとする。

「待ちたまえ、頭取」

 俺は背中に声をかけた。

「今、この部屋を出たら後悔しますよ。……芙蓉銀行は、日本最大のプロジェクトの『メインバンク』の座を失うことになる」

「ハッ! 負け惜しみか」

 財前は鼻で笑い、ドアを閉めて去っていった。

 部屋に残されたのは、青ざめた大原社長と、俺だけ。

「……終わったな、五代。メインバンクに見放されたら、もうどこも貸さんぞ」

「いいえ、社長。表口が閉じたなら、**『裏口』**を開ければいいんです」

 俺は受話器を取り上げ、ある番号を回した。

 永田町ながたちょう。日本の政治の中枢に繋がるホットラインだ。

        * * *

 その夜。赤坂の料亭『松川』。

 俺の目の前には、政界のフィクサー・大野おおの代議士が座っていた。

 以前、相鉄の国鉄乗り入れを潰してもらった「恩人」であり、建設族のドンだ。

「……ほう。500億か」

 大野は酒をあおりながら、面白そうに俺を見た。

「銀行が逃げ出した案件を、私にどうしろと? 国庫から盗んでこいとでも?」

「まさか。先生にお願いしたいのは『口添え』と……**『法案』**です」

 俺は懐から、分厚い封筒を取り出した。

 中身は現金ではない。「未来の都市計画法案」の草案だ。

 史実では数年後に成立する「都市再開発法」や「容積率の緩和特例」を、俺が先取りして書き上げたものだ。

「先生。横浜の造船所跡地を、ただの埋立地だと思っていませんか?」

「違うのか?」

「あそこは、国の**『特定街区とくていがいく』**に指定されるべき場所です」

 俺は熱っぽく語った。

「容積率を今の300%から1000%へ緩和する。税制優遇もつける。……そうすれば、あそこの土地の価値は、今の10倍じゃききません。100倍になります」

 大野の目が光った。

 土地の価値が上がれば、そこに群がる建設利権も膨れ上がる。ゼネコンからの献金、票田……。政治家にとって、これほど旨味のある話はない。

「……なるほど。その『特定街区』の指定を、私がねじ込めばいいわけか」

「はい。そして、その指定が見込み確実となれば……」

 俺はニヤリと笑った。

「政府系の**『日本開発銀行(開銀)』**も、黙ってはいられないでしょう」

 大野は膝を打って大笑いした。

「五代くん、君は本当に鉄道屋か? 悪徳不動産屋の才能があるぞ」

「褒め言葉として受け取っておきます。……で、やって頂けますか?」

「よかろう。……その代わり、埋め立て工事とビルの建設は、私の息のかかったゼネコンを使えよ」

「もちろんです。……ウィン・ウィンの関係でいきましょう」

        * * *

 数日後。

 京急本社に、一本の電話が入った。

 相手は、政府系金融機関の雄、**日本開発銀行(開銀)**の総裁だ。

「……もしもし、大原社長ですか? ええ、例の横浜の件ですが……当行が主幹事リードとして、融資団シンジケートローンを組成しましょう」

 奇跡が起きた。

 いや、大野代議士による「天の声」が下ったのだ。

 『横浜の再開発は国策プロジェクトである』というお墨付きが出た瞬間、手のひらを返したように銀行が集まってきた。

 先日、怒鳴り込んで帰った芙蓉銀行の財前頭取も、慌てて飛んできた。

「ご、五代くん! いやあ、先日は失礼した! うちも是非、融資に参加させてくれ!」

「おや、頭取。泥沼に金を捨てる気ですか?」

 俺は意地悪く笑った。

「泥沼なんてとんでもない! 『未来都市』じゃないか! いやあ、君の先見の明には恐れ入ったよ」

 現金なものだ。

 俺は財前の手を握り返さず、冷たく言い放った。

「いいでしょう。ただし、金利は開銀と同じ最優遇レートでお願いしますよ。……それと、遅れた分、建設現場への差し入れくらいは持ってきてくださいね」

        * * *

 一ヶ月後の決済日。

 三菱重工の口座に、約束通り500億円が振り込まれた。

 岩崎専務は、入金通知を見て絶句したという。

「まさか、本当に用意するとは……」

 こうして、横浜造船所の広大な土地は、正式に京急のものとなった。

 だが、これはゴールではない。

 500億の借金を背負ったスタートだ。

 俺は加賀谷と共に、更地になった広大な埋立地に立った。

 海風が吹き抜ける。まだ何もない、泥と瓦礫の荒野だ。

「……専務。本当にここに建つんですか? 日本一のビルが」

 加賀谷が震える声で聞いた。

 借金の額にビビっているのだ。

「建てるんだよ。……いや、建てるだけじゃダメだ」

 俺は、足元の泥を靴でグリグリと踏みつけた。

「借金を返すには、人が必要だ。……ここに、何万人もの人間を呼び込む『磁石』が必要だ」

「磁石?」

「ああ。……プロ野球だ」

 俺は加賀谷に振り返った。

 金は借りた。土地は買った。次は「中身」だ。

「加賀谷、忙しくなるぞ。次は大洋球団の買収交渉だ。……それと並行して、三浦半島の先っぽに、巨大なドーム球場の設計図を引け」

「えっ? ここに球場を作るんじゃないんですか?」

「ここにはオフィスとホテルだ。……球場は三崎だ。客を電車に乗せて運ぶんだよ」

 俺の目は、すでに次の獲物を捉えていた。

 500億の借金など、これから作る「大京急マネーマシン」の前では端金はしたがねに過ぎない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

泥臭い金策と政治の話が続きましたが、ようやく「軍資金(500億)」が手に入りました。

次回、五代はこの金を使い、**「プロ野球球団の買収」と「日本初のドーム球場建設」**という、大暴走を開始します。

「おっ、いよいよ派手になってきたな!」

「続きが気になる!」

と思っていただけましたら、下にある**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】**に染めて応援していただけると、執筆の爆速燃料になります!

ブックマーク登録もぜひよろしくお願いします。

次回、「弱小球団の買収と、三崎の白い巨塔」。

お楽しみに!

次の投稿は2月21日を予定してます。

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