プロローグ
頭上よりも遥か高き天井に取り付けられた明かり取りの天窓から、朝の光が差し込んでいる。
そのすぐ下の壁には、花のような模様の丸いステンドグラス。
色とりどりの光は、床に柔らかな模様を描いていた。
それはとても爽やかな春の日差しだが、その部屋の中に落ちた光は途端に春の爽やかさを打ち消して、神秘的な輝きへと変貌する。
そんな錯覚を起こす程に重く厳かな空気に満ちた部屋で、二つの影が向き合っていた。
片方は小柄な老人。片方は背の高い若者。
シンと静まり返ったその部屋には、二人以外の人影は見当たらない。
たった二人で向き合うにはあまりにも広すぎるその部屋は、そこだけ外界から切り取られたかのようだ。
呼吸をすることすら憚られるような、重く長い沈黙をものともせず、老人は長く伸ばした白い髭を撫でながら、若者に虎を彷彿とさせる鋭い瞳を向けた。
一段高い場所に設置された、飾り気のない大きな椅子に身を沈めた姿は、小柄な老人の姿をより一層小さく映す。
しかし、その全身から醸し出す雰囲気は、彼が決してただの人物ではないと物語っている。
椅子に座っているため分かり辛いが、老人の背筋はしゃんと伸び、立ち上がれば年齢など感じさせない立ち振舞いを見せてくれるだろう。
髭を撫でる手はそのままに、老人は唇を開いた。
「お主のしたことは、決して許されることではない。
が、慈悲の手は誰にも等しく差し伸べられよう。お主に懺悔する気持ちが残っているのならば……」
老人は一度言葉を切り、白く長い眉を片方だけ跳ね上げて目の前の相手を見遣る。
若者はわずかに俯き顔に髪の陰がかかっており、老人からはその表情を窺い知ることはできない。
しかしそのとき、若者の頬を伝い一筋の雫が滴り落ちた。
それは青年の足元を丸く濡らし、しかしすぐに乾いて消える。
小刻みに震える肩と、その背に生えた白い大きな翼。
それを目にして、老人は再び言葉を紡ぎ出す。
「今一度、大空を舞うがよい……堕天使よ」
老人のその言葉に、翼の生えた若者は初めて口端を持ち上げて笑った。
彼は何を思って笑みを浮かべたのか。釈放された喜びか、己の罪を呪う自嘲か。
この世の全てを見透かすような目を持った老人にも、彼の心を理解することはできなかった。
この日。長い時を経て、一人の堕天使が闇の牢獄より解き放たれた。




