目覚め
連続投稿。
わたしが馬型の機獣を起動しようとしてから、警報はずっと鳴り響いている。
おそらくそれが原因なのは間違いない。
このままだと大量のバグズがこの部屋に押し寄せてくるだろう。
ヤバイヤバイヤバイ…
汗がどっと吹き出し、急いで対処しないといけないのに焦りで思考が真っ白になる。
落ち着け。
こういう事態は初めてじゃないだろ。
今までだって何とかしてきた。
今回もいつもと同じだ。
やれることをやるしかない。
だから落ち着けわたし。
フーっと、詰まっていた息を吹き出し気持ちを切り替え、周囲をぐるりと見回した。
取りあえずこの部屋のどこかに隠れるか?
いやダメだ。
侵入位置まで特定されてる以上、この場に隠れるのはナンセンス。
すぐここを離れた方がいい。
しかし今までの経路で安全を確保できそうな場所はない。
となると遺跡そのものからの脱出を考えないといけない。
どれほどの数の敵がこちらに向かってくるか分からないが……何とか強行突破するしかないか。
そのためには武器がいる。力こそパワー!
無理を通すことができるほどの火力こそ今もっとも必要!
バッと馬型の機獣の方へ振り向く。
ここにコレがある時点で天には見放されてない。
神は言っている。博打をしなさいと。
……いやいや。
さっき頭を冷やしたはずなのに思考が破滅的なんだけど。
やっぱり心のどこかで諦めが入ってるのかな——
などと考えていたら、警報とアナウンスに交じって別の音声が聞こえてくることに気が付いた。
「——の召喚中……リンク確認。受け入れ準備完了。セットアップ完了まで600」
この喧噪の中、場違いなほどその音声は涼しげで。
大人びた女性の声は、機械独特の無機質なものだった。
どこから声が聞こえているのか耳を澄ませてみると、どうやら馬の頭部あたりから発せられているらしい。
「もしかして起動してるの? だったらマスター認証すれば!」
慌てて機獣に近寄ると、それに反応してか涼しげな女性の声が話しかけてきた。
「現在、セットアップ中です。接触しないでください。——周囲に敵対勢力と思しき反応を感知、ドアロックします」
その言葉とともに入り口の扉が施錠される音がした。
これでしばらくはバグスたちの侵入を防げるかもしれない。
「あなたはこの機獣のAIね! この施設はもう放棄されているわ! あなたのマスターも消息不明なの! だから一時的でもいいからわたしをマスターにして!」
今この機獣を仲間に引き込めなければわたしは死ぬに違いない。
すでにマスターはいるだろうがもう生きていないだろう。それを理解してもらって、わたしに権限を移してもらわないとならない。
しかし、機獣から発せられたのは予想外の言葉だった。
「? 現在のマスターはあなたです。よろしければマスターの名前を登録してください」
「マっ?!」
マスターって、いつなったのわたし! びっくりして変な声が出ちゃったじゃないか!
え。気付いたらマスター契約してるとか怖いんだけど。
いやでも今はありがたい!
「わたしはアイリ! アイリ・ラスト! 今絶体絶命のピンチなの! この施設から脱出するのに協力して!」
「——アイリ・ラストを登録しました。オーダー了解。しかし現在セットアップ中のためメインユニットが起動しておりません。セットアップ完了まであと480秒です」
「そんな……というかメインユニットってあなたじゃないの?」
「——私はサポートデバイスでしかありません」
「……ユニットとかデバイスとかよく分からないけど、今は動けないってこと?」
「肯定します。現在はこの部屋の端末を経由して施設内の情報を収集中、通路の隔壁を閉じて敵の進行を阻害してます。しかし敵対勢力はなおも進行しており、到着までおよそ120秒」
「つまりもうすぐ来る敵を、5分くらい1人で何とかしないといけないって事ね……」
今までの警備から考えて、そこまでの数はいないはずだ。
正面口を守っていたバグズには強力な個体もいたが、小回りが利かなそうな物ばかりだったので、ここに来るには時間がかかるだろう。
数十体のザコ相手に5分ならやれる……はず。
たぶん。おそらく。きっと。めいびー。
「ちなみにこっちに向かってる敵の数はどれくらいか分かる?」
「およそ200」
——わたし、死んだわ。
◇◆◇
今日は厄日だ。
もう決めた。
今からどんだけイイコトがあっても今日は人生最大の厄日。
なんでこんなボロボロの遺跡に警備機虫が200体もいるのよ……。
さっきまでのザル警備はなんだったのか。意味わかんない。
籠城するにしたってその数を相手に5分って。
3分でもクッキングされちゃう自信あるよわたし——
本日2度目の現実逃避に入りそうになるのを、ぐっと堪える。
ここで諦めたら死ぬぞわたし。
ふんばれわたし。
目に涙が滲んでも歯を食いしばって耐えろ。
敵が来るまで残り1分ちょい。残弾12。
今の装備じゃとても無理。
どうすれば——
ひたすら悩んでるわたしを見かねたのか、機械音声の女性が話しかけてきた。
「——あなたから見て2時方向にあるコンテナに武装があります。動力はこちらですでに稼働済みです。その武装での籠城戦を推奨します」
あなたが神かっ!
わたしは返事もせずにコンテナに向かって走りだし、扉の留め具に手をかけて開く。
中にあったのは大きな台座の上に載っかった大型銃器で、機獣に繋がってるのと同じような太いコードが繋がっていた。
ぱっと見たところ移動可能な砲台のようだ。
「——私が飛行と移動をサポートします。座席についてください」
機械音声の神さまから続けて指示が飛んでくる。
……え。これ飛ぶの?
と疑問に思ったと同時に部屋の入口から扉を破壊しようとする、耳をつんざくようなけたたましい音が鳴り響いてきた。
扉の表面が真っ赤に熱せられて、刃のような何かが貫通している。
あれは、近接特化の蜘蛛型バグズ? ——いやもっと危険なものな気がする。
イヤな予感がしながらも砲台の銃座部分に乗り込む。
すると駆動音とともに砲台が台座ごと宙に浮き、颯爽と動き出した。
「——細かな操作方法の説明をしてる時間はありません。目の前にあるレバーを掴み照準を合わせてトリガーを引いてください。回避行動はこちらで行います」
機械音声さんも声色には出さないが焦っているのか、容赦のない言葉を淡々と発しながら乱暴な操縦で砲台を動かしてくる。
普段から機獣に乗り慣れていなかったら、シートベルトもない銃座から振り落とされていたかもしれない。
しかし、そうこうしている間にも入り口は突破されそうだ。
「わ、わかった! とりあえずこのトリガーを引けばいいのね!」
「敵、浸入まで7、6、5、4、3、2、——発射してください」
「——っ!」
慌てて扉に照準を向けてトリガーを引く。
ドゴゴゴゴゴッ——!!
トリガーを引いた瞬間、恐ろしいほど高威力の魔力弾が入り口周辺に降り注いだ。
どうやらこの砲台は実弾を打ち込むタイプではなく、銃座部分に繋がっているコードから魔力が供給され、それ弾丸にして発射するようだ。
おかげで撃つ時の反動は少ないが、着弾の余波がこちらにもかなり来る。
「うっ——!」
あまりの破壊力に思わずのけぞってしまい、トリガーから指を離してしまった。
土煙が入り口を覆い、バラバラと蜘蛛型バグズの残骸と瓦礫が崩れる音が聞こえてくる。
「……すご。なにこの威力」
呆気にとられるわたしだったが、機械音声さんにすぐ意識を引き戻される。
「敵はまだ大量に残っています。引き続き攻撃してください」
「あ、はい!」
ドゴゴゴゴゴッ——!!
そこからは土煙の中から顔を出そうとするバグズを見つけては撃ち、見つけては撃ちを続けた。
何、この連射力。ヤバくない? インターバル無しで撃ち続けてるんだけど。
「砲台の耐久に問題が発生しました。発射可能時間、およそ20秒。攻撃をやめてください」
「あ、はい……」
とか思ってたら砲台の寿命が来たらしい。
そうだよね。あんな無茶して大丈夫なわけがない。
使い捨てるつもりで使ったからのあの火力か。
「——! 巨大なエネルギーを感知。危険度が高い個体と推定。メインユニット起動まで30……」
と機械音声さんが喋っている途中で入り口の方から、扉の残骸らしき破片が飛んできた。
それは馬型の機獣に直撃し、機械音声さんとともに機獣が床へと倒れこむ。
そして、土煙から現れた巨大な影。
「……蜘蛛型バグズ・クィーン……?」
わたしの厄日は、わたしの命日へとランクアップするようだ。
◇◆◇
そのクィーンの姿は他の個体とは一線を画すものだった。
言うなれば、蜘蛛の頭の部分に人間の女性の上半身がくっついたような姿だ。
体高は4メートル近くあり6本の脚が付いた蜘蛛型の下半身に、背中から4本の蜘蛛の脚が伸びている人型の上半身。
そして上半身の脚の先はそれぞれが魔力を纏った武装になっていた。この部屋の扉をこじ開けたのも鎌のようなあの脚だろう。
というか、さっきの砲撃を食らって無事だったのか?
あんなヤバイ威力だったのに、コイツはそれをものともしていない様子だ。
馬型の機獣が起動したとしても、この巨大なクィーンが相手ではどうにもなるまい。
サイズもそうだが、威圧感が違いすぎる。
それにその防御力。
まともにやりあってどうにかなるとは思えない。
感じるのは、じわりじわりと這い寄ってきた死への絶望だけである。
もう無理だ……ホント無理だ……。
わたしはこちらを眺めるクィーンの朱い眼が、怪しく光ったのを呆然と見つめて……
自分の死を確信した。
◇◆◇
「——目標を確認、アラクネ型機虫。推定危険度C。……メインユニット起動完了。……目を覚ましてください」
横たわる機獣からは、相変わらず涼しげな声が静かに響いていた。
その音声に反応するのはどこか困惑した男の声だった。
「……なんぞこれ」
一言だけ喋った主人公。次話でようやくしっかり登場。




