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第五十二話 「戦乙女の号令」

 

 二人で煙草をふかしながら他愛のない話をしていると、うつらうつらとシトラが船を漕ぎ始めたので煙草の火を消して、ベッドに横たわらせ毛布を肩までかけてやる。


「ゆっくり寝とけ。自覚ねえかもだが、身体は相当に疲弊してんだ」


「……わかった。でも、ここにいてくれる? 起きて一人は寂しい」


「できる限りそうする。ま、少なくとも医者はついてるから、俺がいなくても暴れたり取り乱したりすんなよ」


 頭を撫でてやり、もう寝ろ、と促す。

 少しだけ不安そうな顔をしたが、すぐに寝息をたてはじめシトラは眠りについた。

 さて、あとは評議会の使いを待つばかりだが……。なんとなくシトラの顔を覗き込む。

 ったく、気持ち良さそうに眠ってやがる。なんだかこんだけ気持ち良さそうな寝顔を見てるとこっちまで眠くなってきちまうな。

 使いの者が来るまでの間だけ、俺も少し眠らせてもらうかね。

 目を閉じ、眠る態勢に入ると俺もあっという間に眠りに着くのだった。



 まどろむ意識の中、頬をツンツンと突かれるような感覚。目を開くと目の前にシャノンより小さな女の子が俺を突きながらこちらを窺っていた。


「あっ! やっと起きました! まさひろ様ですよね? わたし使いの者です! マ、んんっ! ロメリア先生が準備ができたからすぐにきてほしいって! あんないするようにおおせつかったので、おむかえにまいりました! ふんっ!」


 まるで頑張って暗記したセリフが間違えずに言えて満足したような顔してるな。鼻息を荒くしてどんなもんだと胸を張る様は愛嬌があって大変愛くるしい。

 それにしてもこんなちっこいのが使いとはな。それだけ人手不足なのだろうか。


「各国のだいひょうもすでにおまちですので、いそいでいきましょう! しかられてしまいます! ふんっ!」


 いや、そこでドヤ顔する意味あんのか?

 まぁいい。待たせて心象悪くするのもなんだ、さっさと向かうとしよう。

 まだ夢の中にいるシトラを起こさないよう、静かに外に出る。


「さあ、こっちです! あっ、はぐれないでしっかり着いてきてくださいね! ふんっ!」


 子供に心配されてしまい思わず苦笑が漏れてしまう。肩をすくめながら――


「わかったよ。案内よろしく頼むな、お嬢ちゃん」


「むっ! ちがいます! お嬢ちゃんではありません。わたしには『レオン』というマ、んんっ、ロメリア先生から貰った名前があるんです!」


 頬をぷぅと膨らませむくれるレオンの頭を撫でながらなだめてやる。


「すまんすまん。じゃあ、レオン。案内を再開してくれるか」


「くすぐったいです! 子ども扱いはふゆかいなのでやめてください!」


「わかったわかった。ほれほれ、早く案内始めてくれ」


「納得いかないです……。でも、早くしないとみなさんを待たせていますし。んんっ、わたしはこう見えても一人前のおねえさんなんですよ? だから、しっかりエスコートします。ふんっ!」


 ドヤ顔で手を差し出してくる。

 駄賃に飴ちゃんでも寄越せってことか? 俺は懐を弄り何かないか探す。う〜む、あるのはスルメくらいか……。ま、ないよりはマシか。スルメをレオンの手に乗せようとすると、パチンと手を叩かれる。


「ちがう! お菓子がほしいわけじゃないです! わたし、おねえさんなので手を繋いであげます。まさひろ様はなんだかふらふらして頼りなさそうなので、はぐれないようにしっかり手を繋いでいきましょう! ふんっ!」


 幼女に手を引かれ案内されるという奇妙な提案だったが、これ以上長引かせても待たせるロメリアや各国の王達に悪いからな。仕方なくレオンの申し出を受け入れるとするか。低い身長に合わせる為、腰を曲げて手を繋ぐ。レオンは満足げに鼻息を鳴らし、トコトコと歩きはじめる。

 ……なんだか、周りからちくちくと視線を感じるが、俺不審者に間違われてない? 憲兵がすっ飛んで来て連行されたりしない? そわそわしながら、案内に従いリカルド公国の中を進んでいるわけだが、どこもかしこもかつてのシルフヘイムの町並みと変わらない、至って平時の空気感だった。右を向けば、今晩のメニューをなににしようかと悩むご婦人の姿。左を向けば明るいうちから酒を飲んだくれるおっさんの姿。正面からは子供達がキャッキャッと騒ぎながら、俺とレオンの脇を通り過ぎていく。

 ついさっきまで、フィヨンド軍が目と鼻の先まで迫り、今も危機は去っていないというのに平和そうに、穏やかに過ごす人々とその営み。平和ボケ……とも少し違うか。これが国民に対する国の在り方というものだろう。不安を煽らず、安全だと思わせる。情報操作などもされているはずだ。そのやり方について正しい正しくないは俺にはわからないが、仕方のない方法なのも理解できる。余裕を見せ、士気の向上・戦争への危機感を薄れさせる。戦争とは決して軍と軍のぶつかり合いだけではない。国家と国家。国民を含めた国力を使い削り合う戦いを戦争というのだ。となれば、国民の協力も必要不可欠になってくる。そのための情報操作、そして開戦に同意させる空気を作る……。軍人の俺が言えた義理じゃねえが、なんだか騙してるみたいであんまりいい気分はしねぇな。

 ま、綺麗事じゃ戦争は成り立たねえのもわかってる。国が負ければそれは国民の死を意味する。……死なばもろともとはよく言ったもので、死ぬよりかは騙されて少しでも生きる道が開けるっつーなら仕方のない選択だったと思える日がくるかもしれない。

 不意にクイクイッと手を引かれる。


「どうかしました? すごくかなしい顔してました? おなか痛いですか?」


 お腹痛いってなんだよ。レオンは大真面目に俺を心配して見上げている。

 自然に肩から力が抜けて、強張っていた顔の筋肉も緩む。


「なんでもないさ。……それよりな。さっきから腰曲げてて痛いんじゃガキんちょ! いいか、こうしてやるぞぉー!」


 レオンの脇に手を突っ込みひょいと持ち上げ肩車をしてやる。

 

「うわぁ! たかいー!! すごいですー!」


 ご機嫌の様子で俺の髪の毛をぐいぐいと引っ張るのはやめて欲しいが、楽しそうなので良しとしましょうか。


「っし、飛ばすぞー! マサヒロ号出発だ! 指差して向かう方向教えろよ、レオン!」


「わっかりましたー! いっけー! まさひろ号ー!」


 案内に従い走ること十数分で目的の建物の前に着く。

 レオンを肩から降ろしながらその建物を観察してみる。外観にはなんの装飾もなく至ってシンプルな四角形の造りをしていた。入り口に視線を移すと、大きな扉と猫が描かれた紋章。


「レオン。この猫の紋章はなんだ?」


「それはですね、リベンタ連合じゆうのしょうちょうです。ネコのようにじゆう気ままに生きようってねがいがこめられてるっておしえられました! ふんっ!」


 ふ~ん。自由の象徴、ね。

 どおりでここに来る途中でも猫をやたらと見掛けたわけか。


「まさひろ様ー! はやくはやく! ちこくですよ、ちこくー!」


 グイグイと手を引かれ建物の中に引き込まれる。


「わかったからあんまり引っ張るな。少し緊張してんだから、心の準備くらいさせろ」


「きんちょう? またおなか痛いですか?」


 レオンは俺をどうしても腹が痛い奴にしたいのだろうか……。

 建物内を進み、ひと際豪奢な扉の前で立ち止まるレオン。


「ここです。じゅんびはいいですか?」


「……おう。いいぞ、開けてくれ」


「あいあい! では、ひらきます! ふんっ!」


 ギギっと重厚な音を鳴らしながら扉が開け放たれる。

 その瞬間、ピリついた空気が肌を突き刺す。続いて、射貫くような視線が俺に集中する。

 中の造りは、丸い部屋だった。ただ、平面ではなく中央にいくほどに床が下がり、例えるなら段々畑のような造りと言えばいいか。いまも、一番低くなっている中央にぽかんと空いたスペースで身振り手振りでなにかを訴えるロメリアの姿もあった。

 あと気になったのは空席が目立つことか。あれは降伏派の抜けた穴だろうと予想できた。

 俺に気付いたロメリアは手を振りこっちに来いとジェスチャーをしているので、それに応じることにした。俺は進もうとした足を一旦止め、振り返る。


「レオン。案内ありがとな。助かったよ」


「あたりまえです! わたし、おねえさんですから! わたしはこの会議に出られるみぶんではないのでここでしつれいしますね! あとはがんばってください! またお会いしましょう! ふんっ!」


「おう、またな」


 トコトコ元気に去っていく後ろ姿に力も湧いてくるってもんだ。

 ……別にロリコンではねぇからな?

 再び正面を向き、階段を下り中央に進んだ。ロメリアは笑顔で出迎えてくれて俺を王たちが一堂に会する

中、紹介をしてくれた。


「改めて、紹介するよ。この人こそが、先程まで話していたロイネル総統を救ってくださったシルフヘイム王国少佐のマサヒロだ」


 しんと静まり返る。

 予想していた通り、シルフヘイムのような大国の人間に対し自由都市の人間から毛嫌いされているのか……と思っていた俺の予想を裏切り、座って話を聞いていた王達が一斉に立ち上がり、その頭を深々と下げたのだ。これには流石の俺も驚きを隠せない。いくら小国とはいえ、その王を務める人達だ。王たるもの、簡単に頭を下げべきではない。にも関わらず、毛嫌いする大国出身の俺に深々と頭を下げる。意味することは最大限の感謝。

 俺は一旦深呼吸をして、言葉を発する。


「頭を上げてくれ、各国の王よ。それだけ感謝の意を示してもらえるだけで、十分だ。俺は自分にできることをしたまで。当然のことをした。それよりも、いま大事なのは迫るフィヨンド軍についてだ」


 頭を上げた王達も頷きながら、再び着席する。

 心象としては悪くないはず。このまま一気にシルフヘイムとの同盟を結ばせることができれば完璧なのだが……。

 一通りの挨拶を終えたのでロメリアと共に俺も着席し、会議は再開する。


「まず、重要なのは軍の配備だッ! 俺に任せろ! 軍事は俺の国が任されてんだッ! 責任もってフィヨンドとかいう青二才をぶちのめしてやるわッ!!」


 王というよりかは山賊のような風貌の大男ががなり立てる。

 俺が不思議そうに見ていたせいか、隣に座るロメリアが小声で話しかけてきた。


「あの厳ついおっさんは、傭兵国家バルカンの王、『バルカン・ロード』って奴だよ。ああ見えて結構良い奴なの。強いし、頼りになるよ。いま言ってた通り、リベンタ連合軍の大将務めてんの」


 バルカンか。身に纏う雰囲気はそれなりの修羅場を潜ってきた鋭い気配を漂わせている。名を覚えておこう。きっとこの戦いのキーマンになるはずだ。

 

「それも重要だが、まずは降伏派の連中をどうするかが先だろう。外にはフィヨンド、内には降伏派。同時に相手をしなくてはならなくなった場合、最悪の事態を招くぞ……っ!」


 続いてインテリそうな男がバルカンに食って掛かる。


「あの人はラクター商会って国の代表、『ラクター・キドー』。商才だけなら、スーと並ぶと言われるほどの天才商人。リベンタ全域の管理とかもしてるとにかく頭良い奴だね。性格はちょっと傲慢っていうか、たまにいけ好かない時あるけど基本はリベンタのために色々尽くしてる良い奴さ。あの二人は先代のフロイド様に大恩があるらしくって、リカルド家に心酔してるのよ。娘のスーに代わってからも変わらない忠誠を示してるんだから義理堅い連中さ」


 天才商人ラクター、か。

 会議の流れを見る限り、あの二人の発言には力があるように見受けられた。立場としては皆対等として立ち振る舞っているようだが実質的にあの二人がナンバー二・三ってとこか。

 

「だからよぉ、ラクター! お前のその日和った考えのせいでお嬢は酷い目にあったんじゃねえのか、あぁん?! 俺ァ何度も奪還の為に降伏派の陣地に攻め入ろうって言ったよなァ?!」


「……確かに判断ミスだったかもしれない。しかしな、降伏派と矛を交えたその先にいる敵の事を忘れてるんじゃないのかバルカン? お前もたくさんの戦場を経験して、ある程度は予測がつくはずだ。あの時は耐えるしかなかったんだ」


「てめえこの野郎! お嬢が酷い目にあったのが仕方ねえみてぇな言い方してんじゃねえ! ぶち殺すぞ!」


「っ!! 貴様こそふざけるなッ! この俺が、お慕いする総統が傷付かれてなにも感じていないとでも?!」


 更に会議は続き、白熱する意見の応酬。収束素振りも見せず膠着状態。

 色々話が右往左往してるがいま一番に考えるべきはまず、軍をどう動かすかだ。元来、シルフヘイムやミルドラード、アークガルドなどの国には徴兵制というものがある。よって、ある程度軍人の供給が安定して行われるが、自由都市には徴兵制が存在しない国がほとんどらしいのだ。それも自由を売りにする要因の一つらしい。

 つまりは、軍へは志願制ということになる。動員できる兵の数は当初シャノンが計算していた数よりも少なく、五万程になるとのこと。降伏派の兵達が抜けているのが痛い所。

 やはり、ここは提案すべきだ。降伏派の王達もここに呼んで、総力を挙げて戦うべきだと。

 俺は覚悟を決め、大きな声で提案を申し出る。


「聞いてくれ! 五万でフィヨンド軍と戦うのは危険だと俺は考えている。……ロメリアから話を聞いて怒り狂ってるのは承知で言うが、降伏派にも要請を出しほうが良いと思う」


 俺の声に反応し、また静寂に戻るとため息混じりにバルカンが話す。


「シルフヘイムの少佐、あんたには感謝してる。俺が助けられなかったお嬢を救ってくれたからな。しかしよ、こりゃリベンタの問題だ。あんたの意見は聞いてねぇんだわ」

「ああ、こればかりはバルカンに同意だ。これは我々の解決すべき問題。我々の信念は大国に頼らず自分達の手で、足で道を切り開くことにある。申し訳ないが部外者は引っ込んでもらおう」


 その言葉に勢い良く立ち上がりロメリアが反論してくれる。


「ちょっ、あんたら失礼だろ? マサヒロはスーを救ってくれた大恩人なんだよ?! そんな言い方しなく」


 ドゴン! とテーブルに拳を叩きつけながらバルカンが吠える。


「黙れ新参者ッ! 自由都市に暮らし出して二・三年の貴様にリベンタのなにがわかる! 俺らはいつだって自分の力だけで解決してきたッ! 今回だってそりゃ同じだッ! 大国に尻尾振る捨て犬のようなその軟弱な心持ちならこの場から消えろ小娘がッッ!」


 唇を噛み、悔しがるロメリア。新参者と言われていた事から、彼女はこの場での発言力にそれほど力がないのだろう。うつむき加減に腰を降ろし、スボンがくしゃくしゃになるほど握りしめている。絞り出すような声でロメリアは呟く。


「ばかやろう。ばかやろう……っ。なんでこんな時まで硬い頭のままなんだ。死んじゃったら元も子もないじゃんかよぉ……」


 目尻に光るものが溜まっていた。痛いほどに、彼女の気持ちが理解できた。悲しみ、悔しみ、そして怒り。イライラが募る。昂る感情を落ち着かせるため俺は大きく深呼吸をする。

 頭が痛ぇよ。バカなんじゃねぇか? こんな時に信念? クソくだらねえ。危機に瀕している今こそなにもかも壁をぶち抜いて手を取り合うべきなんじゃねえのか? だっていうのに、この堅物共は……。


「はっ! そもそもその男、どうやって懐柔したんだ小娘? 大方、そのはち切れそう乳で誘惑でもしたんだろうがッ! 俺達が本国で四苦八苦してる時にてめえは男と乳繰り合ってたんじゃねえのかッ!」


 プツン、となにか切れる音がした。

 次の瞬間には考えるより先にテーブルに飛び乗り、バルカン目掛け突っ走っていた。


「ふざけんなクソ野郎がッ! ロメリアがどんな思いで駆けずり回ってたかも知らねえでゲスな勘繰りしてじゃねえよ山賊野郎ッッ!」


 バルカンもテーブルに飛び乗り、好戦的笑みを浮かべる。


「おもしれえッ! シルフの英雄がどんだけ強ェか確かめてやるよッ! こいや小僧ッ!」


「死ねオラァ!」


 互いの間合いに入り、拳を振りかぶる。 

 

 拳が交錯しようとしたその時、扉を蹴破るデカい音が会議室内轟いた。

 にらみ合い、拳を構えたままの俺とバルカン、それから会議室にいる王達が一斉に扉に視線を向ける。なんと、そこにいたのは、シトラその人だった。あいつはベッドで寝てたはず。どうしてここにいる?

 俺の混乱を他所に、シトラはツカツカと俺の元に向かい歩いてくる。シトラの登場に抗戦派の王達は一斉に立ち上がり、彼女の帰還を心から喜び頭を下げる。

 俺の傍に立つと、バルカンをはじめ居並ぶ王達を見据え、一喝、シトラは吠えた。


「無礼者っ! この方に罵詈雑言を浴びせるとは何事かっ! この方は将来、リカルド公国の大公を務める御仁ですっ!」

  

 ……ん?

 ちょっと待って欲しい。誰が、どの国の王様を務めるって?

 混乱を通り越し、思考がショートしていると俺をテーブルから引きずり下ろし、身体をぴとっ押し付けてきて、さらに声を大にして宣言する。


「マサヒロは私の夫となる人っ! つまり、この場での発言権には私と同様の力が働くと心得なさいっ!」


「待てーい! シトラ! どういうこともがもが」


 咄嗟に口を押さえられ、声を潜めながら口を耳に寄せてくる。


「いまは合わせて。こうでもしないと彼らはあなたの意見に賛同しない。嘘でもなんでもいいから、いまは一つにまとまるように努めるべきだよ」


 それはそうだけど……。


 ――っ!

 

 俺は馬鹿か。気付くのを遅すぎだろ。俺に触れている部分から伝わる彼女の震えに気付くのを……。

 シトラは今現在、男性恐怖症のような状態だ。加害者ではなくとも、たくさんの男から集まる視線に脂汗を流しながら、呼吸も苦しそうにしていて、それでもこの場の停滞を振り払おうと尽力してくれている。

 その頑張りに俺は応えなくてはならない……っ!


「無理をさせてすまない。降伏派を引き入ることになるが、もろもろ大丈夫か?」


「あなたのためになら、私がんばれる!」


 俺とシトラのやり取りに呆気にとられていたバルカンも正気を取り戻しながら、シトラに詰め寄る。


「お、お嬢! 無事でなによりだが、ま、ままま、まじでその男と婚約すんのか? 冗談だろ?」

「そ、そうです。その男はシルフヘイムの人間。ロイネル様にはもっと相応しい知的で才能を持つ男がいるはずです!」


 いつの間にかラクターも近くにきてやがる……。

 その言葉を聞いたシトラは目を吊り上げ、更に一喝。


「バルカン! ラクター! これ以上の狼藉、いくらあなた方お二人とはいえ許容しないッ! マサヒロ様を侮辱することは私を侮辱している事と同義だと心得なさい」


 シトラに一喝された二人はまるで借りてきた猫のように縮こまりさっきまでの威勢はどこへやらと消えていた。 

 笑顔を俺に向けながら、身体を離し中央のスペースにシトラは歩みを進める。中央に着くと王達をぐるりと見渡し、大きな声で語り掛けた。


「大事な時に会議に参加できなくて、皆には苦労をかけた。申し訳ない」


 ざわざわと騒ぎ始める王達。たくさんの声が彼女に降り注がれる。


「なにを仰いますか! 我々こそあなたを助けることができずに不甲斐ない!」

「そうです! 貴方を助けることができなかった……っ」

「大恩を少しでもお返しできればと奔走したのですが、力及ばず……っ」 


 シトラは手を掲げ、その言葉を止めさせる。


「謝罪はいい。同胞たちが力を尽くしてくれていたのはちゃんとわかってる。でも、いまはそんなことより大事な事があったはずだッ。バルカン! それはなんですか!」


「は、はい! リベンタ近郊に迫るフィヨンド軍です!」


「そうだ! ではラクター! 我々がすべき事とはなにか! この会議室で冷たい茶を啜り無駄に時間を浪費することか!」


「い、いえ! そんな時間はありません。すぐにでも軍を動かさなくては……」


 厳しい表情と声を崩し、シトラは女神のように柔らかな笑顔で頷いた。


「やはり我が同胞は優秀です。やるべき事はもうわかっている。ならば、次は行動に移す時だッ! 立ち上がれッ! リベンタの子らよ! 武器を取れッ! 自由の子らよッ!」


 場の空気がガラリと変わったのを肌で感じる。

 爆発しそうな程燃え上がる士気。ガタガタと勢い良く立ち上がっていく王達。その目には闘志が燃える。

 

「私を傷付けた降伏派の罪がどうしたッ! それは滅ぶことより大事な事か! くだらないッ! そんなものは小事だッ! 手を取り合い、戦うぞッ! 国のため、民のため、そして自由のためにッ!!」


「「オオーーッッ!!!!」」



 すげえ……。

 これがあのガキみたいに泣きべそかいてたシトラ? まるで別人じゃねえか……。


「驚いた? これがシトラの普段の姿。まるで、神話に登場する戦乙女(ヴァルキリー)みたいでしょ」


「ああ……。まじですげえよ。あいつにこれ程のことができるなんて」


「だから言ったじゃん! シトラはすごいって!」


 ロメリアが誇りたくなるのもわかるぜ。惚れ惚れするほどのカリスマと求心力。これは一大将として見習いたい部分だ。

 

「マサヒロ……っ」


 急にシトラに呼ばれ視線を移すと、顔が青白くなっておりふらふらと挙動もおかしい。

 俺は駆け寄り彼女を抱きすくめる。恐ろしく冷たい体温。やはりかなりの無茶をしていたか……。


「もう大丈夫だ。お前のおかげでなんとかなりそうだよシトラ。助かった」


「へへっ。私カッコよかったでしょ? 役に立てたみたいで……良か……た……よ……」


 カクンと意識を失い、そのまま寝息を立て始めてしまった。

 なんという強靭な意思だろうか。こんなボロボロで、いつ倒れてもおかしくない状態であそこまでの演説を繰り広げた根性。素直に尊敬に値する。

 それは周りの王達も同じだったようで、そのボロボロになりながらも自らの足で立っていた姿に更に気合いが入ったように見えた。

 バルカンとラクターが後を引き継ぎ、早速を指示を飛ばし始める。


「軍じゃあ! 軍を動かせぇ! お嬢の頑張りに報いるために全力で戦うぞーッ! ラクター! 貴様はすぐに降伏派に要請を送れ! 戦の準備をしろとな!」


「遅いなバルカン。もう手配は済ませてある。お前はさっさと軍の指揮を執れ」


「ガハハッ! 言われなくともわかっとるわッ! 出陣じゃあー!」


 この様子ならなんとかフィヨンド軍と戦うことができそうである。あくまで、スタートラインに立った、ということに過ぎないが。――本番はこっからだ。

 俺も準備を進めなきゃならんが、一先ずシトラを医者の所に戻さねえと。俺はシトラをおぶさり、その場をあとにしたのだった。




  

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