第四十五話 「燻り」
シャノンを残し会議室を後にするレヴィとシンは部下達が待機している宿舎に戻る。宿舎が見えてくると何やら楽しげな声が聞こえてきた。
「お、やってるな。俺たちも混ざろうぜシン!」
「いやしかし、明日からなにをするか不明瞭なのに、酒飲んでいる場合では……」
「堅いこと言うなよ! 今日は勝ったんだぜ? 騒がにゃ損だろうが」
隊長の帰還に気付いた部下達が声を掛ける。
「お、レヴィ隊長殿ー! お疲れ様です! どうぞこちらへお座りください」
「シン隊長ー! 今日はパーッとやりましょう!」
「おう! ちょっと待ってろ! ――なっ、シン? 部下共も呼んでんだから少しは付き合えよ」
「……わかった。わかったよ。少しだけだぞ」
「レヴィ隊長早く来てくださいー!」
「いま最高に盛り上がってるんですわ! いまから裸踊りが始まるんで急いでくださいー!」
「うはは! バカ野郎! 男の裸踊りなんぞ見たくないわ! それより酒を寄越せーい!」
「まったく。やれやれだ」
案内されるままに地べたに座り今日の疲れを癒すために大いに酒を飲み、騒ぎ明かす。。
しばらく、宴会を楽しみ人心地ついた頃、二人は少しだけ離れた場所に座り、いまだにどんちゃん騒ぎを続ける部下達を眺めつつ酒瓶を傾ける。
熱い息を吐きながら、シンは神妙そうな雰囲気で尋ねた。
「レヴィ、シャノン様は大丈夫だと思うか?」
楽しそうに部下達が騒いでいるのを見ていたレヴィは、視線も寄こさず返す。
「あぁん? なにがだよ?」
「……色々だよ。あの乱暴された知人の少女の事、それからたったの千で二万と戦おうとしている。相当、精神的に参ってるはずだ」
「……かもな」
「今回ばかりは無茶だ。千で二万なんて勝てるわけがない。一度、態勢を整えるためにも少佐達と合流して、それから……」
レヴィは酒瓶を地面に起き、シンの方を向く。
「よせよ、シン。酒が不味くなる。俺ァ、ごちゃごちゃ考えんのが苦手なんだ。敵が来たらぶっ潰す! それでいいだろうが」
「おまっ、状況わかってんのか? 俺達はいまや、ただの騎士じゃない。国が消えるか消えないかの瀬戸際を支える騎士なんだぞ?! 考えが甘くて負けましたじゃ済まないんだよ。負けたら国が終わる。いままでやってきた戦争とは訳が違うんだ。ちゃんとわかってんのか?」
「おうよ。阿保の俺でもそれくらいはわからぁな。だから、俺はごちゃごちゃ考えねぇでいつものように敵をぶっ殺すだけだ」
「少佐も言ってただろ。いまのままでは勝てない。一人一人が成長し、強くならなきゃならない」
「ほ〜ん。んで、お前は軍師の真似事かい? 慣れねえことしてっと、雑魚に足元掬われてあっけなくおっ死ぬぞ」
「俺は真剣だ! そのふざけた態度を引っこめろレヴィ」
「……てめえ、兄貴分の俺様に説教かコラ」
楽しいはずの酒の場に緊張が走り、両者睨み合っているとそれを阻むように二人の間に酒樽がドシン! と音をたて降り立つ。
「盛り上がっているな、若造共」
そこに姿を現したのは、ハールダンが副官スルプトだった。
「あんたは……」
「ス、スルプト殿! どうされたのですか? って、だからレヴィ! 口の利き方!」
「かまわん。それより、よく周りを見てみよ」
レヴィとシンはいがみ合いを辞め、周囲を見渡してみる。そこにあったのは不安げにこちらを見る部下達だった。
「貴様らは曲がりなりにも指揮官であろう。ならば、指揮官らしく振る舞えい。指揮官の怒りや動揺、心の動きは兵に伝播する」
流石はハールダンを支える副官と言うべきか。
レヴィとシンも大人しく引き下がった。
「わかればいい。さて、極上の酒を持ってきたのだが、誰か俺と飲み勝負する奴はおらんか! 勝てたら、褒美をくれてやる」
沈み気味だった空気が晴れていくのを感じるレヴィとシン。
続々と兵が立ち上がり、スルプトに勝負を挑み始める。すると、再び活気付き、楽しい宴の場へと戻っていくのだった。
「ぶはぁ! うむ? どうした、次の者!」
しばらく、飲み勝負が続いたがスルプトの前には酔い潰れた兵たちが多数転がっていた。
それもそのはず、スルプトが用意した酒はシルフヘイム産の酒の中でも特別度数が高く、癖のある強烈なものだった。
「なっとらんな、若造共。誰か俺に挑む者はおらんか!」
酒樽に自分のジョッキを突っ込み、豪快に酒を汲むスルプトは余裕の表情で辺りを見回すが、勝てる見込みがなさ過ぎて、誰も挑戦しようとしない。
ため息をつきながら、いま汲んだ酒を飲み干し、また酒を汲もうとした瞬間。
酒樽が地面を離れる。
「へへっ。部下が不甲斐ないようなんで、俺が相手をするっすよ、スルプトさん」
レヴィが酒樽を担ぎ上げ、口に運ぶ。
豪快に喉を鳴らし、強烈な酒を飲み下していく。ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ。
止まることなく、一気にジョッキ十杯程を飲み切ってみせた。
「ほう。中々やるではないか」
「ぶはぁ! うはは! 強烈過ぎて火が吹き出そうだ! でも、美味い! こんな美味いもんご馳走になっちまってすんませんね! スルプトの旦那ァ!」
威勢良く叫んだレヴィだったが、白目を剥きそのままひっくり返ってしまう。部下が心配そうに駆け寄り、介抱してやっているが、一発で酔いつぶれたらしい。恐るべしスルプトの酒。
「申し訳ありません、スルプト殿。レヴィの失礼な言葉遣いは許してやってください」
「ふん。かまわんさ。最近はああいう威勢のいい阿呆が減って寂しく思っておった。久々に愉快な心地よ」
「それなら良かったです」
「貴様は、名をシンと言ったな」
「はっ。そうであります」
「なにか聞きたそうだな」
「……はい」
「申してみよ。答えられる範囲でなら、答えてやろう」
「では、遠慮なく。スルプト殿は数々の戦場で、ハールダン将軍と武功を挙げた歴戦の猛者であるとお見受けしておりますが、四騎士ラングヴィとの戦いに勝機はあると思いますか?」
グビッと酒を飲み、スルプトは答える。
「軍師殿がどのような策を用意しているかにもよるが、厳しい戦いになるのは間違いなかろう。全滅も視野に入れねばならんほど、な」
「……シャノン様を否定するわけではないですが、やはりあの時、なにか進言すれば良かったと、後悔の念に駆られてしまいます」
「ふっ。貴様はバッシュのようだな。狩りをする肉食獣のように注意深く、そして小動物のように臆病だ」
シンは返答に困る。
馬鹿にされているのか、それとも褒められているのかよく分からない。
話題を変えるために、スルプトにシンは尋ねる。
「そのバッシュ殿はおられないようですが……。あとハールダン将軍も」
「将軍も寄る年波には勝てんようでな。もう床についている。バッシュの堅物は大方、部屋に篭り模擬戦でもしておるのだろう。明日、軍師殿がいかなる策を打ち立てようと対応できるようにとな」
「スルプト殿は、よろしいのですか?」
「俺の役目は兵の士気を高く保つことと認識している。……若造よ。貴様の今日の戦いぶりを少し見た。若造ながら、中々に広い視野を持っている。まだ小粒だが、将来有望だ。しかしな、その広過ぎる視野が貴様を縛りもしている」
「縛る……ですか?」
「うむ。貴様は、自惚れているのだ。その広い視野に見える全てを自分でなんとかしようといつも考えている。いいか、若造。理想だけでは、戦に勝てぬ。あれもこれもと手を伸ばした所で、待っているのは後悔だけだ。自分の力量を見誤るな。本来救えるものすら、その手から零れ落ちるぞ」
シンは唇を噛んだ。
悔しい。ふざけるなと言い返したかった。
でも、スルプトが言っているのはどうしようもない事実。いまだ何者でもない、ただの兵一人にできることは限られる。
シンはいままで地位というものに固執したことはなかった。懸命に、必死に、がむしゃらに国の為に仕えることができればそれで良かった。
……でも、いまはただ歯痒い。たかが伍長。低い。低過ぎる階級。
シンの中に果てなき渇望が生まれた。力と地位。その両方を手に入れたい。
「ふっ。その目、功を欲しているな。散々説教を垂れたが、俺は嫌いではないぞ、貴様のその飽くなき野心。困ったことがあれば、力になろう」
スルプトは酒を飲み干し、立ち上がった。
「邪魔をしたな。俺も休むとする。あとは好きにやれ」
シンも立ち上がり、スルプトの背中に叫んだ。
「ス、スルプト殿……!」
「いつでも訪ねて来い、若造。いや、シン」
シンは呆然とスルプトの背中を見送った。
「たまらねぇな。俺たちゃまだまだ舞台にすら上がれてねえ」
隣で酔い潰れていたレヴィが頭を押さえながら、起き上がる。
「……ああ。ほとほと自分の無力さを味合わされるよ」
「強く、なりてえなあー、シンよ」
「絶対になる。俺は、強い男になるぞ。レヴィ」
「ま、曹長と俺の次くらいには強くなれるんじゃね? 精々がんばれや」
「はっ、ぬかせ」
しばらく宴は続き、夜は更けていった――。
翌朝。
シャノンの招集により、ハールダンおよび副官・参謀ほか兵七百名に、レヴィとシン、その部下三百名、総勢千名が町の中央広場に集められた。
とうとう作戦が言い渡される。しかもそれは、千で二万を討つという途方もない無謀な作戦。過酷な死地に送り出されるのは間違いないだろう。
シャノンは始めにハールダンに二言三言だけ伝え、それを終えると目配せをし、スルプトに合図を送る。
「総員、傾注! いまより、軍師殿より作戦を伝えていただく! 指示されたのち、直ちに配置につけい!」
この時、ハールダンやスルプト、バッシュ、それからシンの頭には言い渡される作戦の予測が立っていた。
レヴィは鼻をほじるだけでなにも考えてない。
四人の予測はピタリと同じものを描く。
『籠城戦』
少数で迎え撃つなら、これしかない。
幸いにもオド・シルフは籠城に適した造りをしていた。まずは町をぐるりと囲む湖。水深はそれなりに深く、舟を使わねば近付くこともままならない。泳いで渡ったとしても高い壁に阻まれ、弓矢のいい餌食になる。
唯一、町に繋がる一本の道は陸側にも頑丈な門があり、町側にも同じ門がしっかり備えられている。道幅は馬車が横並びに四つ通れるかどうかというところ。その狭さなら、数の差は有効に働かない。狭い場所での密集した戦い。騎馬兵の少ないこちらとしては、だだっ広い草原で正面から戦わなくて済む、最高の条件と言える。
しかし、有利かと問われれば素直に頷くことはできない。
数の差こそ有効に働きはしないが、長引けば長引くほどこちらの体力が持たない。
そもそも、攻撃してこず、周囲を固め、じっと包囲して待たれてしまえば籠城しているこちらの兵糧が先に底をつく。
籠城戦は確かに有効な作戦である。が、それは最悪な状況の中で一番マシというだけで、圧倒的不利は揺るがない事実だった。
バッシュは深呼吸をし、シャノンの言葉を待つ。
まさかとは思うが、籠城戦などと言う浅知恵を言い渡すつもりではないだろうな、と、内心意地の悪い視線を向け続ける。
そしてついに、シャノンは壇上に上がり、作戦を言い放った。
「レヴィ隊百五十を除いた八百五十で町の外に陣を敷いて下さい。敵は町の外で迎え撃ちます」
シャノンが選択したのは、平原での白兵戦だった。
指示に従い、速やかに移動を開始する兵たち。
作戦の詳細を聞くために、ハールダンと指揮官クラスがシャノンの元に駆け寄る。
一番に喚きだしたのはやはりバッシュだった。
「ありえない! ありえません! パルクール殿、正面からぶつかるつもりですか?! それは自殺行為以外のなにものでもない! 籠城戦ならまだしも、あなたの作戦は無謀過ぎます。私めは、作戦の変更を提案致します!」
シャノンは感情の伴わない瞳をバッシュに向けた。
その瞳に、バッシュはびくりと身体を震わせる。なにを考えているのか、まったくわからない瞳。でも、諦めて自棄を起こしているという顔でもない。
なんなのだろうか。バッシュは胸騒ぎを覚えた。勝てる勝てない以前に、この娘から溢れ出る強烈な死の臭い。警報が鳴り止まない。
まずい。このまま任せてしまったら、絶対に恐ろしいことが起きてしまう。
バッシュは声を上げようとしたが、それはレヴィの声に遮られる。
「シャノン様。俺ぁ、仲間外れみたいすけど、なにやりゃいいんですかね」
「レヴィ殿には、町に残りやってもらうことがありますから安心してください」
「うす! 了解であります!」
「あと、ハールダン将軍とシン殿。少しだけお時間を」
三人は話を始め、バッシュはポツンとその場に佇む。
頭が真っ白になっていると、背中を何者かに物凄い力で叩かれる。
「しゃんとしろバッシュ。俺達は外に布陣だ。早く行って兵を配置につかせるぞ」
「なあスルプト。……大丈夫なのか本当に」
「さてな。参謀のお前にわからんのなら、俺にわかろうはずもないわ。強いて言えば、天のみぞ知る、といったところか」
「俺達の命運もここまでか……」
「外に出るまでに、その辛気臭い顔をなんとかしろ。兵の士気に関わる」
「ああ……。わかったよ」
スルプトとバッシュは外に向かい歩き出す。
シャノン達も話を終え、ハールダンとシンを外に出すと門を固く閉じてしまう。
今よりラングヴィ軍と戦闘が始まるまで、町の中と外は完全に断絶された。外の兵達は不審に思ったが、軍師に逆らえるわけもなく、そのまま来たる日まで練兵に明け暮れることになる。
一方町に残っていたシャノンとレヴィは外壁の上に佇みながら眼下に布陣された陣を見下ろしていた。
「流石は王の牙っすね。ビシッと統率が取れてる」
「ええ、そうですね。頼りになります。わたしたちも準備を始めましょう。時間は限られていますから」
「うす! じゃ、指示お願いしゃす!」
固く閉じられた町の中でシャノン達も戦いに向けて準備を始めた。
敵が現れる日まで中と外との行き交いは一切ないまま、その日を迎えることとなる。
到達予定の五日を、三日過ぎた八日目にして四騎士ラングヴィ率いる大軍が砂塵を上げながら姿を現した。
すでに交戦の準備を整え横陣の構えで迫って来る。しかも、遠目からでもわかる一万を優に超える大軍。そう、予定より三日遅れたのはわざわざ馬脚を緩め後ろから追随する一万と合流するためだったのだ。
二万の大軍勢、堂々たる行進。大陸最強のアークガルド軍、王者の行進である。
「いよいよであるな」
迫りくる大軍勢を前にハールダンが指揮官達に聞こえるように呟いた。
気遅れなどはない。スルプト、バッシュ、シンの目に炎が灯る。
その様子を見たハールダンは満足気に頷いた。
「圧倒的戦力差を前に、逸物が縮み上がっていないか心配だったが、無用な心配であったな」
バッシュが拱手し、進言する。
「将軍! 我が軍も気炎万丈でございます! どのような死地であろうと命令があれば命を懸けて戦えます! すぐにでも号令をっ!」
「待てバッシュよ。号令を掛けるのは、儂ではない」
「はっ? ……というとスルプトに任せるのですか?」
「ふはっ! それも違う。今にわかる」
その時、町の方から楽隊が奏でる音色が辺りに響いた。それを皮切りに八日間ついぞ開くことのなかった門が開き、中から百五十騎が姿を見せる。
率いるのはもちろん、隊長のレヴィ、のはずなのだが、先頭を行くのは違う人物。
純白の綺麗な鎧を纏い、純白の馬に跨るのはシャノン。一目見て、あれは相当に位の高い貴族か王族と勘違いしてしまうような出で立ちである。
ハールダン軍が左右に割れて行き、ハールダン達指揮官がいる場所までの道ができる。騎士の見守る陣の中を堂々と闊歩し、ハールダン達の前で止まった。
「お待たせしてしまいました。こちらの準備は万端のようですね」
自体が飲み込めず、困惑する三人の指揮官。ハールダンは事前に聞いていたため驚きこそないが、その格好には戸惑いを見せた。
相も変わらずバッシュがシャノンに尋ねる。
「パルクール殿も出陣なさるのですか?」
「いえ、少し見学とご挨拶に」
バッシュは肩を落とし、呆れ果てた。
戦闘力のない小娘など、お荷物以外の何者でもない。大人しく町に引きこもっていればいいものを……。
侮蔑を含んだ視線を受け流しながら、シャノンは指揮官達の横をすり抜け更に進み始める。
「ど、どこに行く気ですかパルクール殿!」
「バッシュ殿。落ち着いて下さい。ただ、敵方の将軍にご挨拶に伺うだけです」
シャノンは振り返らず、レヴィだけを連れて敵に向かって行ってしまった。
本当に……なにを考えている?
シャノンの思考がまったく読めない。それになんだ、その落ち着きようは? これから死ぬ戦いをするのだぞ?
自分の理解が及ばないもの程怖いものはない。
バッシュは突然自分の顔を殴り、鼻血を垂らした。
「だ、大丈夫ですか、バッシュ殿」
心配そうにシンが尋ねた。
「ふんっ。問題ない。俺は、もう考えるのをやめる。パルクール殿の思考を読もうなど、どだい無理な話だったのだ。――全力で戦う、あとのことは天運に任せるとするさ」
雑に鼻血を拭いながらバッシュは言い放った。
天運に任せるとは、軍師らしからぬ発言であるが、多くを語らないシャノンの前ではそうする他ない。
ハールダン軍千名の目が幼い軍師の背に注がれ、ただそれを、見送ることしかできなかった。




