chapter2 約束の日
YUIちゃんに会える日まであと10日になった8月中旬。
当日来て行く洋服が決った。
「じゃーん!ねえ可愛い?」
「あら。珍しくセンス良いんじゃない?誰かが選んでくれたの?」
「何かさあ・・・。一瞬でも姉ちゃんが可愛く見えた自分が悲しくなってきた」
「どういう意味よ!私1人で選んだの!!」
本気で気分悪そうな裕貴の顔にムカついてそう言ったけれど、
本当はショップの店員さんを見て買ったアイボリー色のワンピース。
靴もアクセサリーも全身そのまま店員さんを真似をしただけのコーディネイト。
恥ずかしかったけれど意を決し
「お姉さんみたいに、なりたいんです!」
と言う告白に、最初は驚いていたけれど
自分で選ぶ服はいつもセンスがないと言われる事。
好きな人に可愛いと思われたいと正直に全部話したら
25歳だと言ってた店員さんは笑顔で親切に色々と教えてくれた。
服に似合うバッグに、靴とアクセサリーを買った店。
まとめられた髪型を作る為に必要な物。
後れ毛を作るテクニック。
可愛いと思われる為の技とショップ店員一同の声援を受け総額3万2千円。
先月のバイト代全額と言っても過言じゃない金額だったけど
(きっとYUIちゃんも可愛いと思ってくれるはず)
そう思えば予定より2万近い出費も、幸せの痛みだと感じた。
センスの良い女の子。
そう思われたくて服の事は話さず、ツアー前日のYUIちゃんとの電話。
「東名阪ぐらいしか行った事ねえからな。九州だの北海道だの未知の世界だよ」
「楽しみ?」
「まあ楽しみだって言えば楽しみだけど、俺がほとんど運転しないとイケねえからな」
「体壊さないでね」
「ああ。無事に終るように祈っててくれ」
「うん。祈ってるね」
「おう。明日は無理だけど、またさ」
必ず電話する。
そう約束して切った電話。
何かプレゼントしようと考えてた私に
「交通安全」のお守りを購入するという明日の予定が生まれた翌日。
「あら?懐かしいじゃないの。どうしたのよ」
「まあ、ちょっとね。日本地図ぐらい知らないとね」
小学生の頃、全然覚えられない私の為にお父さんが買ってきた
日本地図のポスターをドアに貼った朝
YUIちゃんのゴッドレスパイクとして初の全国ツアーが幕を開けた。
東京を皮切りに、北は北海道。南は福岡まで。
ライブをしては即次の場所へ移動。
ツアーが始って始めての電話は3日目の深夜、高速道路のサービスエリアからだった。
「思ったより暑くて眠れねえよ」
「篤君達は?」
「あいつ等は打上げで飲んだから寝れてる」
「YUIちゃんも寝ないと運転危ないよ?」
「寝るよ。外の方が涼しいし、ベンチで寝ようかな」
「蚊に刺されるよ?」
「もう刺されてるよ」
ホテルでの宿泊は金銭的な都合で数回のみ。
バンド仲間からの情報を元に
コインシャワーと言う人間版洗車場のような場所があるようだけど、
基本的には高速のサービスエリアと公園の水道水。
清感ウエットコットンがお風呂代わり。
「一番キツイのは風呂に入れねえ事だな」
「機材車の中で寝る事じゃなくて?」
「始る前は、そう思ってたけど一番は風呂だな。もう髪なんかスプレーでバリバリだよ」
「臭そう」
「うるせえよ。まだ3日目なのに自分でも臭うわ」
ツアーが始ってまだ3日目。
初めてホテルに宿泊するのが決定しているのは3日後の大阪。
その後は2週間後の長野。
「まあ、その間にな!」
「何?」
「お前と会える訳だし」
「だから何?」
「また惚けて。Hするんだから、どこかのホテルで風呂に入れるって訳だし」
「行きません!」
「じゃあ、青姦ですか。ちゃんとゴムは買ったか?」
「買ってません!」
「まあ、生は不味いから。口だけでも俺は満足だけどな」
「絶対にしません!」
「まあ、また明後日には電話するから色々と調べておけよ」
「調べるって?」
「ラブホだよ!まあ、11時には出れば次の場所は車で2時間ぐらいだしさ」
「その間、篤君達はどうするの?」
「その辺は上手い事して時間潰すんじゃねえ?俺には関係ねえ」
「上手い事って?」
「まあ、ナイ頭で深く考えるな。って事で」
明日は有名なライブハウスでのライブ。
そこの店長に挨拶を兼ねての打上げ。
無礼のないように、抜け出す事はできないと言う理由で次回の電話は明後日の深夜。
メールが来たら折り返し私から電話する約束。
どういう都合で、その場所だけホテルに泊まるのか。
そんな事を深く考える事もなく、
ただYUIちゃんに抱かれる日の事だけ考えてた日から約束の2日後。
YUIちゃんからメールが来ないまま朝を迎えた。
眠ってしまったのに気が付いたのはお母さんの声。
「もう!いつまで寝てるのよ!」
洗濯物を干しながら小言ではなく喧嘩ごし。
言われたい放題の中確認したメールの中にYUIちゃんの名前はなかった。
(YUIちゃん運転で疲れちゃったのかな・・・)
今頃ココからココを目指してるはず。
地図を眺めてたら、ふと良い事を思いついた。
それを探す為に100円ショップに行ったけれど、思ってる物が見つからない。
本屋で、キャラクター物は見つけたけれどコレも違う。
文房具屋を覗いて、コンビニを覗いて。
結局そのまま家に帰った。
欲しかったのは、車の形をした画鋲。
YUIちゃんが今いるであろう場所にソレを貼りたかった。
家にある画鋲に車の写真でも貼れば良い。
そう行き着き、新聞の山から車の広告を探すけれど見つからない。
結局画鋲に「Y」の文字を書いて今居るであろう大阪に刺した日。
連絡がないまま、その日も終わり翌朝を迎えた。
待てども待てども来ないメール。
あと2日でYUIちゃんに会える日。
今なら移動中。
でも、もしかしたら寝てるかもしれない。
そう気遣いながらも、思い切って送信した深夜のメール。
やはり予想通り返信は来ず。
今ならライブ中。
打ち上げ後か移動中に来ると予想して送信したメールにすぐ返信が来た。
=また後で連絡する=
そのメールを信じて早くもライブ当日の朝。
一睡も出来ず絶不調。
「ちょっといつまで寝てるのよ!」
「朝まで勉強してたんだから、少し寝かせてよ」
「何を勉強してたのよ」
「地理」
「地理って本当なの?」
「ほら!そこにあるでしょ!!?」
「これは地理じゃなくて地図よ!そんな事も判らないなんて情けない!」
お母さんの文句の中、3時間後に設定したアラームで目覚めたのは午後2時。
「何で今頃お風呂なんか入ってるのよ!友達の家に行くだけでしょ!?」
「汗かいたから入ってるだけでしょ!?」
「馬鹿な子ね。今から外に行くのに、入ったら逆に汗かくのに」
髪を乾かし部屋に戻ったのが午後3時。
メイクをして髪をセットして。
今まで練習した中で1番上出来に仕上がった。
自分でも可愛いと思える鏡の中の私。
きっとYUIちゃんも可愛いと思ってくれる。
そう思ったら声まで可愛くなるらしい。
「ま〜あ。服も変われば話し方まで変わるもんね〜。」
「そう?どんな風に」
「良い風によ。毎日その服着てれば?」
サンダルの紐を結ぶ私にお母さんが嫌味含みで話しかけてくるけど
悪い気はしないのは自分でも可愛いと思ってるから。
何もかも全て順調。
「仁美さんの家に行くのね?」
「そうだよ?久しぶりだから超楽しみでワクワクしちゃう」
「帰りは何時頃なの?明日お母さんも友達とランチに行くから」
「え〜?昼には帰って来る予定なんだけど」
「食べてから帰ってくれば良いじゃない」
「だって仁美さん昼から仕事なんだもん」
「じゃあ、自分でご飯ぐらい作りなさいよ」
YUIちゃんのライブを見に行って、その後2人は結ばれる。
その偽装工作に使った仁美さんの名前。
「行って来まーす!」
「行ってらしゃい。」
もっと色々と聞かれて、仁美さんから電話してもらうようにとか言われるかと思ったけれど
何もかもが嘘のように順調に進んでた私の時間。
ほとんど待つ事もなく乗った電車の中で
シャワーを浴びた後、下着を着けたままの方が良いのか。
バスローブの下は何も付けてない方が良いのか。
決められないままライブハウスのある駅へと到着した。