魔王軍四天王 ツッコミデーモンとの戦い
劇場を抜けると、一行は荒れ果てた市街地のような場所に出た。崩れた建物の間に、赤い肌をした、鋭い目つきのデーモンが立っている。手には、何か棒状の武器を持っていた。
『……お前ら、四天王の最後の一人、俺のところまで来たか』
ステータス画面を確認する。
```
名前:ツッコミデーモン
種別:ツッコミ系モンスター
能力:矛盾を発見すると攻撃力上昇
嘘に大ダメージ
必殺技:「それおかしいやろビーム」
```
「……ツッコミ系……」
長介がつぶやくと、デーモンは、鼻で笑った。
『お前ら、ここまで色々なモンスターと戦ってきたみたいだが……俺は、これまでの奴らとは違う』
「どう違うんだ?」
『俺は、お前らの「矛盾」や「嘘」を見抜いて、そこを攻撃する。お前ら、これまでの戦い、本当に正直に話せるか?』
デーモンが、最初の「矛盾」を指摘する前――クラスメートの中から、二人が前に出た。お笑い連邦大学魔法研究所で「コンビ」を組んでいた、橘と宮下だった。
橘がボケ、宮下がツッコミを担当するコンビとして、これまでの旅でも、何度か息の合った掛け合いを見せていた。
「……俺たちが、最初に行く」
橘が、デーモンの前に立った。宮下も、その横に並ぶ。
「……お前ら、何のつもりだ?」
デーモンが、訝しげに二人を見る。
「いやー、ツッコミデーモンさんって、矛盾とか嘘に弱いんですよね?」
橘が、軽い口調で話し始めた。
「実は俺、ここまでの旅で、ずっと噓ついてたんですよ」
『……ほう?』
デーモンの目が、わずかに光った。
「俺、本当は……魔法、めちゃくちゃ得意なんです」
宮下が、すぐに突っ込んだ。
「いや、お前、さっきファイアボール、自分の足元に落としてたじゃねえか」
「あ、それは、わざとです。照準を、外すのが得意なんです」
「照準外すのが得意、はおかしいだろ」
『……ふっ……』
デーモンの口元が、わずかに緩んだ。攻撃力を示す数値は、まだ動いていない。
橘は、続けた。
「あと、俺、実は、ここに来る前、ものすごい人気者だったんですよ」
「お前、クラスで、名前覚えられてなかったじゃねえか。『あの、えーと、君』って呼ばれてたよな」
「それは、ミステリアスキャラを、確立してたんです」
「ミステリアスじゃなくて、ただ、印象薄いだけだろ」
クラスメートたちの間に、小さな笑いが起きた。デーモンも、明らかに、表情が緩んでいる。
『……お前ら……俺の能力、わかってるのか?嘘や矛盾に、攻撃力が上がる、んだぞ……?』
「知ってます。でも、別にいいかなと思って」
橘が、笑いながら答えた。
「俺たち、こういう掛け合い、研究所でずっと練習してたんで。多少、矛盾あっても、気にしないっていうか……むしろ、それが、笑いになるので」
『……は……?』
宮下が、続けた。
「むしろ、嘘とか矛盾とか、ボケのネタとして、もらってくスタイルなんで」
『……お、お前ら、ふざけてるのか……?』
デーモンの攻撃力が、わずかに、上がり始める。
```
ツッコミデーモン:攻撃力上昇(軽度)
```
「あ、ちょっと上がった」
「マジ?どれくらい?」
「軽度、だって」
「軽度って、書いてあるのが、もう面白いな」
クラスメートたちの間で、再び、小さな笑いが起きた。橘と宮下は、デーモンの「攻撃力上昇」という現象自体を、ネタにして、掛け合いを続けていく。
『……お、おい……お前ら、なんか……変な感じだぞ……攻撃が、軽くなってる気が……』
「それは、俺たちが、ちゃんと笑かしてるからですよ」
橘が、得意げに言った。
その瞬間――。
「……っぷ」
宮下が、小さく、声を漏らした。
橘が、横を見る。
「……宮下?」
宮下の顔が、わずかに歪んでいた。笑いをこらえているような、しかし、その表情は、これまでの「演技」の笑いとは、明らかに違っていた。
「……っ……ふ、ふふっ……」
「宮下、おい、大丈夫か?」
橘の声が、緊張を帯びる。
「……なんか……俺……今の、自分のツッコミ、ちょっと、面白くて……ふふっ……」
「いや、それは、お前が言ったネタだろ。自分で、笑うなよ」
橘は、笑いながら、宮下の肩を叩いた。だが、宮下の笑いは、止まらなかった。
「……ふふっ……あはは……あ、あれ……止まら、ない……」
「宮下!?」
橘の表情から、笑顔が消えた。
「……宮下、しっかりしろ!深呼吸!」
「……あはは……ごめん……橘……なんか……おかしくて……」
宮下の腹部が、痙攣するように震えだした。これまで何度も見てきた、笑気中毒の症状だった。
「みんな!誰か、回復薬持ってないか!?」
長介が叫んだ。クラスメートたちが、慌てて荷物を探る。
「……橘……俺たち、いいコンビ、だったよな……」
「当たり前だろ!まだまだ、これからだ!」
「……次の、ネタも……一緒に……」
「ああ、絶対やろう。だから、今は、笑うのやめろ!」
「……無理……だ……あはは……」
宮下の笑い声は、徐々に、呼吸音に変わっていった。クラスメートたちが回復薬を持ってくる間も、宮下の体は、笑顔のまま、小さく震え続けていた。
「……宮下……宮下!」
橘の声に、宮下は、最後に、わずかに微笑んだ。
「……橘……ありがとう……お前との漫才、楽しかった……」
それが、最後の言葉だった。
戦場に、重い静寂が訪れた。デーモンも、攻撃を止め、何が起きたのか、戸惑うように二人を見ていた。
橘は、宮下の体を、しばらく、抱きしめていた。誰も、声をかけられなかった。
長介は、静かに、橘の隣に膝をついた。
「……橘」
「……長介……」
橘は、顔を上げた。涙を流していたが、その表情には、不思議な、強い決意のようなものが見えた。
「……宮下が、最後に、『楽しかった』って、言ったんだ」
「……うん」
「……だから……俺、これからも、やる」
橘は、デーモンに向き直った。
「……ツッコミデーモン。お前、まだ、戦う気か?」
『……お、おい……俺は……』
デーモンは、明らかに、動揺していた。
「……俺、これから、一人で、漫才やる」
「……一人で、漫才?」
「ピンでも、できる。おっさーさんが、教えてくれたから」
橘は、涙を拭い、デーモンに向かって、再び話し始めた。
「……お前の能力、矛盾と嘘に攻撃力が上がる、んだよな……でも、さっき、宮下が言った『今の自分のツッコミ、面白かった』っていう言葉……それ、矛盾でも嘘でもない。本当に、そう思ったから、笑ったんだ」
『……』
「……笑いは、時々、人を、殺すこともある。この世界では」
橘の声が、震える。
「……でも、宮下は、最後まで、笑ってた。それは……悲しいことなのか、それとも……」
橘は、しばらく、言葉を探した。
「……わからない。でも、宮下が、最後に笑って、『楽しかった』って言ってくれたことは……俺にとって、誇りなんだ」
長介は、橘の言葉を、静かに聞いていた。これまでの旅で、坂本を含め、何人もの仲間を失ってきた。だが、橘の言葉には、これまでとは違う、何かがあった。
デーモンは、攻撃力の数値を、ゆっくりと、戻していった。
```
ツッコミデーモン:攻撃力上昇 一時停止
```
『……お前……俺と、戦う気が、なくなったんじゃないのか……?』
「……いや」
橘は、立ち上がった。
「……戦うよ。これは、宮下のための、漫才でもあるから」
長介は、立ち上がり、橘の肩に手を置いた。
「……橘、無理しなくていい」
「……ありがとう、長介。でも……これは、俺が、やりたいことなんだ」
デーモンは、さらに続けようとした。
『さっきの、サテュロス戦。お前(長介)、「お前のその見抜く力、別の使い方できると思う」って言ってたよな?でも、お前自身、ここまでの戦いで、一回も「見抜く力」を、悪用しようと思ったことなかったか?』
「……」
長介は、一瞬、考えた。確かに、これまでの戦いで、相手の弱点を「利用」してきた部分はある。それを「矛盾」と言われれば、否定はできない。
『どうした?何か、言いたいことがあるなら、言ってみろ』
長介は、しばらく考えてから、口を開いた。
「……お前の言う通り、俺、これまでの戦いで、相手の弱点を見つけて、それを利用してきた」
『ほう?』
「サテュロスに対しても、『見抜く力を別の使い方できる』って言ったけど、それは、俺自身が、これまでずっとやってきたことを、サテュロスにも当てはめただけだ」
『つまり、お前は、自分のやり方を、他人に押し付けただけ、ということか?』
デーモンの体が、さらに大きくなった。
```
ツッコミデーモン:攻撃力上昇(自己矛盾の自覚)
```
クラスメートたちが、不安げに長介を見つめる。
「お、おい、長介、これ大丈夫なのか……?」
長介は、しかし、冷静だった。
「……うん、その通りだと思う」
『……は?』
「俺、これまで、自分のやり方が『正しい』って、ちゃんと確信を持てたことなかった。毎回、その場で、必死に考えて、何とかなってきただけだ」
『お、おい、それは……』
「だから、お前の言う通り、俺には、矛盾もたくさんあるし、嘘っぽいことも、言ってきたかもしれない」
デーモンは、明らかに困惑していた。
『な、なんだ、その態度は……俺は、お前の矛盾を、攻撃しようとしてるんだぞ……?』
「うん、わかってる。でも、それ、別に否定する必要、ないんじゃないか?」
『……は?』
「俺、矛盾してるところ、いっぱいあると思う。でも、それって、別に『悪いこと』じゃないだろ?」
デーモンの体が、わずかに小さくなった。
```
ツッコミデーモン:攻撃力上昇 停止
```
「……あれ、攻撃力、止まった?」
長介は、続けた。
「お前の能力って、『矛盾』とか『嘘』を見つけると攻撃力が上がるんだろ?でも、俺たちが『矛盾してます、嘘ついてました』って、最初から認めたら、お前、何を攻撃すればいいんだ?」
『……そ、それは……』
「『見抜く』っていうのは、相手が『隠してる』ことを見つける能力だよな?でも、俺たち、最初から何も隠してない」
『う、うぐ……』
デーモンの体が、さらに小さくなっていく。
```
ツッコミデーモン:攻撃力低下中
```
「お前の『それおかしいやろビーム』も、『矛盾してるのに、それを認めない態度』に対して、効果を発揮するんじゃないか?」
『そ、それは……確かに……』
「俺たち、矛盾してることも、間違ってたことも、全部認めてるけど」
デーモンは、ついに、武器を地面に下ろした。
『……お、お前ら……ずるいだろ……俺の能力、そういう奴には、効かない仕組みになってるんだよ……』
「いや、最初からそういう仕組みなら、それは『仕様』だろ」
『うぐ……正論で殴ってくるじゃないか……』
デーモンは、しばらく俯いていた。
『……俺、これまで、誰も、俺の前で、自分の矛盾を認めなかった。みんな、必死に言い訳して、それを俺が突いて、攻撃力を上げてきた』
『……でも、お前らは、最初から、認めた……』
長介は、静かに言った。
「矛盾してることに気づいたら、認めればいいだけだろ。それだけのことだと思うけど」
『……それだけのこと、か……』
デーモンは、ゆっくりと、座り込んだ。
```
ツッコミデーモン:戦闘終了(無力化)
備考:矛盾の自己開示により攻撃トリガーを消失
```
「……今回も、戦わずに終わったか」
「うん……でも、なんか、長介、自分の弱いところも、ちゃんと認めてたよな」
長介は、少し苦笑した。
「……正直、ちょっと、ヒヤヒヤしたけどな」
「そうなの?」
「うん。俺、自分のやり方が、絶対正しいとか、思ってないし。これまでも、結構、行き当たりばったりだったから」
クラスメートの川村が、優しく言った。
「……でも、長介のその『行き当たりばったり』が、今まで、ずっとみんなを助けてきたじゃん」
「……そう、なのかな」
デーモンは、座り込んだまま、ぽつりと言った。
『……お前ら、これから、魔王のところに、行くんだろ?』
「うん」
『……魔王も……お前らみたいなのに会ったら、ちょっと、調子狂うかもな……』
長介たちは、デーモンの言葉に、少し笑った(笑気耐性の範囲内で)。
一行は、市街地を抜け、いよいよ魔王城へと向かう道を進んでいった。




