第5話 絶対に避けられない学級委員
教室の指定の席に荷物を置くと、そのまま体育館での入学式が行われた。
入学式は現実の世界と同じようにリアルで退屈だった。校長の長い挨拶、来賓の祝辞、新入生代表の挨拶——詩織が原稿なしで立派にスピーチを務めているのを見ながら、複雑な気持ちになる。
知らなければ、ここがゲームの中だとは気づかないだろう。空気の匂い、体育館の床の冷たさ、隣の生徒の咳払い、すべてが現実と区別がつかないほどリアルだった。
落ち着いて考えてみると、この世界がどのように構成されているのか気になる。ゲームと同じ異世界なのか、VRのようなプログラムで作られた世界なのか?そして、現実世界のぼくの体は今どうなってしまっているのか……
ぼくは周囲を見回しながら考える。神代創太と三人のヒロインが振り分けられた1年A組を含め、30人ほどの教室が新入生だけで5クラス存在している。つまり、新入生だけでも150人近い人数がこの体育館に存在していることになる。もしこれがすべてプログラムされたNPCだとしたら、その計算量は想像を絶するものだ。
しかし、よく観察してみると奇妙なことに気づく。女生徒の新入生は、一人一人に個性があり、それぞれが自然に振る舞っているように見える。だが男子生徒はぼく以外、ほとんどの生徒が判で押したような同じ顔をしている。確かに一人一人は違うのだが、なんというか『ザ・モブ』という感じなのだ。
「そりゃそうか……」
元が男性をターゲットにした恋愛シミュレーションゲームだ。キャラデザの労力を女子生徒に向けるのは間違いではないだろう。改めてここがゲームの中であることを実感した。それと同時に、背筋に冷たいものを感じる。現実感があるのに、どこか作り物めいた違和感。この世界の不気味さが、じわじわと心に染み込んでくる。
入学式が終わり、クラス分けが発表された。創太は1年A組。そして予想通り、ゲーム通りヒロイン3人は同じクラスだった。
「やっぱりか……」ぼくは苦笑いを浮かべる。
クラス名簿を見ると、確かに霧島詩織、南小鞠、星野舞美の名前がある。運命なのか、それともゲームのシナリオなのか——ここがゲームの中の世界なら間違いなく後者だろう。
*
教室に戻り、指定された席に着くと、顔にばんそうこうを張った小鞠が勢いよく駆け寄ってきた。
「ちょっと!創太!なんであの時無視したの!」
交差点で落ちたとき怪我したのだろう、顔にばんそうこうを張っている姿はやんちゃな子供のようだ。しかし、その瞳には明らかに怒りの炎が燃えている。
「い、いや〜気づかなかったなぁ」ぼくは慌てて言い訳する。
そうか、出会いのイベント回避したつもりだったけど、小鞠とはもともと幼馴染という設定だったんだ。彼女から見れば、幼馴染が困っているのに無視されたということになる。
「絶対あの時目が合ったでしょう!普通助けに来るものでしょうが!」
小鞠は創太の首にいきなりヘッドロックをかける。教室という公共の場だというのに、容赦ない。
「ぐえっ!」
暴力女というキャラ付けがされているだけあって、本気で痛い。小鞠の腕の筋肉は、スポーツで鍛えられていて相当なものだ。
ヤバイ、マジ死にそう。
創太が痛がる姿に興奮して、うれしそうに笑う小鞠。その表情には、明らかにサディスティックな喜びが浮かんでいる。
「あー、あんた今朝のストーカー」
そこに舞美もやってくる。金髪のツインテールを揺らしながら、首を絞められ落ちかけているぼくを見下ろすように立っている。
「あれは君がぶつかってきたんだろ?」ぼくは必死に反論する。
「はあ、人のせいにする気?」舞美は呆れたような表情を浮かべる。
「どっちがだよ」
ぼくらが言い争い始めると、舞美の顔を見たとたんに小鞠の締め付けが緩んだ。
「え?嘘!」驚きを感じさせる小鞠の声。
やっと締め付けから解放されたぼくは、今度は横に突き飛ばされ床に転がった。
「あ、スターティンクルのマイミちゃん!嘘、同じクラス?!」小鞠の表情が一変し、ファンらしい興奮を見せる。
「え?知ってくれてるの?うれしい!」
舞美の顔がぱあっと明るくなる。
「私、南小鞠って言います。TikTokフォローしてます!」
小鞠は目を輝かせて話す。
「あと、ついでにコレは神代創太って言います。このバカがなにか失礼なことしましたか?いちおう幼馴染なんです」
小鞠は床から何とか立ち上がったぼくのことを指さしながら説明する。
「こいつが朝、私にぶつかってきたのにあやまりもしないのよ」
舞美は不満そうに言う。
「いや、逆だろ! 痛っ!」
ぼくが反論すると、小鞠に脇腹をつねられる。まるでペンチでねじられたように痛い。涙が出てきた。小鞠はうれしそうに笑う。ぼくが痛がれば痛がるほど喜びの笑顔を浮かべる。根っからのSだ。
舞美は親しげな2人を見て、少し不服そうな表情を浮かべる。アイドルとして注目されることに慣れている彼女にとって、自分よりも幼馴染の関係を優先されるのは面白くないのかもしれない。
「ふーん、神代創太っていうんだ。名前、覚えたからね」
舞美は少し笑顔を見せる。その笑顔には、どこか意味ありげなものが含まれている。
「え、なんなんだよその顏は!」
もっと文句を言ってやりたかったが、教室のドアが勢いよく開き、担任の教師が入ってきたため会話はそこまでとなった。
「ほら、お前ら席につけ〜、ホームルーム始めるぞぉ」
教師は30代くらいの男性で、乱れた髪をかきむしりながら教壇に立った。白衣を着たその教師は、やる気のなさそうな顔で自己紹介を始める。
「え〜、俺は金山八郎。この1-Aの担任を務めることになった。よろしくな」
金山先生は黒板に自分の名前を雑に書きながら、簡単な自己紹介を始める。生物担当で、趣味は山登りと映画鑑賞。独り身の35歳ということだった。ゲームに関して教師の設定は聞いていなかったが、何か攻略にかかわってくることがあるのだろうか?
「それではまだお互いのこともよく知らないだろうから、簡単に自己紹介でも行おうか。席順に名前と趣味などを簡単に言ってくれ」
窓際の席から自己紹介が始まる。創太の席はちょうど中程の位置だ。一人ずつその場で立ち上がり簡単な自己紹介を始める。
サッカー部希望の男子、合唱部に入りたいという女子、将来は医者になりたいという真面目そうな生徒。現実のクラスと何も変わらない光景が繰り返される。
だが、なんとなく違和感を感じる。あまりにも整然と進んでいくのだ。まるで決められたセリフを話すように、淡々と進んでいく。
中でも男子の生徒は顕著だった。体育館で感じたのと同じように、男子生徒はあまり個性が感じられない。それに対し、女生徒はヒロインたち以外もしっかりとしたキャラ立ちしている印象がある。
さらに、人数配分は女生徒の方が倍くらい多い。30人のクラス中20人が女生徒だ。明らかに偏った構成となっている。
「……あ、あの、……佐伯、みのり、です。趣味は……読書です……よろしくお願いします」
消え入りそうな声で創太の前に座る黒髪の女の子が自己紹介を終えた。次は創太の番だ。
「神代創太です。中学は桜ヶ丘中学出身です。趣味は……」
設定どおりの自己紹介が自然と口からこぼれそうになる。その時、創太の頭の中に選択肢が浮かんだ。
【趣味はスポーツです】
【趣味は映画鑑賞です】
【趣味はアイドルの追っかけです】
あきらかにヒロインに合わせた答えが用意されている。ここで選択肢に従うのは危険だ。選択肢にない行動をするのには、かなりの精神力がいるが、これはいい機会だ。どれくらい自分の自由意思を反映させられるのか試しておくのもいい。
ぼくは選択肢にない項目を無理やり口に出す。
「ど、読書です。よろしくお願いします」
直前の自己紹介に引っ張られ読書が趣味になってしまった。まあ、現実で読んでいたのはマンガばかりだけど、あれも読書には違いない。思ったよりもシステムの反発は起こらなかった。それほど重要な選択でなければ行動を変えることも不可能ではなさそうだ。
「神代は本が好きなのか、普段は何読んでるんだ?」今までそんなことなかったのに金山が質問してきた。
「あ、えーと……」そんなこと言われても困る。
「その、マンガばかりです」
「まあ、マンガも本には違いないよな。少しはためになる本も読めよ」
教室にどっと笑いが起こる。ぼくは恥ずかしそうにうつむいて席に座った。
自己紹介は続き、やがて後ろの席の小鞠の番になる。
「南小鞠です!桜ヶ丘中学出身で、バスケ部でした!高校でもバスケ部に入る予定です!趣味はスポーツ全般と、TikTok見ることです!」
元気いっぱいの自己紹介に、クラスからは拍手が起きる。
「バスケか。県大会でも活躍したそうじゃないか。高校でも頑張れよ」
「はい!」小鞠は元気よく答える。
続いて舞美の番。
「星野舞美です。桜ヶ丘中学出身です。現在、スターティンクルという名前でアイドル活動をしています。学業との両立を頑張りたいと思います」
クラス内がざわめく。本物のアイドルがクラスメイトにいるなんて、クラス中が興奮している。特に男子生徒たちの目の輝き方が尋常ではない。
「アイドル活動か。大変だろうが頑張れよ、勉強もしっかりな」
「はい、ありがとうございます」
続けて詩織の番。
「霧島詩織です。桜丘中学出身です。趣味は映画鑑賞で、特にファンタジー映画を好みます。将来は国語の教師になりたいと思っています。みなさん、よろしくお願いします」
完璧な自己紹介だった。落ち着いた口調、美しい立ち振る舞い、知的な印象。まさに才色兼備という言葉がぴったりだ。
「霧島は入試でも最高得点だったそうだから、みんな勉強分からなかったら教えてもらえよ」
金山がぼくを見据えていった。どうやらマンガばっか読んでるバカ学生という第一印象になってしまったようだ。まあ、あながち間違いでもないけど。
その後も自己紹介は続き、最後に教室の端に座る軽薄そうなチャラ男が立ち上がった。
「俺は早瀬川ヨシオと言います。趣味は人間観察でっす。よろしく」
あれが情報を教えてくれるヨシオか。
教室の隅の席に座った軽薄そうな用紙をした男をじっと見つめる。パッケージの隅に小さく描かれていたのと同じく、茶髪にピアス、誰が見ても軽薄だろうと想像できる顔立ちだった。パッケージイラストもそうだが、実物はさらにチャラい。
自己紹介が終わると、金山先生は最後に学級委員を決めると言い出した。
「それじゃあ学級委員を決めるぞ。立候補者はいるか?」
しばらく沈黙が続く。1年生の最初の日に、積極的に立候補する生徒は少ない。
「そうかぁ……じゃあ、入試トップの霧島詩織、お前に頼むわ」
「はい、お引き受けいたします」詩織は少し考えるようなそぶりを見せてから、立ち上がる。「ですが、一人では心もとないので、男子からは神代創太君にお願いしたいです」
創太は驚いて立ち上がる。「え?ぼくですか?」
振り返ると、詩織が微笑みながらぼくを見つめていた。
「はい。今朝お話しした時に、とても誠実な方だと感じました。きっと良い副委員長になってくださると思います」
詩織の提案に、クラス全体が注目する。今朝の会話のどこに誠実さがあったのかさっぱりわからない。ただ、創太が詩織に気に入られてしまったことだけは間違いないようだ。ぼくの背中を冷や汗がつたる。
これも詩織ルートの一環なのだろうか。朝の出会いがここに繋がってくるとは……
「神代、どうだ?」金山先生が問いかける。
「あ、その……」
ぼくは困惑する。断れば詩織の機嫌を損ねるかもしれないし、受ければ彼女との接触が増えてしまう。
「創太、やりなよ!」小鞠が後ろから声をかける。
「そうそう、頑張って!」舞美も賛成する。
クラス全体の視線が創太に集まる。これでは断れない。ぼくは深呼吸して答える。
「わかりました。微力ながら、お手伝いさせていただきます」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
詩織は美しい笑顔を浮かべる。その笑顔の奥に、何か深いものが宿っているように感じるのは気のせいだろうか。
こうして、ぼくは学級副委員長に就任することになった。詩織との距離を保とうとしていたにも関わらず、また一歩彼女に近づいてしまった。
「これもゲームのシナリオなのか……」
ぼくは心の中でつぶやく。逃れようとすればするほど、運命の糸に絡め取られていく感覚だった。
HR終了のチャイムが鳴り、初日の授業が終わろうとしている。机に突っ伏したままで考える。
「3年間、この調子で翻弄され続けるのか……」
それは想像しただけで気が遠くなるような長い戦いの始まりだった。しかし、生き残るためには抗い続けるしかない。
顔を上げ、次の授業の準備を始める。まだ戦いは始まったばかりなのだから。
そして、窓の外から差し込む春の陽射しが、彼の頬に温かく当たった。平和な学園生活の始まりを告げるその光は、しかし創太にとって、命を懸けた生存競争の開始を意味していた。




