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絶対に気づいてはいけないラブコメ~~ハッピーエンドで必ず死亡する鬱ギャルゲーに転生した俺は死にたくないからボッチを貫く~~  作者: 杜宮みやび


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第46話 絶対に伝えなきゃならない、本当の敵の正体

 深く、暗い水の中に私は沈んでいく。

 途絶え途絶えの意識の中、誰かに優しく抱きかかえられた気がした。これは夢?それとも……


「ごほっごほっ」

 急に体の中に空気が吹き込まれ、私は激しく咳き込んだ。私を苦しめていた液体が体の外へ排出される。


 あれ?私は何をしていたんだっけ?


 意識が混濁する。目を開けるが視界がぼやけて定まらない。耳の中にもまだ水が残っているのか、声が壊れたラジオのように反響して周囲の状況が良くつかめない。


「……のり!みのりっ!」

 ようやく目に映る景色がきちんとした像を結ぶ。

 すぐ目の前に、心配そうに私の名前を呼ぶ男の子の姿。


「神代君……?」

 その名を呼ぶだけで、不安な心に一時の安らぎが訪れる。


「大丈夫、もう安全だから」

 ホッとした表情で私を見つめる創太。

 私の脳がすごい勢いで現状の確認を行う。スライダーを突き落とされ、溺れた私が創太に助けられ、プールサイドにいる。この状況は……


「神代くん、もしかして私に人工呼吸、しましたか」

 うっすらとした記憶に残る、温かい唇の感触。まさか、それが現実だったなんて。


「あ、ああ、ごめんね。佐伯さんがおぼれて息をしていなかったんだ。だからしかたなく……」

 創太の言葉で、私はすでに取り返しのつかない状況に追い込まれていることを理解した。


 人工呼吸イベント。『トキメキめめんともり♡』における最も危険なフラグの一つ。主人公が救助活動として人工呼吸行為をした場合、他のヒロインたちの嫉妬が爆発し、バッドエンドルートに突入する。


 私たちの元へヒロインたちがゆっくりと近づいてくる。彼女たちの顔には、捕まえた小動物をこれからどう料理してやろうかという笑みが浮かんでいた。


「大丈夫?佐伯さん、あぶないところだったわね」

 言葉は私のことを心配しているようだが、詩織の目は笑っていない。その瞳の奥に、氷のような冷たさが宿っている。


「ホント、あの程度のスライダーで怖がって溺れちゃうなんて、みのりちゃんって怖がりだね」

 小鞠は創太にキスされた妬みと怒り、そして、これから私をいたぶれる喜びが混在した複雑な表情で私に言った。


「ねえ、創太、その子に人工呼吸したの?」

 一方、舞美の声は氷のように冷たい。私の姿は無視して、創太への事実確認だけを優先する。


「あのままでは命の危険があったんだ、すぐに応急処置をするのは当たり前だろう」

 創太が必死に説明する。しかし、もう遅い。すべては手遅れなのだ。


「……そう」

 舞美は視線を私に向ける。彼女の殺意を含んだ怒りの感情が、私にもはっきりと伝わる。


「人工呼吸って、つまり……キス、みたいなものよね」

 詩織が自分の唇に人差し指を当てて確認するかのように静かに呟く。普段の上品な笑顔は完全に消え失せ、代わりに底知れない何かがその瞳の奥で渦巻いている。


「あー、そっか。創太の初キス、佐伯さんが奪っちゃったんだ」

 小鞠の声は相変わらず明るいが、その笑顔がどこか歪んでいる。笑顔の中で瞳だけが全く笑っていない。それはまるで壊れた人形のような、不自然な表情だった。


 三人の視線が一斉に私に向けられる。

 私は恐怖に震えながら、創太の後ろに隠れるように身を寄せた。


「でも仕方なかったのよね? 創太」

 舞美が一歩近づいてくる。その足音が妙に重く響く。


「そうそう、人命救助だもんね。でも……」

 詩織も歩み寄りながら、唇に指を当てる仕草をする。


「みのりちゃんってラッキーだなぁ。まさか神代君の唇を独り占めしちゃうなんて」

 小鞠の声がだんだんと低くなっていく。


 三人の表情は表面上は冷静だが、体からあふれ出す嫉妬・妬み・怒りなど抑えきれない感情が周囲の空気をも変えていた。


「神代君……本当に私に人工呼吸したの?」

 私はもう一度、創太に確認をとる。まだ信じられない気持ちと、確信したくない恐怖が入り混じっていた。

 私のただならない様子に、創太は驚きながらもうなずく。

 それを見て、私はすでに事態は手遅れであることを理解した。


 ここで今すぐ襲ってくるような様子はない。しかし、『ヒロインたちに殺される』というシナリオは確定している。もうできることは逃げることだけだ。

 一刻も早く、ここから離れなければならない。


「わ、わ、私、今日はもう帰りますね!」

 私は立ち上がり、バスタオルを拾い上げると、一目散に更衣室に向かった。


「え、佐伯さん!」

 創太の呼び声が背後から聞こえるが、振り返ることはできない。

 更衣室で急いで着替えを済ませる。手が震えてうまくボタンが留められない。


 ヒロインたちが追ってくる様子はない。きっと、創太の前では直接的な暴力は控えているのだろう。でも、これは一時的な猶予に過ぎない。

 この隙にできるだけこの場から離れよう。そして、どこか身を隠せる場所を探すんだ。濡れた髪もそのままに私は街に飛び出す。


 市民プールを出ると、夕日が空を赤く染めていた。美しい夕焼けだが、私にはそれが血の色に見えて仕方がない。


 家には帰れない。詩織たちは当然、私の住所を知っている。アパートに戻れば、待ち伏せされているかもしれない。


 じゃあ、どこに行けばいいのか?

 

 お金はそれほど持っていない。ホテルに泊まるほどの余裕はない。

 

 私はゲームに取り込まれる前に調べた『トキメキめめんともり♡』攻略の記憶を探る。


 そうだ、ヒロインに贈り物を送るためにお金が必要になるイベントが確かあったはず。そのとき、主人公はコンビニでバイトをする。

 そこでなら私も働けるかもしれない。ひとまず当面の逃走資金を集めよう。

 

 確か店の名前は「ファミリーショップ田中」だったはず。

 

 私は駅のはずれにあるそのコンビニに向かった。薄汚れた看板と古い自動ドアが見えてくる。

 店内に入ると、中年の男性店長が一人でレジに立っていた。


「すみません、アルバイトを探しているんですが……」

 私が声をかけると、店長は困ったような表情を見せた。


「うーん、急だねぇ。でも実は今日、急に人が足りなくなって困ってたんだ。今からでも働ける?」


「はい、お願いします」

 さすがゲーム世界。都合よく人手不足になっている。


 簡単な研修を受けた後、私はすぐにレジ打ちと商品の陳列作業を始めた。

 深夜のコンビニは意外に忙しく、時間があっという間に過ぎていく。お客さんは皆NPCらしく、決まったパターンの行動を繰り返している。


「おつかれさま。今日の分だよ」

 朝になって、店長が封筒を渡してくれた。中を見ると、日給分の現金が入っている。

 さすがゲーム、支払いは即日現金だ。これで当面の生活費は確保できた。


「明日も来れるかい?」


「はい、お願いします」

 私は数日間、このコンビニで働き続けた。昼間は人目につかないよう別の場所に隠れ、夜だけバイトに出る生活。


 手に入れたお金で、駅前のネットカフェに個室を借りた。シャワーも使えるし、24時間いることができる。しばらくここを拠点にしよう。

 狭い椅子に丸まって眠りながら、私は考え続けた。

 



 人工呼吸イベントが発生したことで、ヒロインたちの殺意は確定的になった。彼女たちは必ず私を見つけ出そうとするだろう。

 創太のゲームクリアも、これで絶望的になった。バッドエンドルートに入ってしまった今、正常なハッピーエンドは不可能だ。

 私のせいで、翔の未来を奪ってしまった。

 

 でも、諦めるわけにはいかない。

 

 たとえどんなに辛くても、私のバッドエンドは決まってしまっても、翔のためにまだ何かできることはある。

 

 それは、ヨシオの正体について伝えること。

 

 あの男こそが、この世界の真の支配者。ゲームの創造者であり、すべての悲劇の元凶。

 

 詩織たちヒロインは、所詮はヨシオに操られている駒に過ぎない。ヨシオを何とかすればこのくそったれなゲームを抜け出す方法がわかるかもしれない。

 ゲームを支配しているとはいっても、勝手に事象を改変するようなことはできないのだろう。


 もしできるなら、私などとっくに消滅させられていてもおかしくはない。

 ヒロインたちもヨシオの命令ではなく、あくまで『主人公を落とすこと』を最優先事項として行動している。


 総て『ゲームのルール』の中で私たちをもてあそんでいるだけだ。そこに付け入るスキがあるかもしれない。


 おそらく創太はこのことを知らない。この秘密を伝えるまでは死ぬ訳にはいかない。

 

 ネットカフェの小さなブースで、私は決意を固めた。

 命をかけてでも、創太――翔にこの真実を伝える。

 そして、翔だけでもこの地獄のような世界から脱出させるのだ。


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