第23話 絶対におかしい女子高生の自宅訪問2
「どうぞ、散らかっていますが……」
通された部屋の中は、言葉の通り散らかっていた。
体調が悪くて片づけられない、というのではない。いろんなものが山積みにされて、一言で言えば乱雑なのだ。
「お、おじゃまします……」
「ひどいでしょ?だからあまり人は入れたくなかったんだけど」
みのりは恥ずかしそうに部屋を眺める。
眠るためのベット以外は、あらゆるものが並べられている。
雑誌にラノベ、フィギュアにプラモデル。第一印象は彼女のイメージには合わないなというものだった。
よく見ると、机の上にはガンダムのプラモデルが半完成のまま放置されている。本棚には男性向けのマンガが大量に並んでいる。少年漫画が中心でぼくも知っているタイトルばかりだ。というかむしろかなり趣味が合いそうだ。
しかし、その中に不自然にピンク色のぬいぐるみや少女向けの雑誌が混じっているのも目についた。まるで二つの人格が同じ部屋に住んでいるかのような違和感があった。
「なんだか、ぼくの思っていた佐伯さんのイメージとは違う部屋だね」
「すいません……適当に座ってください。お茶いれますね」
座って、と言われても足の踏み場もないくらいにものが乱雑に散らばっている。仕方なく落ちている本や雑誌をわきに積み重ね、何とか一人分が座れるスペースを確保する。
その時、手に取った雑誌に目が留まった。『電撃ゲーム』という、ゲーム専門誌だった。付箋がたくさん貼ってあり、明らかによく読まれている。
「ぼくのことは気にしなくていいから、佐伯さんまずは食事をしなよ。いろいろコンビニで買ってきたからさ」
ぼくはみのりを引き留めると、コンビニで買ってきたおにぎりなどを、ビニール袋から出して小さなテーブルの上に広げた。
「ぼくはもう食事を終わらせてるから気にしないで食べてよ」
そういって自分は一緒に買ってきたペットボトルのお茶のキャップを開けた。
それとなく部屋を見渡す。彼女の自己紹介では、趣味は読書と言っていたが、本棚を見てもそれらしい書籍は見当たらない。学校での彼女と部屋の様子に違和感がすごい。
「すいません」
みのりは再び謝ると、ぼくの前にちょこんと座ると、おにぎりを開けて食べ始める。
両手で持ったおにぎりを、小さな口で少しづつ口に運ぶ姿はまるでリスのようで見ていてかわいい。
ぼくの視線が気になったのか。彼女が言った。
「あ、あの、そんなに見つめられると、恥ずかしいです……」
顔を赤らめて横を向く。
「ご、ゴメン。小動物みたいでかわいかったから、つい」
「か、かわいくなんて、ない、です」
ぼくの言葉にさらにうつむく。
「食べながらでいいから聞いてくれないか、もっと詳しく知りたいんだ。この世界のこと、そして君のことも」
みのりは手を止めた。しばらく沈黙が続いた後、ゆっくりと口を開いた。
「神代君、私は……」
みのりが何かを言いかけた瞬間、彼女の表情が苦痛に歪んだ。
「うっ……」
まるで見えない力に押さえつけられているかのような反応だった。
「大丈夫?」
「は、はい……ちょっと頭が……」
みのりは額を押さえて息を荒くしている。
「神代君の前では、どうしても……言えないんです」
「言えない?」
「この世界の制御が、神代君の前では特に強くなるんです。真実を話そうとすると、こうやって……」
みのりは再び苦しそうな表情を見せた。
ぼくは理解した。彼女は何か重要なことを伝えようとしているが、ゲームのシステムがそれを阻んでいるのだ。
「佐伯さん、あまり無理はしないほうがいいよ」
この世界のシステムに逆らうのは非常に体に負担がかかる。特に物語の進行に及ぼす影響が大きいほどにその強制力は強くなる。ぼく自身の経験でそれは十分に理解していた。
その時みのりはふと思いついたように顔をあげた。
「神代君、少し待っていてもらえますか?」
ぼくがうなずくと、みのりは食べかけのおにぎりをテーブルに置いて、部屋の隅の勉強机に向かった。、引き出しから便箋を取り出し、震える手でペンを握る。
「何をしてるんだい?」
「手紙です。直接話すのは制限されますが、文字にすることで少しは伝えられるかもしれません」
みのりは必死に何かを書いている。しかし、時々ペンが止まり、書いた文字を消すこともあった。まるで書きたいことと実際に書ける内容が違っているかのようだった。
15分ほど経った後、みのりは手紙を折りたたんでぼくに差し出した。
「これを……家に帰ってから読んでください」
「ここで読んじゃダメなの?」
「神代君の前では、私が書いた内容も変わってしまう可能性があります。一人の時に読んでください」
ぼくは手紙を受け取った。封筒に入れられていないため、中身が見えそうになったが、みのりの言葉を信じてそのまま胸ポケットに仕舞った。
「それと……もう一つお見せしたいものがあります」
みのりは立ち上がり、クローゼットの奥から小さな箱を取り出した。
「これを見てください」
箱の中には、古いゲームソフトや攻略本、そしてゲーム雑誌の切り抜きなどが入っていた。
「これは……」
「私の……本当の私の大切なものです」
みのりの声が震えている。
箱の中を見ると、ぼくも知っている現実世界で有名な懐かしいゲームがたくさん入っている。中にはレトロゲーム特集として配信でプレイしたものも多い。
「君も、このゲームを知ってたの?」
「はい……とても、とても大切なゲームでした」
みのりの目に涙が浮かんでいる。
「この世界で中古ゲームショップをめぐって、とくに思い入れの強いタイトルを集めたんです……」
また彼女の表情が苦痛に歪む。やはり核心に触れることは話せないようだ。
ぼくは別のものに目を向けた。箱の底に、手書きのメモがあった。
『自分のことを絶対に忘れるな ゲームに負けるな』
それはみのりの決意だった。この世界に飲み込まれないように、必死に自分を保つため、自分のアイデンティティを表現する品物を集めたタイムカプセルなのかもしれない。
「これは……」
「私が、私自身に向けて書いたメモです」
みのりは涙声で答えた。
「この部屋の散らかり具合も、全部意味があるんです。気を緩めると、知らないうちに……」
みのりは部屋の隅を指差した。そこには、さっきは気づかなかったピンク色のぬいぐるみや、少女向けのアクセサリーが置かれていた。
「あのぬいぐるみたちは、私が寝ている間に増えているんです。朝起きると、知らない可愛いものが部屋に現れている」
「それって……」
「ゲームシステムが、私を『佐伯みのり』というキャラクターに変えようとしているんです。でも私は抵抗している。だから、わざと自分の好きなものを置いて、自分を保とうとしているんです」
みのりの告白に、ぼくは愕然とした。彼女は自分のアイデンティティを保つために、必死に戦っているのだ。その結果がこの散らかった部屋ということなのだ。
「でも、だんだん辛くなってきています。このかわいいぬいぐるみを見ると、『これも悪くないかな』って思ってしまう自分がいるんです」
「それは……」
「システムが私の心も変えようとしているんです。完全に『佐伯みのり』になってしまう前に、神代君に真実を伝えたかった」
みのりは再び涙を流した。
「私はもう長くないかもしれません。いずれ『佐伯みのり』として生きることに疑問を感じなくなってしまうかもしれない」
ぼくはみのりの手を握った。
「そんなことは言わないでくれ。必ず方法を見つける」
「神代君……」
「君がどんな秘密を抱えていても、ぼくは君を見捨てない」
みのりは嗚咽を漏らした。しばらくの間、二人は無言で座っていた。
やがて、みのりが落ち着いてきた頃、ぼくは言った。
「今夜はもう遅いから帰るけど、また会えるよね?」
「わかりません……でも、神代君がこうして来てくれたことを、絶対に忘れません」
「手紙、必ず読むから」
「はい……でも、期待しすぎないでください。きっと、読んでもよくわからない内容になってしまっていると思います」
ぼくはアパートを後にして、夜道を歩きながら考えた。みのりの正体について、うすうす感づいていたことがあった。しかし、それが事実だとすれば、この世界はぼくが想像していた以上に残酷な場所だった。
家に着いて、一人になってから手紙を開いた。
『神代君へ
私は佐伯みのりですが、本当は違います。
私は+‘?+++>*‘#$&%%#。
あなたは$#”&$%&’$#”#&#%$?。
今は女の子として生きています。
とても楽しい毎日を送っています。
神代君と出会えて嬉しいです。
私は佐伯みのりとして幸せです。
でも時々、昔のことを思い出して苦しくなります。
どうか私のことを覚えていてください。
私は佐伯みのりですが、心の奥底では%&$#”##&”。
この世界は素晴らしい場所です。
でも私は時々、現実に帰りたくなります。
神代君が私を助けてくれることを願っています。
私は佐伯みのりとして生きていきます。
佐伯みのり』
手紙の内容は支離滅裂だった。真実を伝えようとする文章と、それを修正しようとするシステムの力が混在している。しかし、断片的ながら重要な情報が含まれていた。
「佐伯さん……」
やはり、みのりはやはりこのゲームにとらわれている普通の人間、この世界で佐伯みのりというキャラクターの姿にされて苦しんでいる。
翌日から、ぼくはみのりを救う方法を考え続けた。しかし、具体的な方策は見つからない。




