第19話 絶対に遭難するお約束の山登り1
中間テストが終わって一週間後、学校主催の山登りイベントが開催された。
「みんなそろったかぁ、そんなに険しい山じゃないが危険はつきものだ。遭難、がけ崩れ、熊との遭遇。まあいろいろいろ気を付けてくれや」
担任の金山先生が明るく言う。
現実であれば楽しい遠足みたいなものだろうが、ぼくにとっては憂鬱でしかない。
「あんなセリフ、どう考えたってこの後のイベントの”振り”じゃないか」
ぼくの大きなため息とともに、山登りイベントは開始された。
朝の集合時間は8時。校庭に集まった生徒たちは、それぞれリュックサックを背負い、登山靴を履いている。秋の爽やかな風が吹いているが、ぼくの気分は重かった。なぜなら、この手のイベントでは必ずと言っていいほど、ヒロインたちとの接触イベントが待っているからだ。
案の定、班分けではヒロイン三人と同じチームになってしまった。
「創太と一緒のチームだ、やったー」
小鞠が嬉しそうに飛び跳ねる。青色のスポーツウェアに身を包んだ彼女は運動系のイベントには自信があるようで、いつにも増して活発に見えた。バスケ部で鍛えた健康的な肌が朝日に映えている。
「神代君、今日は一日よろしくお願いします」
詩織も微笑みかけてくる。彼女も登山用の服装に身を包んでいる。それが某有名アウトドアブランドのレディース用品であることを先ほどヨシオが教えてくれた。いつもの制服姿とはまた違って新鮮だ。完璧にコーディネートされている姿はまるで雑誌のモデルのようだ。
「私たちのチーム、最強じゃない?」
舞美も満足そうだった。こちらはさすがアイドル。鮮やかなピンク色のアウトドアジャケットを羽織り、その下には同系色のピンクチェック柄のアウトドアシャツを着ている。ボトムスは黒いレギンスタイツに機能性ショートパンツを合わせ、足元には本格的な登山靴とピンクのゲイターを装着していた。
ジャケットは防水透湿性に優れた高機能素材で、軽量でありながら本格的な登山仕様だった。スマートな服装のわりにリュックサックだけがやけに大きい。中には、何やらたくさんのお菓子やドリンクが詰め込まれているのが見える。
そして、なぜかヨシオまで同じチームに入れられた。
「よろしく、創太。今日は楽しい山登りにしようぜ」
ヨシオは相変わらずの軽い調子だったが、その目には何か計算めいたものが見え隠れしていた。彼が偶然同じチームになったとは到底思えない。こいつに対しては色々聞きたいこともあるが、毎回適当にはぐらかされていまだに重要なことは何も聞くことはできないでいる。
ちなみに、みのりは別のチームだった。遠くから見ると、彼女は地味なクラスメートたちと一緒にいる。黒ぶちメガネと地味なグレーの登山服は相変わらずだが、時々こちらを見ているような気がした。その視線には、何か心配そうな色が浮かんでいる。
出発前の準備体操を終えると、各班ごとに登山道へ向かった。今回登る山は「時女木山」という標高800メートル程度の初心者向けの山だった。整備された登山道があり、往復で4時間程度のコースとなっている。山頂には展望台と小さな山小屋があり、そこで昼食を取る予定になっていた。
「神代君、水分補給は大切よ」
詩織がペットボトルの水を差し出してくる。
「ありがとう」
受け取ろうとした時、詩織の手がぼくの手首に触れた。一瞬のことだったが、何か小さなものを手首に巻かれたような感覚があった。
「?」
手首を見ると、何もついていない。気のせいだったのかもしれない。
山道を歩き始めて30分ほど経った頃、ぼくたちは順調に高度を上げていた。紅葉が美しく、爽やかな空気が肺を満たす。もしこれが普通の遠足なら、きっと楽しかっただろう。
「創太、頑張れ!それでも男か!」
小鞠が励ましてくれる。活を入れるために、時たま軽い蹴りも入れてくる。本人は軽いつもりなのかもしれないが、これが鞭で打たれたのかというくらいに痛い!だから、力加減がおかしいって!
ぼくは半分逃げるように山を登らされる。彼女は運動が得意なだけあって、まったく疲れた様子を見せない。
「神代君、あんまり飛ばすと後で疲れてしまうわよ」
詩織が少し心配そうに見ている。いや、好きで急いでいるわけではないんだけどね。
「ホント、もうペース配分を考えなさい」
そういう舞美は休憩のたびにリュックからお菓子を取り出して食べていたため、あんなにあったお菓子はすでに半分以下になっている。おまえは食べるペース配分を気にしたほうがいいと思うぞ。
「まあ、普段運動不足だから少しぐらい無理したほうがいいんじゃねえの」
ヨシオが苦笑いしながら言う。
山道は徐々に急になっていく。岩場も多くなり、手を使って登る箇所も増えてきた。前方には他の班の生徒たちが見え、後方にも数班が続いている。全体で50人ほどの生徒が参加していた。木々の間から差し込む陽光が美しく、鳥のさえずりも聞こえてくる。
そんな時、事件は起こった。
「うわああああ!」
前方から悲鳴が聞こえてきた。見ると、別の班の生徒たちが慌てて駆け下りてくる。
「クマよ!クマがいるの!」
女子生徒の一人が泣きながら叫んだ。顔は青ざめ、足も震えている。
「え?クマ?」
小鞠が困惑する。
「この辺りにクマなんているの?」
舞美も不安そうだ。
その瞬間、茂みの向こうから大きな影が現れた。体長2メートルはありそうな巨大なヒグマだった。茶色い毛に覆われた巨体は圧倒的な存在感を放っている。鋭い爪と牙が日光に反射して光って見える。
「みんな、慌てるな!ゆっくりと後退するんだ!」
先導していた教師たちが指示を出すが、パニックになった生徒たちは四散してしまった。クマに背中を向けて走るのは危険だと言われているが、恐怖に支配された生徒たちにそんな知識は通用しない。
クマは警戒しながらも、逃げ惑う生徒たちの方へゆっくりと向かっていく。その巨大な体が一歩進むたびに、地面が振動するような気がした。
「創太、逃げよう」
小鞠がぼくの手を引っ張る。
「でも、みんなバラバラになっちゃうよ」
舞美が心配そうに周りを見回す。
その時、みのりの班の生徒たちが慌てて逃げるのが見えた。彼女たちは崖に近い場所を通っている。危険な場所だ。
「危ない!」
みのりが崖に近い場所で足を滑らせたのが見えた。彼女の姿が崖の下に消えていく。他のメンバーは自分のことで精いっぱいで、みのりのことを気にしている者はいないようだ。
「佐伯さんが!」
ぼくは反射的に駆け出していた。みのりが落ちていった崖をすべるように下る。
「神代君、危険よ!」
詩織が止めようとしたが、もう遅かった。ぼくはすでに数メートルはあるかという崖を滑り降りていた。
「神代ぉー!」
「創太ー!」
小鞠と舞美が叫ぶ声がしたが、それも次第に遠のいていく。




