第八話 失われた徳
第八話 失われた徳
空気が、重かった。
何も起きていないはずなのに――
進むほどに、息苦しくなる。
「……妙だな」
犬川荘助が言う。
「気配がない」
「ああ」
犬山道節も頷く。
「静かすぎる」
六人は、山を抜け、ひとつの村へとたどり着いていた。
だが――
人の気配が、ほとんどない。
家はある。
生活の跡もある。
だが、人がいない。
「……なんだここ」
犬田小文吾が呟く。
その時だった。
――ガタン。
物音。
全員の視線が、一斉に向く。
壊れかけた家の中。
そこに、一人の影があった。
「……誰だ」
信乃が声をかける。
ゆっくりと、その影が動く。
現れたのは――
少女だった。
痩せている。
だが、その目は強い。
じっと、こちらを見ている。
「……逃げるな」
小文吾が言う。
だが、少女は動かない。
ただ、見ている。
「……お前、一人なのか」
信乃が優しく言う。
少女は、しばらく黙っていた。
そして――
「……違う」
小さな声。
「みんな、いる」
「……?」
「でも」
一拍。
「いない」
意味が分からない。
だが――
次の瞬間。
空気が、変わった。
「……っ!」
毛野が反応する。
「来るぞ!」
少女の背後。
闇の中から、何かが動いた。
ゆっくりと。
重く。
現れたのは――
人。
だが、違う。
目が、虚ろ。
動きが、不自然。
「……なんだ、あれ」
小文吾が息を呑む。
「生きてる……のか?」
「違う」
親兵衛が低く言う。
「あれは――」
一拍。
「“抜け殻”だ」
その言葉と同時に。
動いた。
一斉に。
襲いかかってくる。
「散れ!」
信乃の声。
六人が迎え撃つ。
だが――
「……っ!?」
斬っても、止まらない。
突いても、倒れない。
「手応えがねえ!」
小文吾が叫ぶ。
「……魂がない」
荘助が言う。
「だから、止まらないのか」
その時だった。
少女が、ぽつりと呟いた。
「……奪われたの」
「……何を」
信乃が聞く。
「“心”」
静かな声。
「みんな……なくなった」
その瞬間。
六人の珠が、一斉に反応する。
強く、光る。
「……これは」
道節が目を細める。
「ただの敵じゃない」
「“徳”が欠けている状態だ」
毛野が言う。
「……つまり」
信乃が理解する。
「“失われた徳”か」
その時だった。
奥から、もう一つの気配。
違う。
今までの“抜け殻”とは、明らかに違う。
重い。
濃い。
そして――
禍々しい。
「……来るぞ」
親兵衛が呟く。
現れた。
一人の男。
だが、その姿は歪んでいる。
人の形をしているが――
何かが違う。
胸元に、珠。
だが、その光は濁っていた。
「……七人目」
荘助が言う。
刻まれている文字は――
「仁」
「……仁、だと?」
信乃が呟く。
ありえない。
本来、“優しさ”の徳。
だが、目の前の存在からは――
何も感じない。
「……空っぽだ」
毛野が言う。
「“与える心”が、完全に消えている」
男が、ゆっくりと口を開く。
「……全部、いらない」
感情のない声。
「奪えばいい」
その言葉に、全員の背筋が凍る。
「……これが、“仁”かよ」
小文吾が吐き捨てる。
「違う」
信乃が言う。
「これは――」
一拍。
「“失われた仁”だ」
男が、動いた。
速くはない。
だが、重い。
一歩ごとに、空気が沈む。
「……来る!」
六人が構える。
だが――
誰も、すぐには動けなかった。
分かっている。
これは、ただの戦いじゃない。
もし倒せば――
“本来の仁”は、消えるかもしれない。
「……どうする」
道節が低く言う。
信乃は、答えない。
ただ――
その存在を見つめる。
かつて、誰かだったもの。
何かを失い、ここまで堕ちた存在。
「……俺は」
ゆっくりと、刀を構える。
「取り戻す」
その一言。
迷いはない。
だが、それは――
最も難しい選択だった。
七つ目の珠。
だが、それは“壊れた徳”。
ここから先は――
もう後戻りできない。
物語は、最も重い局面へと進む。




