九話 貧困地区の治療師
僕たちは酒場でカナデさんと別れて貧困地区へと移動する。
人の流れは疎らとなり、怪しげな格好をした集団を見掛けるようになる。
ボロボロの装備を着込んだ者、老人、妙齢の占い師。胡散臭さは抜群である。
街並みは汚くゴミも散乱していて、決して住み心地は良いとは言えない。
それでも国や出身を問わない懐の広さがこの場所にはある。僕はそれを知っている。
何故なら、僕自身も生まれ故郷を失い、家族もいない。余所の国では受け入れがたい存在だ。
ぐったりと無気力に倒れている人を、通りがかる人たちは見向きもしない。
もしこれが他の街なら、身包み剥がされたり、奴隷商に連れていかれたりするだろう。
面倒事に関わりたくないというのがわかる。国の支援を蹴ってまで野良で活動しているのだから。
無関心で包まれた土地。迷宮都市でも貧困地区は僕のお気に入りの世界だった。
「リーンは地上に出てから、この場所を訪れてからご機嫌ですね?」
「だって、ここの人たち他人には無関心だから。突然誰かに殴られる事もないし、孤児だからって追い出されたりもしない。迷宮都市そのものが管理しているから、とっても安全なんだ」
「え、えと。普通はそういうものじゃないのかな……? リーンくんって結構大変な人生を歩んできたんだね……! あぅ、過保護なお姉ちゃんが知ったら、拉致して一生養うとか言い出しかねない……」
「それはとても素敵な場所ですね! 誰にも虐められないだなんて、地上にもこんな楽園があるんだぁ……」
隣でミリィも感激している。僕たちは気が合うねと笑い合う。
「……私も母様と地上に出ていれば今頃――いいえ、それではリーンたちと出会えませんでしたね。今の私にはどちらかを選ぶだなんてできそうにありません。それに人間は地龍を素材としてしか見ていませんから。どの道、リーン以外の人間は信用できず地上を目指す事はなかったはずです」
「あぅ……三人とも重いよ! うん、ノノが友だちとしてみんなを幸せにしなきゃ……!」
ノノが後ろの方で謎の使命感に燃えていた。
招待状に記載された手書きの地図によると、狭い路地の先に個人経営の治療院があるらしい。
そこは薄暗く、誰も寄せ付けないジメジメした空気を漂わせていた。僕も通った事がない道だ。
「こんなところに、フォンさんのお身体を治してくださる治療師さんがいらっしゃるのでしょうか?」
「みたいだね。カナデお姉ちゃん過保護だから、罠解除役の子が怪我するとすぐに地上へ戻ってくるの。獣人は身体が丈夫で舐めていれば傷はすぐ塞がるけど、人間はそうじゃないから。【月の雫】の最高到達点は五層。でもそれってBランク帯だと普通って感じで、他は六層辺りまで行っているみたいだし」
「五層ですか……うぅ、恐ろしいアンデットさんばかりで、あんまり思い出したくないです……!」
「私は母様に守られていたので……記憶は殆どないですね」
経験者であるミリィが怯える。僕も同じく経験者だから【月の雫】の苦悩もわかる。
迷宮異世界探索では怪我もそうだし病気だって命取りだ。亜人と比べて人間は身体が弱い。
獣人のパーティに罠解除役の人間を入れるだけでも重度の負担なんだ。
かといって罠解除役がいないと五層を犠牲失くしての攻略は不可能に近い。
一人で突破したミリィという例外も居るが、それは《幸運》が異常なだけで。
五層といえばユグドラシルで歴史上一番死者を出している関門であり、罠の質も高く。
第二層から四層までのすべての変異種と、新種の変異種二体が生息する別次元の異世界だ。
僕も一度は根性で足を踏み入れたとはいえ、空気に触れているだけで辛い場所だったと記憶してる。
「カナデさんこれからどうするんだろう? 《罠師》の僕と専属契約を結びたかったんだよね?」
「お姉ちゃんの事だから、他に見つけてくると思うよ。リーンくんほどいい子は望めないだろうけど。【月の雫】はノノの両親の代から続く由緒あるパーティだし、探せば希望者はたくさんいるんだよ」
「そうなんだ。それにしても、姉妹揃って僕を課題評価し過ぎな気が……?」
偶々一度上手くいっただけで、随分と信頼してくれている。
壊滅したパーティの生き残りなんて、普通は毛嫌いされるというのに。
「獣人はね。匂いでその人の善意、悪意が何となくわかるの。リーンくんはいい子だよ。ノノは自信を持って言える。カナデお姉ちゃんはそういう人じゃないと絶対に誘ったりしないもん」
「……匂いですか。すんすん……私からは血の匂いがしますね」
「フォンさんは怪我人ですし、それもそうですよ! ……リーンさんはどうでしょう?」
フォンとミリィが僕の首筋に鼻を近づけてくる。
二人からは花の蜜のような香りがした。第一層の匂いだ。
「男の体臭なんて不愉快でしかないでしょ?」
「いえ、とても落ち着ける匂いです。母様を思い出させます」
「私も好きですよ。ずっと嗅いでいたくなります」
くすぐったい気持ちになって、僕は自分から離れた。
二人は次にノノを標的にして、仲良くじゃれ合っている。
話がコロコロと脱線してしまったけど。
どんなに優れた才能と実績のある冒険者だろうと。
個の才で到達できる限界点が第五層――【冥界輪廻ノ墓標】だ。
僕たちもいずれは乗り越えなければいけない。最大の難所であり。
ただ攻略するだけでなく、迷宮核争奪戦も合間にこなさなければならない。
可能なら、第三層、四層で大きな経験を積んで。協力者――仲間が欲しいところ。
ノノはとても頼りになるけど、一人で僕たち三人を守るのは難しい。
護衛とは言っても、性格的にも斬り込み役だし。防戦は特に不慣れな感じだ。
僕の罠も有効に活用できる範囲は狭い。今後、パーティを守護する盾役が必要になる。
あと欲を出せば、斥候と癒し手も加われば万全なんだけど。どちらも競争率が高いからなぁ。
「あ、ここの階段を下りた地下にあるみたいです!」
色々と今後の事を考えながら狭い路地を進むと、ミリィが更に小さな隙間に階段を見つける。
「私が前に行きますね。スライム族は柔らかいので落ちてもクッション代わりになりますよ!」
「ノノは後ろを見張ってるね。しんがりは任せて!」
「それじゃ僕はフォンが転ばないよう手を繋ごう」
「皆さん過保護です」
みんなでフォンを囲みながら楽しく慎重に下りると、重厚な鉄扉の前に辿り着いた。
「お邪魔します……えっと、治療師のポポロンさんはいらっしゃいますか?」
看板も呼び鈴もなく。営業中なのかわからないので、僕が代表で扉を開ける。
灯りのない暗闇が広がっている。室内はそこまで広くはなさそうだ。何度も呼び掛ける。
「――おいっ、人間の治療はお断りだと言ってるじゃろ! おととい出て行きやがれ!!」
闇からにゅるりと強面のお爺さんが飛び込んできた。無理やり僕は押し出されてしまう。
ガチャと鍵を閉められる音が響く。嵐のようだった。驚きのあまりフォンたちも固まってる。
「あ、あの……僕たち知り合いの紹介を経て、初めてなんですけど」
再度、僕は扉をノックするが。
「ワシは人間が嫌いなんじゃ! 連中はすぐ大怪我をする癖に、無謀と知りつつ神樹に挑む愚か者ばかり。こっちが必死に治してやっても、帰る頃には物言わぬ死体となってやがる。医者を馬鹿にするのも大概にしろ。こっちは死なせる為に治療してるんじゃないわ!! 小僧、紹介状なんざ叩き返してやれ!」
「そう言われましても……! あと患者は僕じゃないですよ!」
「お……おお。冒険者には耳が痛い事を叫んでる……カナデお姉ちゃん、よく常連でいられるね」
ガチャリと、今度は鍵を開ける音が。
「なんじゃい。カナデちゃんの知り合いならさっさとそう言わんかね! 入りなさい」
手のひらを返してお爺さんは、普通に招き入れてくれた。
「問答無用だったような……?」
カナデさんの贔屓の治療師さんは、随分と癖のある人のようだ。




