八話 友だち
「カナデお姉ちゃん! ノノ、一生のお願いがあるの!」
冒険者街にある酒場には、昼間から多くの冒険者たちが揃っていた。
カウンターに座るのは見覚えのある獣人。【月の雫】のカナデさんだ。
僕が【鋼の剣】に参加する前に一緒に冒険した仲間で、とても優しい人だった。
「ノノちゃん? 一層へ修行に行っていたんじゃ……随分と早い帰りで――――」
カナデさんが僕をジッと見ていた。小さく挨拶する。
瞬間、身体が浮かび上がった。何故か大きな胸が目の前にある。
「リーンくん! ああ、やっと会えた。ずっとずっと貴方を探していたの! 無事でよかったわ!」
「く、苦しいです……カナデさん……お久しぶり……です……」
獣人のモフモフとした尻尾が暖かい。
あ、違う暑い。柔らかい、けど苦しい。何だこれ。
「ちょっと、お姉ちゃん!? 獣人が人の子を本気で抱きしめたらぺちゃんこだよ!」
「どなたかは存じませんが、リーンさんに馴れ馴れしいと思います!」
「はい、ミリィの言う通りです。私たちのリーンを返してください」
後ろで三人がカナデさんから僕を引き剥がす。危ない、幸せ死するところだった。
乱れた服と髪を整えている間、両脇をミリィとフォンが怖い顔で固めて警戒していた。
「ごめんなさい。私ったらつい興奮してしまって。ところで、どうしてノノちゃんが一緒なのかしら?」
「お姉ちゃんには悪いけど。ノノはリーンくんの護衛になったから。一緒にユグドラシルの頂点を目指すの! 目標だった五層なんて軽く飛び越えちゃうんだから!」
「……? それは、どういうこと?」
状況をいまいち掴めないカナデさんが、綺麗な髪を揺らして首を傾げている。
「ノノ、その説明じゃ伝わらないよ。えっとですね――」
僕はカナデさんにこれまでの経緯と、これからの目的を説明した。
ノノのお姉さんであり、僕にとって信頼できる数少ない人だから、嘘偽りなく。
魔族の迷宮核の奪い合いや、最上層に家族を取り戻す秘術が眠っているかもしれない事も。
酒場のマスターさんが消音魔法を使ってくれたので、他の人には聞かれていない。
冒険者の情報は価値があるもので、酒場などでは当然のように各席に用意されている。
「なるほど。貴方たちはユグドラシルの最上層を目指している。まだ若いのに立派な志を持っているのね……尊敬するわ」
「そうでしょうか? 迷宮都市に集う冒険者なら誰しもが目標としていると思いますが」
「それはどうかしら。お金持ちになりたい、名声を得たい、国の繁栄の為にと。夢や野望を抱いて集まる人たちは多いけど、個として明確な理由を持って神樹を登ろうとする人は案外少ないわ。大半は、自分の本当の望みが一体何なのか、あやふやなままで命を懸けているのよ」
カナデさんはそう言って、真剣な眼差しで僕たちを見ていた。
「私はそういう人たちをたくさん見てきた。芯がない人はすぐに折れて諦めるし、時には裏切ったりもする。私が獣人の子ばかりとパーティを組んでいるのも理由があるの。獣人は仲間意識が強く、共通して種の繁栄を望んでいるわ。私だってノノちゃんたちの幸福を願って、冒険者をやっているんだもの。神樹を制すれば滅びゆく故郷を救えるかもしれないとね。家族の為なら命だって惜しくないわ」
滅びゆく故郷、家族を救いたい。それは大きく捉えたら世界を救いたいという願いだ。
他の人が聞けば笑うような夢を、本気で叶えようとしている。すごく冒険者らしいと思う。
「お母さんを取り戻したい、家族に会いたいか。とても私欲に満ちて、とても獣人好みの望みね。私、リーンくんだけじゃなく、ミリィちゃんやフォンちゃんも好きになっちゃった。どうかしら、三人とも【月の雫】に入らない? 私が可愛がってあげるわよ?」
「ちょ、ちょっとカナデお姉ちゃん!? ノノの大事な友だちを奪わないで!」
「カナデさんのお誘いはありがたいですけど。僕たちには新しい友人の先約がありますので」
「あらら、フラれちゃった。ノノちゃんの言う通り、悩むより先に行動しておけばよかった。今日はやけ酒かなぁ。マスター、傷心な私を慰めて」
「これは珍しい日もあるもんで。ノノお嬢ちゃんにしてやられましたな。閉店まで付き合いますよ」
苦笑しながらカナデさんはカウンターでお酒を注文していた。
マスターが僕たちの分の飲み物も用意してくれる。た、高そうだ。
「安心して、私の奢りだから。それから、普段【月の雫】がお世話になっている治療師への紹介状も出すわ。あの人は魔族の子だろうとお構いなしだから、フォンちゃんの傷も治してもらえるはずよ」
さらさらっと紹介文を書いて、カナデさんが渡してくれる。
「ありがとうございます! よかったね、これで身体が元通りになるんだよフォン!」
「はい、皆さんのおかげです。リーン、ありがとう……」
フォンは感無量といった様子で僕を片腕で抱きしめてくれる。
「お礼はこちらの台詞よ。ノノちゃんにやっと心を許せるお友だちができたのだから。これで私の心配事もなくなった。やっと私たちも神樹攻略に専念できそうだわ。まったく手の掛かる可愛い妹なんだから。これからは……姉妹でライバル同士ね?」
「そうだよお姉ちゃん。リーンくんはノノが貰っていくから! ずっと離さないもんねー!」
「ま、待って、これは恥ずかしいよ! 降ろして!」
「ここに居る人たちも、聞いて! この子はノノの大事な人だから、手を出したら許さないよっ!」
ノノが持ち前の《怪力》で、僕をお姫様抱っこして見せびらかす。
酒場のど真ん中で目立って恥ずかしい。冒険者たちが何事かと注目している。
くるくると一回転、ノノは無邪気に笑いながら僕をしっかりと抱きかかえている。
ノノに友人が少なかった理由って、淫魔の血だけが原因じゃない気がしてきたぞ。
「待ってください! ノノさんに渡した覚えはないですよぉ!?」
「どうしてでしょうか。リーンが女の子と親しくするたび、胸が……ムカムカします」
ミリィもフォンも後ろで抗議していた。ノノは鼻息荒く興奮している。
「……ノノちゃん? あんまり調子に乗って、大事なお友だちに迷惑を掛けたら、お姉ちゃん怒るよ?」
「カナデお姉ちゃんが怒った!? あぅ、ごめんなさーい!」
それから、カナデさんにお説教を食らうノノを見守りながら。僕たちはお高い飲み物を味わった。




