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ドラゴンリング  作者: 坂井美春
第壱章 ルテチア
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フランス南東部アヴィニョン郊外コーモン空港

 リヨンを朝早く離れたデリンジャー分遣隊は、警戒しながら南下を続け、アヴィニョン郊外まで到達していた。地中海が近くなり、目的地のマルセイユに近づきつつあった。ここに至るまでの道のりも、今までと代わり映えのしない荒涼とした風景が続いていた。これらの原因は十年前の大異変によって吹き上げられた塵の雲による影響であるとデリンジャー分遣隊の乗員は聞かされていた。砂漠化が進み、砂に埋もれかけた建物や枯れた木々が立ち並ぶ、今の世界では珍しくもない当たり前の光景である。その中でも次第に林の残骸が多くなり、山間部に近付いているのがわかった。しかしながら、生存者とは誰にも会うことはなかった。

 市内はリヨンと同じように、いたるところに菌糸の子実体が異常なまでに繁殖している光景が広がっていた。ところかまわず繁殖している子実体は、粘菌などの小さな生き物が胞子を放出するために植物化しているのである。無機質なコンクリートは子実体に覆われ、まるで人間の住んでいた街とは思えないほどに変貌していた。まるで別世界にでも来てしまったかのような不気味さを感じさせた。

 坂井美春伍長は見るものがないため、機器のモニターを見て過ごしていた。それはあまりにも単調な作業で、ともすれば眠くなるので、ときおり背伸びをしては気を紛らわしていた。

「霧が発生しています」

 第一銃座からコクピットへ連絡が入った。その様子はコクピットからもよくわかった。誰もが不安な思いで霧を見つめた。霧はドラゴンも人間も敵の視界から隠してくれるが、ドラゴンの動物的な鋭い臭覚には障害とならないために人間が不利といえる。

「やむをえん。適当な隠れ場所見つけて、霧が晴れるのを待とう。ただし、赤外線センサーは入れっぱなしにしておけ」

 〈デリンジャー〉と〈ライオット〉は、廃墟となっていた空港内に隠れることにした。ここは旅客機を収容するハンガーがあり、〈デリンジャー〉と〈ライオット〉のようなランドクルーザーさえも充分に隠すことができた。

「曹長は意識を回復したか?」

 ローレンス・カーン准尉は〈ライオット〉に歩いて向かいながら大声で言った。

「まだです。なんの変化も認められません」

 窓から首を出しながら、ライザ・ウェルトン二等兵が答えた。

 〈デリンジャー〉から次々と乗員が降りては、〈ライオット〉に集まり始めた。簡易二段ベッドに寝かされているメイスン曹長は、身体が緑に染まり、とても生きているようには見えなかった。しかし、ゆっくりと腹式呼吸を繰り返しているために生きていることは確かなようだった。だが、誰の目にも酸素マスクと点滴の力でも彼を生かしておくことができるのは時間の問題のように思われた。

「コリンズ軍曹、赤外線センサーを周囲に設置しておいてくれ。しばらく、ここに留まることになるだろう。手の空いているものは、できるだけ今のうちに休んでおけ」

 カーン准尉のしわが一段と増えたように見えた。本当に休みが必要なのは彼なのだ。それは明白な事実である。

「了解だ」

 レイモンド・コリンズ軍曹の返事を合図に、乗員は散り始めた。しかし、坂井伍長はたち去ろうとしても、どうしても動けなかった。なにかが、心の中で引っ掛かっているのだ。それはもやもやしたもので、なんであるかは自分でもわからなかった。

「どうしたの?」

 スーザン・ガルシア伍長が顔をのぞきこみながら尋ねた。

「いえ、なんでもないわ。少し、疲れただけよ」

 坂井伍長は肩をすくめて、笑顔を取り戻そうと努力した。

「ライザが、ドラゴンの遠吠えのような声を聞いたそうよ。嫌なニュースばかり、なにか明るい見通しはないものかしら」

「私たちが、ここでこうして生きていることがいいニュースだわ。それに勝るものはなしよ。ルテチアに残された人たちにとってもね」

「でも、生き残れる勝算はある?」

 ガルシア伍長は率直に聞いた。

「私たちが生きている限りはね」

「あなたって、楽観主義なのね」

 あきれた口振りである。

「そうでもないわよ。ただ、あまり先のことは考えないようにしているだけ。心の迷いに束縛されたくないのよ」

「わかる気もするけど、やはりわからないわね」

 ガルシア伍長と坂井伍長の二人を除いて全員が身体を休めるために、それぞれのランドクルーザーに戻ってしまった。このため広いハンガーにふたりだけになった。地上レーダーはこの近辺にはドラゴンがいないことを示している。安全であることを確かめると、ふたりもランドクルーザーに戻っていった。

 しかし、小一時間ほど経過した時、地上レーダーが突然に警報を鳴らして全員の眠りを妨げた。ドラゴンを探知したのである。

「南に向かっています。こちらには気づいていないようです。それとも、関心がないかのどちらかですが、いずれにしても我々は安全です」

 コリンズ軍曹が静かに言った。

「ドラゴンの行き先に偵察隊を出す。生き残りの人間を襲おうとしているのかもしれない。志願者はいるか?」

 カーン准尉は、醜悪なほど単刀直入に聞いた。

「あんたでは、なぜいけない? あんたこそ我々の中で最適任者だと思うのだがね。たまには、安全な場所を離れた場所へ行ってみたらどうだね」

 〈ライオット〉の銃座担当のアンディ・マイヤーズ二等兵が、抑えきれずに口を出した。誰だって、危険な場所へ行くのは気がすすむわけがない。

「私が行きます」

 坂井伍長が志願した。皆の注目を集めたが、彼女は動じた様子を見せなかった。

「〈デリンジャー〉を離れられるのは、せいぜい一人か二人が限度だろう。他にもいなければ、これで決まりだ。偵察には、軽装輪装甲車〈VBL装甲車〉を使え」

 軽装輪装甲車〈VBL装甲車〉はふたり乗りの小型装甲車両である。一門のミサイル発射装置を持ち、その機動性は小型車両の特徴を生かしてランドクルーザーをはるかに上回る。坂井伍長が通信装置や赤外線センサーなどの山ほどの装備を集めている間に、コリンズ軍曹によって軽装輪装甲車〈VBL装甲車〉は完全に整備されていた。

 いっぽう、地上レーダーが再び南に向かうドラゴンを探知していた。しかしながら、風下にいることが幸いしているためか、こちらには気づかないようだった。そのかわり霧は今まで以上に濃くなっていた。そして、メイスン曹長の病状にも変化はなかった。

 装備の搬入が終了すると、坂井伍長はエンジンを始動させてみた。別に異状がないことを確かめると、通信機のスイッチを入れた。

「マイクの試験です。〈デリンジャー〉、聞こえますか?」

「聞こえる」

 しばらくして、聞き慣れた声が通信機から聞こえてきた。

「準備完了しました」

 坂井伍長の小気味のよい報告が、再び通信機を通して送られた。

「なにかあっても、極力戦闘しないで逃げてこい」

「了解」

 坂井伍長は正面に向き直った。彼女は皆に見守られながら、アクセルを踏み込み軽装輪装甲車〈VBL装甲車〉を発進させた。ほとんど、見通しのきかない霧の中で彼女はひとりぼっちになった。


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