フランス南東部ベール湖湖畔
「気がついた時には、衛生兵のボローニャ伍長が行方不明になって、しかもワイマン伍長もメイスン曹長と同様に意識不明になっていたのよ」
戻って来た坂井美春伍長に向かって、スーザン・ガルシア伍長が飛び込んできた。部隊の半分以上の人間がジャン・ボローニャ伍長の捜査に出ており、大混乱と化していた。
「ドラゴンが襲ってきたの?」
「いいえ、坂井伍長が出発してからまったく静かそのものだったわ」
まったく、わけのわからない事態にガルシア伍長はとり乱していた。
「関係者全員が〈ライオット〉の乗員ね」
「ええ、それで、メイスン曹長とワイマン伍長は面会謝絶で隔離されているわ。それに、他の〈ライオット〉の乗員も検疫が行われているの。もう、分裂寸前の状態よ。特に、医療責任者のボローニャ伍長が脱走したことでさらに拍車がかかっているわ。あの、脱走というのはただの噂だけれど」
「なにを言っているの、仲間を信じられなくなったらそれで終わりでしょう。だいいち、脱走してどこへ行くっていうの?」
坂井伍長は機嫌を害された時のように、厳しい顔付きで反論した。
「じゃあ、なぜいなくなったの? なにか恐ろしい伝染病が我々全員を蝕んでいることを知ったからではないの?」
ガルシア伍長はほとんど泣きじゃくりながら訴えた。彼女の神経には耐えられないほどの緊張が続いたのだろう。
「とにかく、偵察の報告をカーン准尉にしてくるわね」
坂井伍長は〈デリンジャー〉の中に入っていった。
その後、ボローニャ伍長のぼろぼろとなった軍服の残骸が発見され脱走の疑いは消えた。だが、やはりなぜという疑問は消えなかった。
「ドラゴン以外の生物に襲われたのでしょう。おそらく人間程度の大きさで、毒をもっていると思われます。メイスン曹長とワイマン伍長は、その毒にやられたのでしょう」
レイモンド・コリンズ軍曹の意見がもっとも、妥当のように思われた。しかし、車内にいたはずのワイマン伍長が襲われるはずがないのに、誰もその疑問を口にはできなかった。
「では、解毒の手段が必要になるということだな。解毒のためにはそいつを捕まえて血清をつくることができるかもしれないということか? それも、できるかぎり早い方がいいというわけなのだな」
カーン准尉は、絶望の淵に立たされながら言った。現状では、血清をつくるというのは、設備といい時間といい無理な話である。
「リヨンの影の話と一致します。おそらく、それでしょう」
坂井伍長だった。
「伍長の話には、裏付けがあります。いままで、突拍子のない話すぎて誰も気にもしませんでしたが、そろそろ真剣に見当すべきではないですか」
ガルシア伍長が坂井伍長の肩を軽く叩きながら提案した。
「その前に、皆のいるところでもう一度先程の偵察の報告をしてくれ」
カーン准尉は全員に坂井伍長の考えを審査にかける決心をしたようだった。
「私は目標の付近でドラゴンに遭遇しました。そして、彼らはこちらが敵意を見せないかぎり襲ってこないことを確認しました。つまり、ドラゴンと触れる程に近づいたのですがまったく攻撃を受けませんでした」
坂井伍長は今の言葉の意味が全員の心の中に浸透するのを待った。こういうことは、あせってはいけない。時間をかける必要があった。
「しかも、ドラゴンが産卵期を向かえていると思われる証拠を目撃しました。今彼らに刺激を与えようものなら、かえって収集がつかない事態になってしまうでしょう。ですから、我々が敵意を見せさえしなければ無事にこの区域を通過できるはずです」
坂井伍長は見回して、ひとりひとりの反応をうかがった。
「では、曹長たちを襲ったのは何だ?」
トーマス・フォーセット一等兵が皆を代表して質問をした。
「私にもわかりません。ただ、何かが存在するとしか言えません。おそらく、ドラゴンよりもたちの悪い生物でしょう」
重苦しく無気味なものが全員の心にのしかかっているようだった。目に見えない恐怖は既に三人の犠牲者をだしている。けっして、少なくないとはいえない数である。
「これから、どうすべきかがいちばんの問題である」
カーン准尉が再び前に出ながら言った。
「メイスン曹長とワイマン伍長をこのままにしておくわけにはいかないでしょう。一刻も早く手当が必要だわ」
ライザ・ウェルトン二等兵である。
「わなを仕掛けましょう」坂井伍長が提案をした。「ルテチアに戻って、血清を手に入れるにしても、その生き物が必要です。今までの我々は裏をかかれてきましたが、今度はこっちが罠にはめるのです。罠をしかけて相手の出方をみましょう。でも、今後は必ずふたりいっしょに行動する必要があると思います」
全員が坂井伍長の意見に賛成した。捕獲に成功できれば、ランドクルーザーの一台だけを治療のためにルテチアへ戻すことに決定した。しかし一晩だけということになった。ドラゴンのことも考えればならなかったし、そもそもの任務を遂行することも重要事項であるため、仕方がなかったのである。
コリンズ軍曹がさっそくわなを作る作業にかかった。今までの失敗を反省して、赤外線センサーは使わないことにした。細い糸を張り巡らして、それに触れるとネットが覆いかぶさるという原始的なわなである。しかし、そのカバーする範囲は〈デリンジャー〉と〈ライオット〉をすっぽりと囲むように、いくつも設置した。これであれば安全が確保されるはずであるが、陽が暮れると誰ひとりとして車内から出ようとしなかった。
「見張りは、必ずふたりだ」
カーン准尉がわざわざ巡回してきて告げた。こんなことは例がない。カーン准尉の後ろ姿を見送りながら、銃座担当のトーマス・フォーセット一等兵とリック・オニール一等兵は顔を見合わせた。
「とんでもないことになったな」
フォーセット一等兵は愚痴をこぼしながら、煙草を押し潰して消した。
「今晩は、嫌な夜になりそうだぜ」
今晩の見張りは〈デリンジャー〉に閉じこもり、コクピットの中で赤外線センサーや監視カメラの監視をするだけなのだが、ふたりとも背後が気になって落ち着かなかった。




