フランス南東部アヴィニョン郊外コーモン空港
突然の警報で、夜の静寂は破られた。
「まだ、外に出ないで下さい。安全を確認してからです」
坂井美春伍長がコクピットにいちばん最初に飛び込んで、外に出ようとしていた銃座担当のトーマス・フォーセット一等兵の前に立ちはだかった。
「どうした?」
次に現れたのは、指揮官兼車長のローレンス・カーン准尉だった。
「監視カメラに誰かが映りました」
フォーセット一等兵は映像に移っているそれを見てパニックを起こしていた。カーン准尉がフォーセット一等兵を押しのけて、モニターをのぞきこむ。すると、ネットに引っ掛かった人間の残骸が映しだされていた。ネットに人間をこま切れにする芸当が出来るわけがない。これは昼間に話題が出た敵性生物による仕業に間違いないと考えた。坂井伍長はカーン准尉とフォーセット一等兵のすき間からモニターを見たが、凄惨さにすぐに目を背けてしまった。モニターが白黒で、それでも助かったほうなのだ。
「〈ライオット〉は、なんと言っている?」
「まだ、連絡はありません。今晩はこちらが見張りの担当でしたから、まだ状況がつかめていないのでしょう」
いつのまにか、狭いコクピットに〈デリンジャー〉の乗員全員が集まっていた。
「〈ライオット〉に外には出るなと伝えろ。それから、誰が犠牲となったか報告するように伝えろ」
通信がすみやかに送信されたため、なんとか間に合い、誰も外には出ることはなかった。〈デリンジャー〉から見る限り〈ライオット〉は平静を保っている。しかし車内ではパニック寸前の状態に違いない。
「〈デリンジャー〉の乗員ではないことは確か、六人全員がここにいる」坂井伍長が念を押した。それはひとまず安堵の溜め息を引き出したが、張り詰めた緊張に変わりはない。犠牲者が出ていることに間違いはないのである。〈デリンジャー〉の乗員でなければ〈ライオット〉の乗員であることになる。
「〈ライオット〉のアルトマイアー伍長より入電。こちらではないと、言っています」
フォーセット一等兵がカーン中尉の方を振り向いた。そんなことはありえないと、言わんばかりである。
「よく調べろ。そっちのはずだ」
カーン准尉が怒鳴った。スピーカーを通して、相手が戸惑っているのが感じられる。
「メイスン曹長とワイマン伍長は、大丈夫?」
坂井伍長がマイクロフォンを取り上げて叫んだ。誰もがまさかと思ったが、すぐに全員の心の中に絶望に近い虚しさが押し寄せる。〈ライオット〉からの返答までの間は、おそろしく焦れったく感じられた。
「ドミニク・メイスン曹長がいません」
悲しみに打ちひしがれた声だった。アルトマイアー伍長のこんな悲しい声は今まで聞いたことがなかった。
「しかし、どうしてだ。メイスン曹長は意識不明の重傷ではなかったのか? わからないことが、あり過ぎる」
カーン准尉が机を叩きながら言った。これで、十九人で出発したデリンジャー分遣隊の生存者が十人となった。作戦途中で四十パーセントを超える消耗は、作戦として大きすぎる消耗である。
「これは命令だ。全員はその場で待機していろ。私は軍曹を埋葬するために外に出る。戦友の遺体をこのままにしておくつもりはない。だが誰も手伝う必要はない。万一、私になにかあっても誰も車外には絶対出てはならない。いいな」
誰も異議は唱えなかった。異議を唱える元気すらなかったのだ。
カーン准尉は扉をゆっくりと開けて、足を外に降ろした。クルーの視線が自分と周囲の両方に注がれているのが痛いほどわかる。FAMASアサルトライフルと死体袋の両方を手渡しで受け取ると、すばやく扉を閉めた。今や、〈デリンジャー〉と〈ライオット〉のすべての開口部分がロックされている。車内は最低限の安全が保たれていると思われた。
カーン准尉は、まずじっくりとメイスン曹長の残骸を見た。彼が今まで目にした遺体の中で、これほど損傷がはげしいものは見たことがなかった。もし、軍服がいっしょになければとても人間の遺体とは解らなかったに違いない。顔はおろか手や足すら、区別ができない状態であった。まるで、身体のありとあらゆる場所で爆発が起きたように凄まじかった。
お祈りは非常に簡単なものしかできなかった。今となっては、きちんと弔ってもらえただけでも幸せというものである。おそらく、この後も死傷者が出るであろうが、弔ってあげることも厳しくなるだろう。
出来るだけ周囲のことは考えないように努めながら、死体袋に収納を始めた。時間をかけるわけにはいかない。状況から見て、丁寧に扱わないと遺体がさらに破損する恐れがあった。
それにしても、なぜメイスン曹長は外に出たか? 彼は余程に運がついてなかったのだろう。なにかの理由で昏睡状態から覚め、つい外に出てしまったのだろう。その時、運悪く例の怪物に出会ってしまったに違いない。
「なにかいます。影が動いているのが見えました」
〈デリンジャー〉から坂井伍長が叫んできた。
「急いで、戻って!」
彼女の声は非常に緊張している。カーン准尉は死体袋からFAMASアサルトライフルに持ちかえた。
「どっちだ」
「走って!」
混乱と恐怖から悲鳴と叫びが乱れ飛んだ。いまや我を忘れ、あらゆる冷静な判断を忘れて、カーン准尉は一気に〈デリンジャー〉までの距離を一気に駆けた。
「罠は失敗だ。離脱する」
カーン准尉は扉に飛び込むと同時に、コクピットに向かった。すかさず、エンジンがふたつのランドクルーザーを蘇らせた。それは、生き残った乗員に少なからず勇気を取り戻させた。
しかし、ハンガーの扉は閉まったままである。
「かまわん、ぶち破れ」
〈デリンジャー〉は突進し、扉に体当たりをして轟音とともに突き抜けた。間を置かずに〈ライオット〉も続いた。二台のランドクルーザーに扉と壁を突き破られたハンガーは大きく傾き、ついには建物全体が崩れていった。置き去りにされた軽装輪装甲車〈VBL装甲車〉は、崩れた建物の中にその姿を消していた。それは彼らのこれからの運命を象徴するかのように、不吉な未来を暗示していた。




