僕は間違えない
何もない床がいきなり銀色に変色し、そこからいきなり湧いて出たロクローンを、ミーヤは特に驚くこともなく迎えた。というか、どちらかというとロクローンの方が驚いたような顔をした。
なぜなら、
「……ミーヤ、ここ僕の部屋なんだけど。なんで普通にベッドで寝てるのかな?」
「ミーヤはもうおやすみの時間だったりするんだよ。むしろロクローンくんを待ってちゃんと起きてたんだから誉めてほしかったりするんだよ」
「不法侵入を謝れこの野郎」
言葉は荒いが口調は相変わらず力のこもっていないロクローン。この野郎とか言ってはいるがどうせ本当は怒ってもいないことくらい、付き合いの長いミーヤには分かりきっていることだ。彼女の不法侵入だって半ば恒例行事のようなものだし、そもそもロクローン自身も知らない内に合鍵を作っているミーヤを止めることなどできるわけがない。
まったく、と適当に腰に手を当てて咎める素振りだけ見せ、ロクローンは左目を手で覆うようにして隠した。そこには未だに三角形を二つ重ねた形の六角形が刻まれていたが、彼が手を下げる頃にはそれも完全に消えていた。
毛布に包まって寝転がったミーヤは本当に眠いらしく、今にも目を閉じて寝てしまいそうだ。こうなったら追い出すのは無理だということを今までの経験から学んでいるロクローンはジャケットを脱ぎ捨てて部屋の隅のソファに寝転がる。ついさっき人間とは思えないほどの腕力で殴り飛ばされた体はただそれだけの動作で激しく痛んだ。
「……ロクローンくん、こっちで一緒に寝てもよかったりするんだよ?」
その様子を見たミーヤが優しい提案をしてくれるが、いくら歳の差があっても彼女の教育上それを受けるわけにはいかず丁重にお断りしてロクローンは目を閉じた。
「多少の邪魔が入りそうだけど、今回の計画は問題なく成功しそうだよ」
目を閉じたまま言うが、返事はない。ミーヤはもう寝てしまったのだろうか。大人だという自己主張が激しい割にはやはり子供だ。眠気を堪えることもできない。
「最初からずっとそうだよ、ミーヤは」
今度は語りかけるのではなく、独り言をぽつりと漏らす。
思い出しているのは彼がミーヤと初めて出会った時のことだ。その当時は彼女もまだ実験を受けていなくて、トランプに所属しているわけでもなくて、ただお互いを兄妹のように慕って支え合っていた。ミーヤが自分を大人だと主張するのは昔からのことで、いつでも背伸びをしていて、そのくせ誰よりも子供っぽかったのだ。それだけの言葉にすれば実験前も今も何も変わらないように思えるが、しかしまったく違う。
他人にはきっと分からない、でもロクローンにだけははっきりと分かってしまうレベルで、彼女は歪んでいっている。それは間違いなく実験の影響だろう。このまま実験に協力し続ければそう遠くない未来でミーヤの精神が崩壊することを、彼は確信していた。
「君を守るために、失敗するわけにはいかないんだ」
強い決意を秘めた言葉を自分自身に再認識させるように、ロクローンは言った。いや、ミーヤのことだけではない。
彼の頭の中を巡るのは四人の人間の顔。
ミーヤ・レラテッシャ。
ガザリア・シングレン。
イリーナ・ミチェリカ。
そして、クライアス・ラーネル。
何の関係もないように見えるこの四人はミーヤを除いて繋がりつつある。そして三人との繫がりがないミーヤにはロクローンがいる。すべては彼の計画した通りに進んでいた。
この計画を企て、進行しているのはロクローン一人だ。ミーヤは彼についてきているだけだろうが、他の三人はそれぞれの思惑で自由に動くだろう。実際、計画を知らないガザリアは彼と敵対した。他の二人がどう動くかも、そこまでは予想できることじゃない。
「それでも僕は失敗しないけどさ」
気楽な調子で言って、ロクローンは眠りに落ちた。