そして終幕
平穏な日常を保ち続けるある村で。
誰が言い始めたのか「東トランプ強襲事件」と呼ばれるようになったその日から、三日が経っていた。
世間は未だ事件のことで持ちきりだが、当事者たちにとってそれは中々に迷惑極まりないことだ。
なぜなら。
「新聞に顔写真を載せられるとは……これではここに住み続けるわけにもいかんな」
「むしろ、もうすでに村の人たちの視線が何か怪しげです……」
自分たちの顔写真がこれでもかとばかりに載せられてしまっている新聞を前に、クライアスとイリーナはため息をついた。写真にはこの二人が主犯である、という旨の脚注まで書かれている。
「私は徹底的に利用されただけなんですけどね」
「どうせ反逆罪じゃろ?」
苦笑いのイリーナに突っ込みを入れている幼い少年姿のガザリアだが、彼の写真もトランプから逃げ出した反逆者としてしっかり載っている。三人の中で彼が一番楽観的なのは元々の性格だろう。
ちなみに新聞にはロクローンとミーヤも反逆者として載せられている。クライアスの生存に四人の構成員の反逆とあって、世間では謎が謎を呼ぶ大事件とされているようだ。トランプもさぞ働き甲斐があることだろう。
「しかし、まあこれでよかったのだろうな」
「そうですね」
二人は今、ミルトを出るための準備をしている。
イリーナの方は元々この村の住人ではないので、クライアスの準備の手伝いだ。
「もう、一ヶ所に留まるわけにはいかんのじゃろうな」
「罪人ならばそれも当然なのだろう」
ガザリアも同じように村を出ていくわけだが、大した準備はないらしく暇つぶしに来ている。手伝えと言ってもそうはしないだろうから、クライアスも半ば放置しているようなものだ。
黙々と、クライアスは作業を続ける。実は彼にしても大仰な準備などというものがあるわけではない。それでもゆっくりと時間を引き延ばすようにしているのは、七年間も住み続けた場所に多少なりとも愛着を持っているからだろうか。
静かな時間が流れ続けた。
三時間ほどが経ち、二人はクライアスの家を出た。
ガザリアは先に行くと言って出ていってしまったのでもういない。きっと、彼もトランプの目を逃れながら安住の地でも探すのだろう。縁があればまた会うこともあるのだろうが、今はまだどうなるのか分からない。
「行くか」
「はい」
できる限りやり取りを短くしているのは、言葉の中にわずかに含まれるこれからの不安を隠すためだろうか。
怖いに決まっている。
今から先の二人の未来は犯罪者で、トランプから逃げ続けるために各地を転々と移動し続けるしか道はない。旅とでも表現すれば聞こえはいいが、実体は逃亡生活だ。これで何の不安もないわけがない。
それでも。
「俺はいつかトランプを潰す。あのような組織が世界の頂点などと、ふざけたことを実現させるつもりはない」
それでも、クライアスは強い決意を抱いていた。
「だから、それまではつまらん旅も我慢してくれ」
いつか、友達と過ごす平和な日常を信じて。
それが、クライアスの決意。
「我慢、なんてことないですよ。私だって助けられてます」
隣に立つイリーナは満開の花のような笑顔を浮かべ、クライアスの手を握った。そもそも始まりはこの少女と友達になったことだと思うと、クライアスは不思議な気分になる。人生何がどうなるのか、分からないものだ。
この先も、当然何がどうなるか分からない。
だが、どうにかしよう。
少なくとも彼女は自分の傍にいてくれるのだから。
「行きましょう、クライアスさん」
明るく笑う少女に手を引かれ、クライアスはここから一歩を踏み出した。




