寝ぼけ眼で
時間は少し遡る。
日もまだ登っていない、外に出てもなんとなくの風景しか判別できないような暗闇の時間。そんな時間にイリーナが目を覚ましてしまったのは、昨夜、一気に色々な話を聞きすぎたせいだろう。
レヴィアの意外な本性を見て、自分に向けられた友愛の感情を知り、トランプの本当の姿を聞き、そして彼が人を避ける真意を理解した。
それら一つずつがどこまでも彼女の想像からは遠くかけ離れていたもので、正直、レヴィアが眠ってしまった後の静寂の中ではまったく落ち着けなかった。悶々とする頭の中をまとめようと何度も寝返りを打ち何度か浅い夢を見たが、いずれも長くは続かなかった。
結局、最後には睡眠不足のような状態になって意識を失うように眠ってしまったのだが、それでもこれ以上は寝られそうにない。
「……起きたのか」
ごしごしと両目をこすって中途半端に覚醒した意識を現実に引き戻していくイリーナに、いつの間に目を覚ましたのか床に座っていたレヴィアが声をかけた。
「意外と早いな。まあ、早起きはいいことだ」
相変わらずの子供っぽい理論を臆面もなく言ってのけ、レヴィアは立ち上がった。抱えるようにしていた刀を軽く構え、緩やかに一振りする。どうやら調子は良好なようで、満足そうに頷くとそれを腰に吊るした。
「時間も時間だ。すぐに出ていけとは言わん。日が昇ったら貴様の元いた場所に戻ればいい」
レヴィアはそのまま部屋から出ていこうとする。
「どこに行くんですか?」
「散歩だ。これだけ朝早ければ他の住人に会うこともないからな」
イリーナはこれくらいの時間だと普段はまだ眠くて仕方ないのだが、どうやらレヴィアの方はいつもこれくらいの時間に散歩することを日課としているらしい。ここでも人と会うことを極力避けているのはイリーナにとってかなり予想外のことだった。
彼女はぴょこんと小動物のようにベッドから降りて、レヴィアのすぐ隣まで若干寝ぼけている様子がうかがえる足取りで向かった。
その行動に、レヴィアが眉をひそめる。
「なんだ? 別れの挨拶は不要だぞ」
「……私も散歩、行くです」
よほど眠たいのか、敬語がおかしくなりながらもイリーナはそう言った。
「私はレヴィアさんの、お友達ですから」
「……貴様、寝ぼけているだろう」
「寝ぼけてなんかないのです」
「いや、口調が怪しい。もう少しくらい寝ていても構わんからここに残れ」
「……」
寝ぼけ眼のイリーナは俯き、じっと言葉を探すかのように視線をさ迷わせた。いくら寝ぼけていてもしばらくすれば素直に従うだろうと思い、レヴィアはそれを待つ。しかし、わずかな静寂の後にイリーナが発したのは、レヴィアの予想と大きく違ったものだった。
「……ふざけるなー、って感じなんです」
「……なに?」
「なんか、納得できないんです」
イリーナは自分より背の高いレヴィアの顔を見上げ、
「私は、レヴィアさんが人を避ける理由に納得できません」
そうか、とレヴィアは合点がいったように息をついた。
「つまり貴様は俺が友愛を示しつつも友達にはならんといったことが納得いかんわけか。しかしそのことも教えたはずだ。トランプを抜け出した俺といると、万が一の場合に危害を加えられる可能性がある、と」
「聞きました。一回は納得しました」
納得したというより他に考えることがありすぎてそうせざるを得なかったのだが、そこまでは伝えない。今この場でそれを伝える意味はない。
「でも、よく考えたらあんまり納得できなかったです」
眠れなかった一晩イリーナが考えていたことは、実はほとんどがレヴィアのことだった。彼女が何に一番衝撃を受けたかと言われれば間違いなくトランプの真の姿のことなのだが、それ以前に今一番身近なことは何だったとか言われればレヴィアの話だったのだ。
もちろん彼女がそのことを考えていた要因はそれだけでなく、トランプの話は自分が考えても答えの出ないことだと開き直ったなどのこともあるが。
「レヴィアさんが人を避けたいと思っていても、レヴィアさんと一緒にいたいって思う人がいるかもしれないじゃないですか。だってレヴィアさんは困ってる人を皆助けてくるような人なんですから。そんなレヴィアさんを慕う人がいるはずですよ」
「そうか、要するに貴様は俺に助けられたことをきっかけに俺に恩を感じているが、俺が拒絶するから気に食わんということだな? しかし、それも貴様に危険が降りかかるのを避けるためだ」
ミルトに来る前にある人物から冗談で言われた言葉。
今のイリーナが思い出しているのはその言葉だった。
――どんな男からでも、助けられたりしたらあっさり惚れたりしちゃうんじゃないの?
その人物にしては珍しい、からかうようなセリフに、イリーナは真っ赤になってそんなわけないと反論したものだった。
もちろん、彼女はレヴィアに助けられこそしたが、ただそれだけで恋をしたりはしない。例えどんな危機的状況から助け出されたとしても、それで男女が恋愛関係に陥るのは物語の中だけの話だ。
ただ、イリーナは彼を放っておけないと思う。
困っている人がいたら助けずにはいられない彼が今までにどれだけの人間に感謝され、そしてそれを拒絶してきたのはきっと数えきれない。しかもそれは自分の都合ではなく、全て相手の身を案じてのことなのだ。
もし彼が、自分の都合や性格で人を拒絶しているならイリーナもいい加減に彼の友達になることを諦めていただろう。しかし、それが相手のためにという行動だったのならば話は違う。それなら、何もレヴィアが一人になる必要はないと彼女は思うのだ。
じっと自分を見上げたまま何も言わないイリーナを怪訝に思ったのか、レヴィアはゆるゆると首を振った。
「だから、貴様の身の安全を保つためには俺といるべきではないと――」
「それは、あなたが決めることじゃないです」
それを途中で遮り、イリーナは断言する。
彼の言っていることは理解できる。その通りだとも思う。しかし、だから正しいわけではない。少なくとも今までのレヴィアは、その事情を助けた相手に話すことすらせずに遠ざけていたのだから。
助けたレヴィアも、助けられた誰かも、きっとそれでは救われない。
それに何より、
「その事情を知った上であなたといたいかどうかは、あなたじゃなくて私が決めることです」




