表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女子学園に潜入した美少女探偵ですが、ライバルお嬢様が推理勝負を挑んできます ~令和の小林少年と怪人二十面相の遺産~  作者: 佐倉陽介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/9

第1話 ノースライト・フィルム

 東京都北区。王子駅から歩いて十分ほどの古いオフィスビル。その五階に、映像制作会社ノースライト・フィルムのオフィスは入っている。


 大手ではないが、小さな仕事ばかりでもなかった。


 テレビドラマの制作。舞台劇の収録・配信用撮影。企業CMの下請け。ミュージックビデオの編集。


 ジャンルも規模もばらばらの案件が、常に同時進行している。華やかさよりも、実務。夢よりも、締切。


 編集室のドアが開くたび、コーヒーと機材の熱の混じった匂いが流れ出る。廊下には撮影帰りの照明機材が無造作に立てかけられている。


 映画産業は、不況ではない。むしろ市場規模は堅調だ。だがヒットの中心は、アニメ映画だった。


 人気漫画原作。テレビドラマの劇場版。確実に動員を読める作品。


 実写映画は、話題作と大作に予算が集中する。オリジナル企画が滑り込む隙間は、狭い。


 ノースライトの会議スペースは、ガラスで仕切られた小さな部屋だ。社内ミーティングは、基本的にカジュアルである。紙コップのコーヒー。ノートPC。壁のホワイトボード。


 城田紘一は、椅子の背にもたれたまま言った。


「……というわけで、実写の劇場映画を、そろそろやりたい」


 軽い口調だが、その目は本気だ。


 五十代なかば。社会派作品で名を上げた監督だが、ここ数年はテレビドラマの演出や配信向け作品が続いている。劇場用の長編実写映画は、しばらく撮れていない。


「アニメは強いですよ」


 社長の息子の若手プロデューサーが苦笑する。


「配給もまずアニメ。実写は原作付き優先です」


「わかってる」


 城田は頷く。


「だから“原作のあるもの”でいく」


 ホワイトボードに、太いマーカーで書く。


『怪人二十面相』


 部屋の空気が、わずかに引き締まる。


「パブリックドメインだが知名度は抜群。それを、いまの東京でやる」


 鳴海泉は、対面の席で腕を組んだ。


 三十二歳。ノースライト所属の脚本家。テレビドラマでは実績がある。だが、劇場映画の代表作はまだない。


「現代版、ですか」


「監視カメラ。顔認証。ディープフェイク」


 城田は指を折る。


「“顔を奪う怪人”は、いまの方がリアルだ」


 泉の頭の中に、映像が立ち上がる。


 スマートフォンの光。入退館の顔認証ゲート。SNSに拡散される他人の顔。


「配給会社は?」


 泉が問う。


「企画書を持っていく」


「決まってないんですね」


「決まってない」


 城田はあっさり言う。


「だからまずプロットだ。完全な脚本じゃなくていい。企画書に載せる骨子が欲しい」


 泉は小さく息を吐く。


「どの配給を想定してます?」


「東央か、光映あたりだな」


 これも中堅どころ。アニメも実写も扱うが、慎重な会社だ。


「勝算は?」


「ある」


 城田は一瞬、間を置く。


「キャスティングだ」


 そして、言った。


「三浦なお」


 カジュアルな空気が、一気にざわつく。


「ほほお?」


 学習塾のPR動画をノースライト・フィルムが撮影・編集した。


「かわいいけど、本職のタレントではない中学生ですよ?」


「映画主演はまだ……」


「だからだ」


 城田は言い切る。


「彼女は“旬”の一歩手前だ。今を逃せば、映画もオファーが殺到する」


 泉は静かにその言葉を受け止める。


「小林少年役、ですか」


「そうだ」


「少女が少年を演じる」


「怪人は顔を変える。なら、小林もジェンダーの境界に立たせる」


 その発想は、挑戦的だった。


 だが同時に、理屈は通っている。


「了承は?」


「まだ」


 城田は肩をすくめる。


「だが、プロットがあれば口説ける。配給も動く」


 泉はホワイトボードの文字を見つめる。


 怪人二十面相。現代版。三浦なお。


「テーマは?」


 泉が問う。


 城田は少しだけ考え、言った。


「顔だ」


「顔」


「人は何枚の顔を持ってるか。奪われるのは顔か、名前か、それとも自分か」


 泉の胸の奥で、何かがわずかに震える。


 会社での自分。家庭での自分。母としての顔。彼女もまた、いくつもの役割を生きている。


「……プロット、いつまでに」


「一週間で叩き台」


「早い」


「配給の企画会議に間に合わせたい」


 城田はまっすぐ泉を見る。


「鳴海。完全な原稿じゃなくていい。お前の怪人を見せてくれ」


 その言葉は、命令ではない。信頼に近い。小説家としてデビューした鳴海泉だったが、不安定な生活の中、ノースライト・フィルムに誘ってもらった恩義がある。


「わかりました」


 社内のミーティングは、再び雑談混じりの空気に戻る。誰かが「なおちゃんが少年かあ」と笑い、誰かが「ビジュアルは強い」と呟く。


 だが泉の中では、もう別の光景が動き始めていた。


 夜の東京。顔を奪う怪人。そして、美しすぎる少年。


 北区の空は曇り空だった。


 小さな制作会社の一室で、まだ何も決まっていない映画が、静かに、しかし確かに動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ