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女子学園に潜入した美少女探偵ですが、ライバルお嬢様が推理勝負を挑んできます ~令和の小林少年と怪人二十面相の遺産~  作者: 佐倉陽介


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プロローグ1-4 夜明け前

 夜明け前。空はまだ暗いが、ネットワークの中では“夜”が終わりかけていた。


 明智探偵事務所のモニターには複数の画面が並び、その中央にオンライン会議のウィンドウが開いている。画面の向こうには、緑川アリスと小林芳雄の姿。


 進行役は明智ではなく、鴉だった。


「では、現状をご報告いたします」


 端正な顔立ちに、細いフレームの眼鏡。姿勢は正しく、声は落ち着いている。まるで企業の役員会議にでも出ているかのような、無駄のない話し方だ。


「本件の追跡において、ネットワーク上で個体を特定する手法は三つございます。第一に“位置情報”。接続元の物理的特定ですが、今回は多段プロキシおよび分散構成により、有効性は限定的です」


 画面にノードが展開される。専門的な図だが、どこか整理されていて見やすい。


「第二に“構造”。役割分担です。現在、最低四名。回線操作、実行、監視、そして統制役が存在します」


 アリスが静かに頷く。


 小林は真剣な表情で画面を見ている。さっきから一言も発していないが、その集中力は明らかに場の誰よりも高い。


 その、はずなのだが。


「第三に“癖”。判断速度、選択傾向、優先順位――人間の操作には必ず揺らぎが生じます」


 ログが重ねられる。


「こちらは慎重型。確認を挟むため半拍遅れる。こちらは高速だが粗い。そして――」


 一つのログが強調される。


「この個体のみ、全体を補正しています。他の動きを監視し、調整している」


 小林が小さく呟く。


「……リーダー」


 鴉は頷く。


「もしくは、アクセスキー保持者です。この人物を確保すれば、システム全体の制御を奪還可能となります」


 アリスが問う。


「特定は済んでいるのですか」


「はい。現在、現場が動いております」


 ――ここまでは、完璧だった。完全に、完璧な報告。だが、その背後では。


「……ねえ」


 ひそひそ声。


 花崎まゆみが、カップを片手に画面を覗き込んでいた。


 整った立ち姿。高い位置で結んだポニーテールが、揺れるたびにふわりと跳ねる。どこかお嬢様めいた雰囲気なのに、やっていることは完全に“覗き見”である。


「ねえ榊原さん」


「なんだよ」


「小林くん、思ってたより普通じゃない?」


「普通ってなんだよ」


「いや、もっとこう……天才少年って、目が光ってたりするのかと思ってた」


「光ってたら怖いだろ」


「それもそうか」


 納得する。その間にも、まゆみの視線は完全に画面の中の小林へ固定されている。


「でも、あの目……気になる」


「は?」


「なんか、目力あるね」


「そうか……? ただの坊ちゃんだろ」


「わかんなくていいよ」


 軽く流す。その直後。画面の中の小林が、ふと視線を上げた。一瞬。


「……あ」


 まゆみの声が漏れる。


「今、こっち見た」


「見てねえよ」


「いや見たって」


「気のせいだろ」


「いや絶対見た」


 小声で言い合う二人。


 そのすぐ前で。


「なお、すでに一名を確保しておりますが、当該個体は中継役であり、アクセスキーは保持しておりません」


 鴉は一切ブレない。背後で何が起きていようが、気にしない。気づいていないわけではない。だが“処理対象外”として切り捨てている。


 真壁がぼそっと言う。


「……すごい集中力ね」


「たぶん、後ろの雑音をノイズ処理してる」


 榊原が小声で返す。


「したがって、今後はネットワーク上の追跡と並行し、人的確保による情報取得へ移行します」


 まゆみはまだ見ている。


「……あ、また考えた」


「何がだよ」


「小林くん。今ちょっと迷った」


「なんでわかるんだよ」


「なんとなく」


 雑である。しかしなぜか、それっぽい。


 画面の中の小林は確かに、わずかに視線を落としていた。


「尋問により、アクセスキーの所在および残存個体の位置を特定。その後、順次確保を行います」


 鴉の声は最後まで乱れない。完璧な締め。


「以上が現状となります。ご質問があれば承ります」


 静寂。――の、はずだった。


「……ねえ」


 また小声。


「あとでちょっと話せないかな」


「やめとけって」


「えー」


「仕事中だぞ、今」


「だよねえ」


 あっさり引くが、視線は外さない。


 そのとき。画面の中の小林が、ほんのわずかに首を傾げた。完全に、タイミングは合っている。


「……やっぱ見てる」


「だから気のせいだって」


「いやこれ絶対――」


 言いかけて、止まる。


 なぜなら。


 画面の向こうで、アリスがこちらを見ていたからだ。


 正確には――


 “背後の気配ごと”、見透かすように。


「……楽しそうですね」


 静かな声。


 まゆみがぴたりと固まる。


「……えっと」


 数秒の沈黙。そして――


「コーヒー、淹れ直してきます!」


 逃げた。ポニーテールが勢いよく揺れて、視界から消える。


 榊原が小さく吹き出す。


「……バレてんじゃねえか」


 真壁も肩をすくめる。


「まあ、そりゃそうよね」


 その間にも、鴉は一切振り返らない。


 ただ静かに、次の操作へと移っている。ネットワークの戦いは、次の段階へ。


 そして――どこか場違いな小さな波紋もまた、確かに広がり始めていた。

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