二重尾行
その日の深夜、起こされる
これから二重尾行をはじめる
さあ
いくぞ
馬は農家に要してある
さあいけ
「なんだ?どうかしたの?」
「貴様らに特命の任務を授ける」イブとは別の声が答えた。アイルが体を起こして横を見ると、ベッドの真横に団長が立ち、アイルを見下ろしていた。
「今から王女を連れて南へ行け」
彼は着替えて、寮の建物から外に出た。ブリスコーは夜の暗がりに包まれていた。空には満天の星々が散らばり、わずかに欠けた月が南の天中に昇っていた。今は、真夜中をわずかに過ぎたころだろう。
風が吹き、アイルは身震いして腕を抱えた。
中庭には、すでに義勇兵たちが身支度を済ませて立っていた。
「おはよう」ジェイがのんきな声であいさつし、アイルにパンとカップに入った茶を手渡した。アイルはそれを受け取り、パンをかじり、茶で喉の奥に流し込んだ。
義勇兵たちの中に一人、見慣れない女が立っていた。彼女は長いウェーブした金色の髪を、外套のフードの中に隠し、アイルを見つめていた。
暗闇の中で、アイルは彼女の顔をはっきりと見ることができなかった。しかし、彼は記憶のどこかでその顔を見たことがあるような気がした。
彼は眼を見開き、彼女の顔の輪郭を捉えようとした。
「ん?お前、アマンダか?」アイルはようやく気付き、言った。アマンダはこくりとうなずいた。
彼女の赤い髪は、何かの染料で金色に染められていたのだ。それは、彼女の正体を隠すためだろう。確かに、彼女の真っ赤な髪の毛は目立った。
「全員揃ったようだな」団長があの野太い声で言った。「あらためて、貴様らに特命の任務を言い渡す。今から王女を連れて南へ向かえ。目的地は夜が明けたのちに、王女の口から話してもらう。以上だ。質問はあるか?」
「任務は受けます。しかし、俺たちなんかで大丈夫なんですか?」アイルが聞いた。「俺たちなんか能力者としてはひよっこでしょう?五日前に力をを得たばかりなのに」
「そういった事情も含めて貴様らを任務に選定した。弱者であるお前たちは、王女を隠すいい靄になろう。ほかに質問は?」
「南ってどのへんかよ」トグマが聞いた。「俺はここに知り合いもいるし、あんまり長い間離れたくないんだけど」
団長はため息をついた。 「その質問には答えられない。ほかに質問はないか?」
中庭は沈黙に包まれた。
「なければ、すぐに出発する」と団長は言った。
義勇兵たちは、団長に先導されて街を移動した。彼らは裏通りを歩き、門とは反対側の街の北側へと向かった。
やがて彼らは北の一角にある大きな木の根元までやってきた。そこへ続く道へと係る門の鉄格子は開かれており、彼らはそこを潜り抜けた。
「っへ~、ここって建物なんだな。誰が住んでんだ?」トグマが聞いた。団長はなにも答えなかったので、答えは返ってこないものかと思ったが、しばらく間を置いた後、彼女は答えた。
「ここは暗殺者ギルドの建物だ」
一行は大木の根元にたどり着いた。その木の幹には扉がくりぬかれており、いまその扉は開け放たれ、暗い部屋の中へ続いていた。
彼らは扉をくぐり、廊下を進んだ。
廊下の奥にはカンテラを手に持った金髪のエルフが案内に立っていた。彼女はまっすぐな、美しい長髪をしていた。
アイルは彼女と目が合った。気のせいだろうか、彼女はアイルの顔だけをまっすぐに見つめていた。
団長がそばまで近づくと、彼女は扉の奥を指さした。
扉の奥には、手すりのない螺旋階段が下へと続いていた。
一行は左手を壁に当てて、螺旋階段を下りて行った。かなり長い距離を進み、やがて扉から差すカンテラの明かりも小さくわずかに見えるだけになった。
やがて一行が階段の底に着くと、そこからは一直線に伸びる石畳の通路になっていた。道の先は暗闇に閉ざされ何も見えなかった。
「暗っ」トグマがひとこと言った。
彼らはその通路をすすんだ。彼らの進むコツコツとした足音が、明かりのない通路に反射した。
やがて道の先にわずかな明かりがさした。道は登り階段となり、そこを登りきると、岩と岩の隙間からブリスコーの外に出た。
彼らは見渡した。目の前には月に照らされた広大な草原が広がっていた。真っ暗闇の中を進んだからだろうか、夜空に満天の星がいつもより明るく輝き、空気は澄んでいた。
彼らはしばらく立ち止まり、その光景を眺めた。
「いつまでそうやってる。はやく行け」団長が背後から声をかけた。
彼らは草原を歩き始めた。




