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もしも浪漫竒譚~あやかしと生きる民らの黄昏  作者: よーじや
第三章 畿内強襲計画阻止命令/京都・大阪編
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④土蜘蛛の民/船岡山の戦い 前編

「みんなぁ……まって……」

「あ……いのちゃん」

夜明け前に出発しようとする、菊重あきしげと薫子、松鶴しょうかくに、いのが声をかける。

「あのね……最近忙しいけど、がんばってね。けがしないでね。」

眠い目をこすって見送ろうとするいのに、松鶴しょうかくは目を細めて頭を撫でた。

「おやおや、ありがとう。……最近、いのの顔を見ていないから、寂しかったんだ。元気が出たよ」

薫子と菊重あきしげもまた、いのの頭を撫でる。いのは嬉しそうに笑った。

「いのちゃん、なるべく早よ帰ってくるなぁ」

「今のお仕事が終わったら、きっとみんな一緒に家にいられるからね」

「うん!」

お手伝いと共に見送るいのに手を振り、三人は暗闇の中を急ぐ。

千本通せんぼんどおりの戦いの後、迎えに来た松鶴しょうかくと共に屋敷に帰った菊重あきしげ達。しかし、猫又の言っていたことが気になり、菊重あきしげと薫子、そして松鶴しょうかくは、明くる朝すぐに船岡山ふなおかやまへ向かうことにしたのだ。体調はまだ万全ではないが、この際仕方がない。異常があれば最悪、松鶴しょうかく御所ごしょにいる盈月えいげつに応援を頼むということになっていた。



かつて船岡山ふなおかやまの前に御所ごしょがあった時代、船岡山ふなおかやまは大地の気がほとばしりあふれ出る、北の玄武の小山であるとされたという。そのため、船岡山ふなおかやまから見て真南の千本通せんぼんどおり朱雀大路すざくおおじと名付けられたのだ。しかし、平安の都がかつてのような力を失うにつれて、清浄の地は葬送地そうそうち刑場けいじょう、果ては戦場に姿を変えた。日本古来の神の多くがそうであるように、霊験れいげんあらたかな船岡山ふなおかやまにも二つの顔があった。長寿や不死のイメージが強い玄武の山を葬送地そうそうちとしたのは、墓守をしてほしかったのだろうか。今となっては、その真意は分からない。

また、船岡山ふなおかやまは他にも御上おかみとの縁がある地だった。改元後、御上はかの有名な武将・織田信長を、当時の荒れた京都や皇室を盛り立てるための手を貸した者として、たたえるための神社を作ったのだ。つい最近、見晴らしのいい山頂に、本殿を移動したばかりだ。

そんな船岡山ふなおかやまでは、特殊警視隊が昨日から警備を続けていた。万一のことがあった際の対応をするためだ。

しかしその「万一」は、既に水面下で起こっていたのだ。


船岡山ふなおかやまの木々の間から、一人の美しい女性が現れる。異国の者のように長い手足を持ち、緩く着崩した浴衣は、歩くたびに白い太腿ふとももがちらちらと見える。消して若い生娘きむすめではないが、年齢不詳の妖艶ようえんな女だ。彼女を目撃した特殊警視隊は、思わず身構える。

「ああ……いま々しい場所……!現人神てんのう自ら、玄武大神かみの上に信長にんげんの為の神社を建てるとは…。本当に、失望しかない」

「おい!何をしている!」

彼女は周りの様子が目に入っていない様子で、ぶつぶつと独り言を言っている。

「無念……ああ、無念……!!わらわ達の献身を嘲笑あざわらうのも、これでお仕舞いにしてくれる……!」

ケタケタと笑う女の様子に、特殊警視隊はぎょっとして後退あとじさる。

「お、おい!!」


雨神立あめかんだち)!」


女が叫ぶと、瞬間、夜闇がカッと白い光に照らされた。そして、激しい雷雨が船岡山ふなおかやまを、蓮台野れんだいの一帯を襲う。


「ーー鬼呼(おによび)手目坊主(てめぼうず)!!」


雷が落ちる轟音ごうおんの中、雷雲かみなりぐものせいで低くなったそらから、巨大な鬼の手が船岡山ふなおかやまに降りてくる。節くれだったその手がバッと開かれると、手のひらに充血した黄色い目が現れる。特殊警視隊の男は、その化け物の姿に恐怖し、固まってしまう。まるで、蛇に睨まれた蛙そのものだ。

「……そんな……あ……ああ……!」

手目坊主は、黒ずんで変形した鋭い爪を男に伸ばす。そこではじめて、男は我に返った。

「あああああああああああああああああああああ!!!!」

男は必死に叫びながら逃げまどう。とんでもない騒ぎに、他の特殊警視隊も気がつくが、彼らにす術はない。

「退避!退避ィーーー!!!」

船岡山ふなおかやまに悲鳴が響き渡る。



菊重あきしげ達が船岡山ふなおかやま辿たどり着いた時には、船岡山ふなおかやまの頂上から巨大な鬼の手が生えて、辺りを蹂躙じゅうりんしていた。山に登る間に出会った特殊警視隊の者たちが言うには、手のすぐ横にあめつじゆうがいるらしい。

松鶴しょうかくさん、この雨の結界……破れるかどうか試してみますーー花幔幕はなまんまくうたげ!」

薫子は雨の降る船岡山ふなおかやまの一歩外で、ぱっと檜扇ひおうぎを開いて空へかかげる。薫子はしばらく黒雲を睨みつけた後、檜扇を手にゆっくりと舞い始める。船岡山ふなおかやまの周りに幔幕が現れ、にぎやかな三味線の音が風に乗って聞こえてくる。やがて雷は止み、その音の風によって黒雲は吹き飛ばされる。

「流石だね、薫子。おゆうさんの異能の力は、花札の異能の持ち主の中でもかなりのものだよ?」

「私も、少し前なら破れんかったと思います」

薫子は、額の汗をハンカチで押さえて言った。

「前よりももっと、私にも頑張れることがあるって気づいて……前向きに頑張りたいって思わしてもらったから、成長できたんやって思うんです」

「あかよろし。「君たち」は、いい仲間になれると思ってたんだ」

「えっ」

きょとんとする二人に、松鶴しょうかくは笑って、船岡山ふなおかやまの敷地に足を踏み入れた。

一文字いちもんじ

菊重あきしげも一文字菊の光の槍を手にすると、松鶴しょうかくに続いた。その後ろに、薫子が歩く。

「ーー来たか」

天から女の低い声が降ってきて、菊重あきしげ咄嗟とっさ松鶴しょうかくの前に出て構える。

「また邪魔をしに来たよ、おゆうさん。貴女の気持ちは、もう随分ずいぶんと前から知っているから……。ーー私個人としては、おゆうさんには幸せになって欲しかったんだけども」

木々の間から、鬼の手に乗った雨ノ辻が現れる。

「ハッ、どの口がそれを言う。それに後ろの芳春よしはるの娘は、そういうつもりは無いらしいぞ」

薫子は、憎々しげに父のかたきを睨みつけている。

「彼女は彼女だよ。私にとっては、芳春よしはる君にも、かつての仲間である君にも、碧梧へきご君にも、伊織君にもーー皆に、幸せになってほしかった」

松鶴しょうかくの瞳に、彼の無念や哀しみの気持ちが映し出されている。

「今でもーー何故共に戦い笑いあった私達が、殺しあわねばならないのかと……そう思わずにはいられないよ」

其方そなたがそれを言うかーー!?」

雨ノ辻が、松鶴しょうかくを睨み付ける。

「異人にへりくだって我が国をないがしろにする、愚かな現人神てんのう其方等そなたらがその犬として、政府に服従まつろわぬ「人ならざるもの」たちや、それを崇める我ら一族ーー土蜘蛛ツチグモにトドメを刺したこと、決して忘れはせぬ……!松鶴しょうかく其方そなたを信じていたというのに……ッ!!」

「……そうだね。その怒り、否定できるものか」

雨ノ辻の想いを受け止めるかのように、静かに真っ直ぐ彼女を見つめる松鶴しょうかく

「なら死ね!!美吉野芳春みよしのよしはると同じくな!!ーー天泣柳てんきゅうなぎら!!!」

無数の柳の矢が、暗い空から雨のように降り注ぐ。それはまるで、雨ノ辻の悲痛な涙のようだ。菊重あきしげと薫子は、風のうなり声のみ感じる見えない攻撃に、辺りを見回した。松鶴しょうかくは、二人をかばうように身構えた。

「ーー常葉ときわ

硬質化した松葉が飛んできて、柳の矢を全て打ち落とした。そして松鶴しょうかくに襲いかかってきた鬼の手を、杖で打ち払った。

「松鶴さん!!」

菊重あきしげが助太刀に入り、雨ノ辻と睨み合う。雨ノ辻はニヤリとした嫌な笑いを浮かべるが、菊重あきしげは逃げずに雨ノ辻から目をそらさなかった。

宿柳絮やどりりゅうじょ…!」

菊重あきしげの胸に、暗い種が芽吹き絡みついていった。

【漢字の間違い?】

今回書いていて初めて知ったのですが、まつろわぬという言葉は、本当は「服わぬ」と書くんですね。

雨ノ辻の口調的に、どうしてもこの表現を使いたかったのですが、まつろわぬって意味が分かりづらいと思ったので、敢えて本文では「服従わぬ」としています。

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やばいやつの短編もよろしくお願いします♡
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