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もしも浪漫竒譚~あやかしと生きる民らの黄昏  作者: よーじや
第三章 畿内強襲計画阻止命令/京都・大阪編
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④土蜘蛛の民/船岡山の戦い 中編





暗闇。





前後左右上下全て分からない中、僕は暗闇から伸びた手に引かれていく。





苦しい。





僕はがぼり、と大きな泡を吐いた。




ーー全て分からない?


いや、分かるはずだ。

僕は分かろうとしなかっただけだったんだ。

僕がもがけば、ほおや手に泡が当たる。そこで僕は、光の当たらないこんな場所でも、僕をつかむ手が、どこに連れて行こうとしているか分かった。


(僕は、生きな)


僕は、泡と共にもがいて上を目指す。しかし完全に思うがままに浮上するには、僕を引きり下ろそうとするこの手が邪魔だった。暗い水底みなそこから伸びている、青い月明かりに照らされた黒いかいな。僕は、半年前に見た悪夢と同じように、それが濁った目をした継父・庄右衛門しょうえもんのものだと思って覚悟を決めた。


(僕は、水面みなもに出た時の景色を知ってる。あったかい空気も、目指す灯台も、追う背中も分かってる。でもーー僕は、もう、一人で泳いでいけるざ……!)


僕は、黒いかいなつかみ返して、暗闇から乱暴に引き上げた。宿敵である育ての親には絶対に負けぬとりきんだけれど、思ったよりも簡単に引き上げられて、僕の方が拍子抜けしてしまった。そして、幽霊のようなうつろな瞳と目があった。青白い顔を見て僕は思わず、がぼりと海水を飲み込んだ。






自分だ。


自分の死体だ。






僕はパニックになって、空気を吐き切り、息ができなくなる。わけがわからないままおぼれる。



(死ーー)



死ぬ。そう思いかけて、ふと信じられないくらいに静かな気持ちで、僕は水の天井を見上げた。

(誰も助けてくれん。分かってたはずなのに、心の中じゃァまだ、他の人にしかかってたが。僕は、僕自身で、何をしてでもい上がらなあかんのにの)

僕は、自身の死体を引き寄せる。そして、その冷たい唇に自分の唇をあてがった。死体に、それも自分のものに口をあてがって魂をさらすなど、背筋がぞわりとして泣きそうだった。しかし今この状態で頼れるのは、他ならぬ自分自身しかいなかったのだ。

(あれ……苦しく、ない……?)

不思議と息をするたびに、引き寄せた自分の死体が温かくなっていく。そして、自分の死体だと思っていたものは、キラキラときらめいて僕の口へと吸い込まれていった。海中だというのに呼吸ができて、身体中が温かく、不思議な活力に満ち満ちる。頭もはっきりとして、異能の力も胸の内で燃えている。僕の全身から、光が放たれている。


ーー敵の術は、菊重おまえの心をむしばむもの。菊重おまえが自身と向き合い、それを破ったことで、更に異能の力を得たのだ。


(「菊にさかずき!」……)


冷静になった僕は、月明かりが差す水面を見て、次に暗い水底みなそこを見た。そして、暗い水底みなそこに泳いでいくことに決めた。宿柳絮やどりりゅうじょの幻想におびえた前回には気付けなかったが、この恐れの種が雨ノ辻の技である以上、ある程度雨ノ辻と繋がっていると思ったのだ。実際にもぐっていくと、海の奥底に近づくにつれ、沢山の人の遺骸いがいとすれ違った。


ーーさしずめ、宿柳絮やどりりゅうじょ餌食えじきになった者たちの、精神の墓場だな


僕は「菊にさかずき」の言葉に、こくりと頷いた。

そして闇の底に辿たどり着いたとき、一人の長髪の男が、刀で胸を一突きされた姿で沈んでいた。菊重あきしげは、一つだけ様子の違う遺骸いがいを疑問に思い、底に降り立って近づいてみる。


ーー美吉野芳春みよしのよしはる……!しかしあれは……呪縛霊じゅばくれいのようなものだな


「えっ……?!」


僕は慌てて男に駆け寄る。男は血の気を完全に失った顔で目を見開いて、乱れた長い髪を海中にただよわせながら、仰向けに倒れていた。ーー確かに、薫子と桜子の父親だ。しかし、屋敷の写真で見た姿と違い、むご遺骸いがいとなっている。淡く美しかったであろう、桜鼠さくらねず色の着物には、既に黒い血がたっぷりと染み込んでしまっている。その身体には、柳の枝がしっかりと巻きつけられていた。僕は胸に刺さる刀を引き抜こうとしたけれど、何故かびくともしなかった。

薫子と桜子が知れば、どんな思いをするだろうか。僕は柳の枝を切って何とかできないだろうかと、枝に手を触れた。


(ーーッッ!!)


僕の脳裏に、どろりとした黒い感情が流れ込んだ。酷い目眩めまいがして、視界が歪む。その暗さと重さに思わず手を離し、訳もわからないまま胸を押さえる。脳の不快感が吐き気となって、一拍いっぱく遅れて処理されてきた。


「……あんたの力ァ、るざ。「菊にさかずき」……!」


ーーよかろう、菊重あきしげ


「菊にさかずき」の清涼な異能の力が、黒い感情を中和してくれる。僕は深呼吸すると、意を決して再び枝に手を触れる。

(う……ッ)

再び酷い目眩めまいがして、視界がゆがむ。頭が強く揺さぶられるようだ。意識が遠くに飛んでいきそうだ。

遠くで、女の悲痛に叫ぶ声と、男が静かに答える声がする。脳裏に浮かぶ、星明かりのもと焼ける村。そして吐き気がするほど強烈な、鉄の臭い。「自分」は誰かの亡骸なきがらを抱きながら、髪を振り乱しながら男を睨みつけ叫んでいる。「自分」は女らしい。そして、睨みつける先には、かんざしで流れるような黒い長髪をまとめた男ーー芳春よしはるがいた。

芳春よしはるの静かな声に、女はなおも激昂げっこうして声を荒げる。涙が止まらない。視界のすみに、長い白髪しらががちらりと映る。女の心は今、悲しみと絶望と、諦めと怒りの感情の奔流ほんりゅうに飲み込まれ、我を失っていた。否、「自分」が失われていく。

(「僕」が、呑まれる…?!)

僕は血の気が引く感覚を覚えながらも、激しく黒い感情の渦に、自分で考えることができなくなっていた。


殺ス……!殺シテヤル……!!


(あ……違う……!「僕」は、殺したくないざ……!!)


僕は必死で、女の思いを振り払い、僕自身の気持ちを思い出す。


(僕はおじゃない…!芳春よしはるさんから、僕から、離れろ!!!)


ーー菊理媛命きくりひめのみことから借り受けた力、今こそ菊重おまえに使わせてやる


自分の本当の目的を思い出した瞬間、「菊にさかずき」の声が、まるで自分自身かのようにはっきりと聞こえた。そして、僕の想いに応えて異能の力が発動する。否、異能の力によりみちびかれているのは、自分の方だ。

僕に宿る付喪神つくもがみも、力を貸してくれた神も、あくまで彼らの目的を果たす為に、僕を媒体ばいたいーーつまり「道具」として利用しているのだ。自分が意識していないだけで、本当は異能の力を使う時は、いつもこうだったのだと、僕は思い知った。

そして今、「僕の目的」と「神の目的」は完全に一致した。かつてない力が、僕の体をビリビリ震わせて走り抜ける。




(この酒向さこう菊重あきしげを操るのはーー許さん)






「汚れを払い給えーー久久理払くくりばらい!」






パン、と小気味いい柏手かしわでを打つ音が響く。僕は女の幻影げんえいーー雨ノ辻の記憶から引きがされ、海中の世界に引き戻された。

柳の枝にからめとられ、胸を刀で一突きされていたはず芳春よしはるの亡霊は、今は呪縛じゅばくから解かれていた。雨ノ辻の記憶の中よりも老けていたが、黒い長髪をかんざしでゆるくまとめた、はかない雰囲気の美しい男だった。桜の花と同じく、風にさらわれそうな雰囲気のこの男は、僕に何かを伝えようと口を開く。

「……わ、る、い、ね…?……た、の、む、よ、……?まさか、薫子さんと桜子さんの、」

芳春よしはるはふっと笑うと、海の泡となって消えてしまった。いつのまにか水底みなそこの闇まで差し込んでいた光の柱に、泡はみちびかれるように上っていく。

「……待って!待ってください!!何か他に、伝えたいこととか……」

僕は必死になって、光の強い方へ上っていく泡を追いかけて泳いでいく。しかし、泡は何も話さない。




僕は、いつの間にか光に包まれていた。




菊重あきしげが目を覚ますと、薫子が菊重あきしげの前に立ちはだかっていた。

「ぐ……っ!おのれ……宿柳絮やどりりゅうじょが、酒向伊織の息子に突破さえされねば……!!」

「はぁ……はぁ……酒向さこう君には、絶対手出しさせへん……!お父はんのかたき、取らして貰おか!」

ジリジリと睨みあい、再び二人は桜が舞う中武器を交える。菊重あきしげを、自身が召喚した天女と共に守っていた松鶴しょうかくは、菊重あきしげが目覚めたことに気がついた。

「おや……?」

菊重あきしげの身体は、宿柳絮やどりりゅうじょで痛めつけられたはずなのにも関わらず、異能の力に満ちあふれていた。「菊に盃」と二柱の水神の力、そして借り受けた菊理媛命キクリヒメノミコトの力を、最大限に引き出すことに成功したのだ。

菊重あきしげ君、君って子は…まさに神と和をし、その依代よりしろとなるかんなぎなんだね」

菊重あきしげは、笑った。

「僕はきっと……何にも無いし、何でもないだけなんですよ」

重たい身体を起こし、菊重あきしげは目をつむる。皆の和を願う、優しい神から借り受けた縁の力を、「菊にさかずき」に引き上げてもらう。

「花札の異能の力の、その先ーーそろえ、「花見酒」の役!久久理結くくりむすび!」

闇夜の中、菊重あきしげの姿が淡い光に包まれる。

「薫子さん!!」

菊重あきしげは薫子に叫びながら、手をかかげる。菊重あきしげの中の「菊にさかずき」が、薫子の中の「桜に幕」と呼応する。薫子は不安そうに視線を彷徨さまよわせたが、ハッとした様子を見せてから、菊重あきしげと真っ直ぐ目を合わせてきた。

「これは……?!」

「くっ……小癪こしゃくな……ッ!」

松鶴しょうかくと雨ノ辻が、驚きに目を見開く中、菊重あきしげと薫子の視線がかち合ったところから、静謐せいひつな闇が広がっていくーー

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やばいやつの短編もよろしくお願いします♡
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