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もしも浪漫竒譚~あやかしと生きる民らの黄昏  作者: よーじや
第三章 畿内強襲計画阻止命令/京都・大阪編
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「萩に猪」と「牡丹に蝶」と/6年前の話 中編

シマが男たちに肉迫にくはくし、糸で巨大な針を引き寄せて正面から突く。男の一人がまともに喰らい、ずるりと倒れた。シマは針を男から引き抜くと、血でれた針を敵に向ける。

「女だからって、舐めちゃダメだよ!」

流した髪の毛が、さらりと夜風になびいた。普段は笑顔に細められるその目は、容赦のない女戦士の鋭い眼光を宿す。ヒュッと風を切り、シマは針を振りかぶる。

「おらァ!」

八橋やばせもまた、二振りの刀を闇の中でひらめかせ、シマの背中に斬りかかる男を斬り伏せた。異能の力はそこまで強くない二人だが、敵無しと言えるほどの武闘派だった。

とはいえ、二人対多数。しかも、相手の男たちの様子がどうもおかしい。斬られても物を言わない上に、怯まずにどんどん向かってくる。そして何よりーー

シマさん!こいつら……」


ーー切っても切っても、立ち上がってくる。


「……屍人しびと?!」

夜闇にまぎれて分かりづらいが、彼らの流す血や体液によって腐臭ふしゅうがまき散らされていく。八橋やばせほほについた、腐臭をただよわせる黒い血をぬぐう。

「くっ……吐きそう」

シマが青い顔でつぶやく。

自分たちが、意志のない操られた亡骸なきがらを痛めつけているという事実と、戦いの中で腐った肉と血を浴びつづけている現実が、二人の心身に強烈なダメージを与えていた。

「フフフフフフ……いい景色、そう思わへんか……?」

この凄惨せいさんな光景にそぐわない、恍惚こうこつとした声。月明かりの下、西欧貴族のようなフリルのついたシャツに身を包んだ男が、一人笑っていた。

黄昏野田たそかれののだ

辺り一面が、急に夕焼けの赤に染まる。屍人しびとと藤のむせ返るような甘い匂いがして、シマ八橋やばせは吐き気に一層顔を青くする。異能の力を使った男は、ふわふわした髪を撫でつけながら、自己陶酔の塊のような、芝居がかった仕草で二人に歩み寄ってくる。

「おお!異能の力の兄弟!せっかくの出会いやねんけど……君たちも黄泉行き、や!」

二人は彼の顔を知っていた。名取精十郎の客の中でも、最も危険視されていた男ーー

玉坂たまさか藤匡ふじまさ……!」

屍人しびとを斬り伏せながら、八橋やばせ藤匡ふじまさにらむ。彼は有名な大企業・玉坂印刷の社長だ。彼は様々な場所に支援をし、新たなビジネスを始め、その関係から様々な場所に顔を出していた。その彼の本性がーーまさかこのような姿だとは、二人は夢にも思わなかったわけだが。

「ーー死出遣しでのつかい

藤匡ふじまさの右手に、巨大な鎌が現れる。しかし、シマ八橋やばせもそれどころではない。目の前の、決して倒れることのない屍人しびと達で手一杯なのだ。

シマはまた屍人しびとを打ち倒し、高らかに叫ぶ。

嘉吉かきつ君、あとは頼んだからね!ーー猪自物ししじもの這伏いはいふし!!」

シマが使える、唯一の異能の技。それは周りの者たちを、圧倒的な重圧で地に伏せる力だ。それは屍人しびと達も、藤匡ふじまさも例外ではない。まるで磁石が磁力にあらがえぬように、呆気なく屍人しびと達と藤匡ふじまさは地に伏した。

「くっ……おのれ、ここまでは完璧やったっていうのに……!」

異能の力を使って動けないシマに代わり、八橋やばせ藤匡ふじまさに刃を向ける。今この瞬間、自由なのは彼だけだった。

「終わりだ……ーーッ!!!」

八橋やばせによって、藤匡ふじまさの首が切り落とされる。生温かく赤い血が吹き出して、結界として張り巡らせられた、黄昏と藤の世界は儚く消えた。

辺りには、屍人しびとと血だまりだけが残った。シマは異能の力を使った反動で、目眩めまいがして崩れ落ちた。

シマさん!!」

八橋やばせシマに駆け寄ると、シマを抱き起こした。

「ああ……ごめんね、嘉吉かきつ君」

「そんなことぐらいで謝るなよ!……嶋さん、本当に助かった。ありがとう……!俺ァ本当に……もう、ダメかと思ったわ……」

近くで戦いの音がする。川の向こう側で、光が明滅めいめつしている。八橋やばせは迷った。こんな場所にシマを置いておくのは嫌だったが、早く二人を助けに行きたいと思っていた。

「……嘉吉かきつ君、いいよ。はやく行ってあげて」

シマさん……。せめて、しげみに連れて行かせてくれよ」

八橋やばせシマを背負い、血溜まりの中から近くの木陰まで運んで行った。

「皆を早く助けてあげてね。お兄ちゃん?」

「……お兄ちゃんって。シマさん、俺は……」

シマの人差し指が、八橋やばせの唇をふさぐ。動揺して目を丸くする八橋やばせに、シマはクスリと笑った。

「ちゃんとここで待ってるから、早く行きなさいっ」

「絶対に、待ってろよ!」

八橋やばせは深くため息をくと、シマを残して川の向こう側へ急いだ。シマ八橋やばせの後姿を木陰こかげから見送って、辺りを不安げに見渡した。



おびただしい数の死体。


死体と共に渦巻く「人ならざるもの」ーー怨念おんねん


そして、それを操っていた藤匡ふじまさの離れた首と胴。虚な目。



正直、怖かった。泣きたかった。逃げたかった。投げ出したかった。しかし、弟のように可愛がってきた鶯梅おうばいと鹿島に、もしものことがあるよりは数百倍、この地獄を我慢する方がマシだっただけだ。

(いのに会いたい……!嘉吉かきつ君、早く帰ってきて……!)

数時間前にいた、きらびやかな世界からそう遠くない場所に、こんな悲惨な場所が存在するとは誰が知っているだろうか。かろうじて、今が夏ではないことが救いだった。

シマは、我が子のあどけない笑顔を思い出して涙を流した。


この仕事は、悲しいことが多すぎる。


「人ならざるもの」と関わることは、姿形にとらわれず、魂や本質同士で関わることが多い。だからこそ、一般の人より悲しい叫びを聞くことが多くなってしまう。

そして自らも、その悲しみに浸りたくなる時がある。ーー愛していた家族が、一斉に旅立ってしまった時とか。今、とか。

そんな時に、自分を奮い立たせてくれたのが、いのの笑顔だった。いののために、強くあろう、決して負けないでいようと頑張れた。けれど今は、身体も疲れ切って、心も強くいられない。

(操られていたとはいえ、一度眠った人を傷つけた。冒涜ぼうとくした。いっぱいケガレを浴びてーーもう、たくさんだ。早く休みたい……)

一度涙が出てしまうと、もう止まらない。ポロポロと、次から次へと大粒の涙があふれてくる。今まで頑張ってきた反動か、シマは子供のように泣きじゃくる。

(都へ、帰りたい)

しかしその時、わずかに砂を踏む足音がした。

シマは緊張に身体を強張こわばらせる。気がつけば、戦いの音はこちらに近づいていた。

(しまった……)

戦いの中で戦いを忘れるなど、普段のシマならありえないミスだった。シマは冷静さを取り戻して思わず悔やむが、もう遅い。シマ挽回ばんかいしようと、すぐに辺りの様子を窺った。

「ーー授鳳車さずけほうしゃ

茂みの向こうに、走りよる割腹かっぷくの良い男ーー名取精十郎がいた。彼は辺りを見回すと、月明かりの下で藤匡ふじまさに一匹の光るアゲハ蝶を飛ばす。アゲハ蝶は藤匡ふじまさの胸に入ると、一人でに頭と首が動いてくっついた。

(ーー!!)

シマは思わず息を呑み、針を構えてそっと戦闘態勢を取る。しかし、異能の力を使った反動がまだ残っている。

異能の力を使った精十郎もまた、よろけて膝をつく。そして、死んだはずの藤匡ふじまさがーーむくりと起き上がった。

(いき、かえった……ーー!)

シマは、緊張で乾いた口で、ごくりと唾を飲み込んだ。

藤匡ふじまさは本調子な様子ではなさそうだ。とは言え、少しふらつきながらも立ち上がる様子を見る限り、今のシマが太刀打ちできる状況じゃない。シマの額から、冷たい脂汗が流れる。

「玉坂はん……どうやら、先に始末せなあかんネズミがおるようやなァ」

丸眼鏡を押し上げ、煙管きせるを手に精十郎がこちらを見る。シマはドキリとして、針を持つ手が強張こわばる。いつも精十郎がたたえていた柔和にゅうわな笑みは、今では氷のように冷たい。

「フフフフフフ……お返し、して差し上げへんとなァ!」

赤黒い血で汚れた藤匡ふじまさが、目をらん々と光らせて笑う。

(あはは……どうしよ。いけるかな……)


絶体絶命ーーシマは意を決して、戦いの音がする方に逃げ出した。

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やばいやつの短編もよろしくお願いします♡
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