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もしも浪漫竒譚~あやかしと生きる民らの黄昏  作者: よーじや
第一章 京城事変/京都編
14/90

⑥変化/人日の節句

国都を襲った危機を、一つ退しりぞけた「神和警邏団かんなぎけいらだん」。

しかし、その被害は甚大じんだいなものだった。


最も重傷なのは、警邏団けいらだんの一員ではない蝶だった。

一度死んでしまった八橋やばせのダメージを一手に引き受けた上、異能の力も使い切ってしまったため、この屋敷で数ヶ月にわたって過ごしている。八橋やばせは傷は多少あったものの、異能の力を使い切ったぐらいで済むことができた。

鹿島は、蝶程ではないがかなり重傷だ。ツバメと対峙たいじした後に、定九郎にしぼりあげられたせいで、首をはじめ身体中が骨折やむち打ちだらけだ。こんな状況なので、現在「神和警邏団かんなぎけいらだん」が手に入れられる情報は、かなり限られてしまっている。

菊重あきしげもまた、雨ノ辻に散々踏みつけられたせいで、骨折してしまっていた。とはいえ、鹿島と比べたらまだマシである。

鶯梅おうばいと薫子はほぼ精神的なダメージで済んだが、八橋やばせと共に「神和警邏団かんなぎけいらだん」としての活動に追われていた。

松鶴しょうかくもまた、大技を使ったせいでしばらく寝込んでいたが、復帰後にはすぐに三人のサポートに回っていた。




「まさか、この屋敷を避けてたあたしが、ここで正月を迎えて、更にまだ居座る事になるとは思わへんかったわ……」

蝶は遠い目で溜息をつく。

「いのは、蝶ちゃんに毎日会えて、お正月も一緒に過ごせたのは嬉しいよ!」

「あは、せやね!あたしも、いのと一緒にれるのは、楽しいで。ほんなら、いの。またみんなの分も神様かみさん仏様ほとけさん挨拶あいさつよろしゅうな?」

「うん!用意してくるね!シゲちゃん、待っててね!」

「うん、わかった。」

いのが出ていった後には、菊重あきしげと鹿島が客間に残った。鹿島は皆が留守の間に蝶と話したい、と菊重あきしげに言って連れてこさせたのだ。彼はいまだに松葉杖と首のギプスが取れず、不便な生活をしている。

「はあ……いのに会えるのは良くても、何度も三途の川の縁まで行く羽目になるんは、いーかげん堪忍かんにんしてほしいわぁ……」

「ごめんな、蝶子。」

楓助ふうすけに謝っていらん。」

「……何喧嘩してるんですか、久しぶりに話したってのに」

そう、蝶が目覚めたのはつい一週間ほど前だ。そして、元気に話すようになったのも、ここ数日の話なのだ。鹿島も骨がくっつくまでは、自分の部屋から移動できなかったので、二人は本当に久しぶりに顔を合わせている。

「蝶さんも、楓助ふうすけ兄さんも、僕たちがいない間に自分で移動できないんだから、喧嘩しないでくださいよ?」

「あはは、……すまん」

菊重あきしげが、鹿島が謝ったことを疑問に思ったところで、いのがふすまを開けた。鮮やかな赤と白の南天なんてんの着物が正月らしい。巾着きんちゃくも、着物と同じ布を使っているらしい。

「いのー!可愛いなぁ!!」

「えへへ。ありがと、フースケ兄ちゃん。これ、薫子ちゃんのお下がりみたいなのよ。明日は桜子ちゃんのお下がりを着せてもらうの。」

いのがくるりとその場で回ってみせる。確かに、色合いとしては薫子が好みそうだ。

「いのちゃん、早速街へ見せびらかしにいこっか」

菊重あきしげは、外套コートを羽織って革手袋をし、紺色の襟巻マフラーを巻いて立つ。この正月の挨拶回りは、菊重あきしげと桜子といので担当しているのだ。

「うん!シゲちゃんの怪我に人がぶつからないように、いの頑張るね!」

「……ふふ、ありがとう。よろしくね。じゃ、行ってきます!お昼には帰りますね。」

笑顔で手を振る菊重あきしげといのに、鹿島と蝶も手を振り返す。そして、桜子たちの玄関の話し声が聞こえなくなってから、鹿島が真顔で口を開く。

「……で、蝶子。話したいことがあるんだけど。」




菊重あきしげと桜子といのの三人は、元旦からずっと都の寺社に挨拶あいさつもうでをし続けていた。都には寺社が多く、十歩歩いたら寺社に当たるといった調子のため、歩きで街を巡らなくてはならないのだ。

しかし、そんな日常に慣れた桜子といのは、訓練をしているわけでもないのに、涼しい顔で歩いている。

七草粥ななくさがゆ食べると、もうお正月も終わりやね」

「もう少しで春だねー!お山の雪も、そろそろ無くなるかな?龗神おかみのかみ様も、そろそろ雪降らせること少なくなってきたね!」

寒さは極まったが、こよみの上ではもうすぐ春。布団や火鉢ひばちが恋しい季節とも、もうすぐお別れだ。

「あの、二人とも。もし知っていたら教えてほしいんですが、高龗神たかおかみのかみに似た神様や仏様って、いるんでしょうか?」

菊重あきしげは、身動きが取れない間、四ツ塚での戦いの時に思い出した龍神について、松鶴しょうかく鶯梅おうばい書斎しょさいで調べていた。しかし、行き詰まっていたのだ。

「水……?それだと、別のとこまつられてる善女龍王ぜんにょりゅうおう様とか、諏訪すわの神様とかかな?」

「でも、お姿は似てはらへんと思うよ?それなら、高龗神たかおかみのかみ分霊わけみたまの方があり得そうやと思うなあ。」

「あっ、それかもしれません!二人とも、ありがとう!」

ぽんと手を打って目を輝かせる菊重あきしげに、いのは寂しそうに笑う。

「いのも、みんなみたいに異能の力で助けられたらいいんだけどなぁ。いの、まだ小さいからっていつもお留守番……」

「大丈夫よ!ねっ、異能の力が使えへんでも、助けられることはたくさんあるんやから…」

桜子が確認するように、すがるように、菊重あきしげを見る。桜子もまた、不安なのだ。異能の力が使えない身で、皆を危険な場所へ見送らなくてはならないのだから。

「いのちゃん、桜子さん。僕は充分助けてもらってますよ。僕は仕事して帰ってきたら、美味しいご飯が待ってて、皆とゆっくりする時間を過ごさせてもらえて、すごくほっとするんです。そんな時間がなかったら、僕は死んじゃいますよ。」

あははと笑いながら、菊重あきしげは胸に暗い影が落ちたのを感じる。

(今でこそ、この生活が無きゃいられん体やが、来たばっかの時はこの二人から逃げつんてばかりやったなァ……)

「桜子さんは、こういう挨拶回りや細々とした書類の整理なんかをやってくれて、僕たちが「人ならざるもの」に対処するのに集中させてくれてるの、凄く助かってるんですよ。いのちゃんも、そんな桜子さんを助けてくれている。二人が居なかったら、「神和警邏団かんなぎけいらだん」はここまで戦えなかったって、本当に思ってるんですよ?」

いのは首を傾げて「ふーん?」と首をひねっていた。桜子は、少し泣きそうに笑った。

「そう、かなぁ?あは……そう思ってくれるんなら、嬉しいなぁ」

菊重あきしげは思わずぎょっとしたが、桜子を少し乱暴にどついた。

「何言ってるんですか!皆、きっとそうですよ。だから、早く帰りましょ!」

「あはは、暴力はんたーい!」

いのが笑って、桜子と菊重あきしげの間に入って通せんぼする。


ここまでは、平和な日だった。




屋敷に帰ると、不思議と空気が重い。

「ただいま帰りました」と言って下駄げたやブーツをそれぞれ脱いでいると、お手伝いの一人がやってきて、声をひそめる。

「皆さん、鹿島さんが蝶さんに何か言いはって、大喧嘩したみたいで……そっとしておいた方が、ええかもしれまへん。何せ、蝶さんは病み上がりやって言うのに、えらい大声出して怒ってはったから……」

「えっ、楓助ふうすけ兄さんは今どこです?まだ客間ですか?!」

お手伝いは首を横に振る。

「私が肩を貸して、鹿島さんは部屋に戻りはりました。」

「フースケ兄ちゃん、何してんのー?!」

頓狂とんきょうな声を上げるいのに、お手伝いはしーっと人差し指を立てた。いのはぱっと口を両手で押さえる。

「とにかく、用意してもろたお昼は、私が蝶さんに持っていきます。菊重あきしげさん、楓助ふうすけさんを頼んでもよろしい?」

「ぼ、僕が?!……あまり、その……人の気持ちを思いやるということには、期待できないと思ってくださいね……?」

菊重あきしげは溜息をつき、渋々承知した。




菊重あきしげです」

「シゲ?入れよ」

ふすまを開いてお盆を持って入ると、たたみの上に絨毯じゅうたんを引いた上に置いた椅子に、脚を投げ出した格好で座った鹿島がいた。

「……はは、悪いな」

鹿島が複雑そうに笑う。

「……僕は気が利かないので、思ったことをそのまま言います。どうしたんですか?楓助ふうすけ兄さんらしくもない。人を怒らせるとこなんて、僕初めて見ましたよ」

鹿島は、目をしばたたかせながら「あー」とか「んー」とか言って要領を得ない。頭の回転が速い彼のこういう姿も、菊重あきしげは初めて見る。

「……いずれ分かることだから、いっそのこと俺の口から言うべきだとは思っているんだが……」

覚悟を決めたように、鹿島は目を閉じて深呼吸をする。そして、菊重あきしげ見据みすえる。

「……蝶に、告白したんだ。愛していると」

「へ……っ?」

菊重あきしげは、目をぱちくりして聞き直す。

「こ、こくはく?!」

菊重あきしげは、重陽ちょうようの節句の宴会でのことを思い出した。あの時言っていたことは、明言は避けていたが全て蝶のことだったのだと、今更気がついた。

鹿島は窓の外をながめた。

「死ぬと思った時、物凄く後悔したからな。ずっとあいつを見ていたけど……もう、我慢はするまいと思ったんだ」

菊重あきしげは、寂しそうだがすっきりとした鹿島の笑顔に絶句した。その笑顔の明るさを見て、鹿島が今までどれだけ自分を抑え込んできたか、分かるような気がしたからだ。

「……まぁ、余計なことも言ったがな。何言ったかまでは、お前にゃ言わないが」

「よくわかりませんが、僕は楓助ふうすけ兄さんがそうやって笑えることは、悪いことではないと思います。蝶さんに何を言って怒らせたかによっては、僕も怒るかもしれませんが」

「ありがとな」

鹿島はくしゃっと笑うと、手を出して昼餉ひるげぼんを受け取る。菊重あきしげは盆を渡すと、さっと鹿島の部屋を出た。


雪解けと共に、また新しい世界が作られていく。変わっていく。

菊重あきしげは、胸のざわめきを感じながら廊下をとぼとぼと歩いていった。


(僕も、はっきり決着つけなあかん事があるが)


菊重あきしげは、重い溜息をいた。

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やばいやつの短編もよろしくお願いします♡
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