第81話 間章:星の牙、神隠しにあう
セイラン首都、コンゴウの東にそびえる高い山、キサキ山。
僕達はその麓に立って、黒く見える山を見上げていた。
「もう一度確認するね、レイナさんから依頼されたのは山の調査。もしも行方不明者の遺品が見つかれば回収。ユウリィ、ミルキーは魔法で周りの索敵、ルイと私が目で見える範囲で主に確認。時間は夜まで……って言いたいところだけど、もうすでに暗いわね」
最後は苦笑いしてそう言ったアンナ。
セイランは雨が多い国で、今も小雨だけど降っている。
当然日の光もなくて、暗い。
「シエルエイラやマルク・マギカが恋しいわね。……こうも悪天候だと、流石にどんよりしてくるわよ」
「幽霊も出るかもしれませんしね」
「で、ででで、出ないわよ!」
とはいえパーティ全体の空気は悪くない。
今回の依頼も調査が主で、そこまで難しくない部類ではある。
けれどギルドが派遣した冒険者パーティの数人が行方不明になっているから、油断は禁物だ。
「じゃあ、いくわよ」
アンナと僕たちは頷き合って、山へと足を踏み入れた。
踏み入れた瞬間に何かを感じるかなと思ったけど、今のところは何も感じない。
雨で少しぬかるんだ道を進む。途中で魔法に反応があったりしたけど、一般的なセイランの魔物だった。
「……ギルドや街に居た冒険者の方に聞いたのですが、人がいなくなる直前、少し寒気がしたとか」
「ああ、僕も聞いたよ。僕が聞いた人は重い雰囲気だった、って言ってたかな」
ユウリィの言葉に同意して、山を登る。
進んで進んで、けれど出てくるのは普通の魔物ばかり。
それなりに強い部類ではあるけど、先生の元で学んだ僕らの敵じゃなかった。
そうして危うげなく山を歩くけれど、やっぱり行方不明者の残した物は何一つ見つからない。
時折茂みの中なんかを見てみたけど、それでも見つからなかった。
「道じゃなくて、外れたところで消えているとか? でもそんなの聞いたとき誰も言ってなかったわよね?」
「うん、その筈よ。本当に霧のように居なくなってたって、そう言ってたわ」
「うーん、なんだか気味が悪いわね。ちょっと怪しいけど、嘘を言っている様子はなかったし、まさかコンゴウ全員で私達を騙そうとしているとも思えないし……」
ミルキーの言葉を聞いて、僕は不意に先生の言葉を思い出した。
『冒険者は、なんでも疑ってかかるもんだ。人、物、時間、場所……それらを否定しろとは言わねえが、何があっても冷静でいられるように信じ込むことだけは止めろ。思考を止めるな。考えるのを止めたら、いざって時に抜け出せねえぞ』
この場合、疑うのは何か。考えるべきは何か。
「…………」
考えても考えても、今の状況じゃ何も出てこなかった。
先生も「といっても、最初はイヴも出来てなかったんだがな」と言っていたし、難しい。
「あら?」
そんなことを思っていると、先行していたアンナが声をあげた。
その視線の先には、横穴。
「……洞窟?」
「聞いた話ではキサキ山は確かに複数の洞窟があり、それらが繋がってもいる、と言っていました」
「うん、僕もそう聞いた。ちょっと覗いてみる」
皆に声をかけた後に僕は中を覗き込む。
目を瞑って集中するも、聞こえるのは外の雨だけ。
風は感じないけれど、中があまりにも入り組んでいると全く感じないとかもあるのかな。
「うーん、気配はなさそう? あとどこかに繋がっているわけでもないかも」
「一応中を調べてみる? 何かあるかも」
「そうね、ちょっと雨にもうんざりしていたし、屋根が欲しいっていうのもあるわ」
皆の頷く顔を見て、僕は先に洞窟へと入った。
やっぱり風を感じない。音もなければ、人や魔物の気配もない。
すぐに僕に並んだアンナも同じことを感じたようだった。
「何かあるといいけど……」
ユウリィが出してくれた光を頼りに、中へと入っていく。
洞窟の中だからかもしれないけれど、どこか不気味に感じた。
なんだろうか、この気味の悪さは。
「ね、ねえ? なんか嫌な感じじゃない?」
「確かに……なんでしょう、この感じ……」
「ゆ、幽霊じゃないわよね!?」
焦るミルキーの言葉を聞いていると、目の前を歩くアンナが立ち止まった。
「ちょ、ちょっとアンナ!? まさか、まさか本当に幽霊!?」
「ううん、行き止まり」
「なによ! そうよね、行き止まりよね!」
今日のミルキーは忙しいなぁ、なんてことを思いながら、前を確認する。
行き止まりになっていて、特に何かが落ちているわけでもない。
「ただの洞窟みたいだね」
「そうね。引き返そうか」
アンナと頷き合った時。
重力を、浮遊感を感じた。
「え!?」
「なになに!?」
「ちょっ……」
「っ!?」
驚き戸惑う皆。
僕はそれでも何とかしようとしたけど、気づいたときには視線は下がっていて。
結局何もできずに、僕らは穴の中へと落ちていくしかなかった。
◆◆◆
「っ!? まずっ!」
「ユウリィ、合わせて!」
ユウリィとミルキーの声が響き、僕らを襲っていた落下する感覚が消えていく。
見えた地面がゆっくりと近づいてきて、そこに無傷で足を下ろすころができた。
「あ、ありがとうユウリィ、ミルキー、死ぬかと思ったよ……」
「わ、私も死ぬかと思ったわ……何よあの穴」
「きゅ、急に空きましたよね?」
「……見て」
驚いて穴の事を話す僕らの耳に、アンナの声が届く。
その声に従って前を見て、絶句した。
僕らが落ちたのは洞窟の広い場所。そしてその奥に、木で出来たなにやら大きなつくりの何かがある。
「なに……あれ?」
「さ、さあ……でもなんなんでしょうか、凄く嫌な予感が……」
ユウリィの声に呼応するように、何かが集まってくる。
黒い、気味の悪い何か。それらは集まって形を作る。
巨大な、影を。
「ま、魔物!?」
「なんて……大きさ……」
現れたのは巨大な怪物。
横に広く、縦にも長く、そして獰猛な牙を見せる黒い獣。
背中から計四本の手が生えた、怪物。
「っ、皆、やるわよ!」
アンナの言葉に、僕は弓を取り出し、矢を番える。
そして目で、怪物を凝視した。
アンナが剣を手に駆ける。素早い動きを見て、僕はいつでも援護できるように構えた。
剣が鋭く振り下ろされる。渾身の一撃は怪物の腹に当たり、苦悶の声をあげさせた。
だが。
「っ!? アンナ!!」
思わず発射。まっすぐに飛んだ矢は、怪物の腕に突き刺さる。
背中から伸びた手がアンナの死角から彼女を吹き飛ばすのに気づくのが遅れた。
結果、アンナは衝撃を受けて吹き飛ばされた。
「よくも!」
Cランク地魔法『ロックランス』。
地面から生えた岩の槍に貫かれる怪物を見つつ、アンナを確認。
吹き飛ばされたものの、アンナは受け身を取って体勢を立て直している。
傷は深くはなさそうだが、念のためにということだろう、ミルキーの回復魔法が飛んだ。
「ルイさん!」
ユウリィの声に反射的に矢を番え、戦技『集い雨』を発動。
Cランクの雨のごとき大量の矢が、怪物に襲い掛かる。
怪物はうめき声をあげるものの、二本の腕で大地を叩き、跳躍。
天井に張り付くその不快な姿を見て、思わず叫んだ。
「う、動くのか……!?」
巨体ゆえに動かないと思っていた。
そして怪物の赤い眼は、ユウリィをじっと見ていて。
「させるか!」
よく見て、矢を発射。
Dランク戦技『貫迅』。僕用に再現した強力な一撃が、振り上げた怪物の腕を弾く。
同時、ミルキーがユウリィに支援魔法をかけ、ユウリィが目の前に防御魔法を展開。
衝撃を最小限に抑えてユウリィが防ぎ切ったところで、僕は再び矢を番える。
風を感じる。駆けているのは、アンナ。
「そこぉっ!!」
盾で怪物の巨体を弾き、飛び上がって体重をかけて斬り下ろす。
Bランク戦技『強撃覇斬』。盾を持っていないと使えないのに加えて、まだ再現はできていない技。
それでも、怪物の胴を正確に捉えたのは流石だと思いながら矢を放つ。
『貫迅』の矢が、追い打ちのように怪物の胴体を捉えた。
アンナと僕の連携で横方向に吹き飛ばされる怪物。
『こしゃくな……』
その怪物が、声を発した。
地を這うようなその声を聞いて、僕は思わず動きを止めてしまった
地面に着地した怪物は二本の腕で地面を叩く。イライラしているかのように見えた。
『……裏目に出たか』
「嘘……しゃべる魔物!?」
『神である儂に向かって、魔物だと?』
目を見開くミルキーを見る赤目の怪物。
言葉を発するだけでも驚きだけど、意思疎通ができるなんて思ってもいなかった。
「……お前は、なんなんだ」
答えが得られるかは分からないが、尋ねてみる。
ケケケッ、といやらしい笑みを浮かべた怪物が、口を開く。
『儂は神、おひさし様よ』
「おひ……さし様?」
『覚えずともよい。全員儂の養分になるだけだからな』
ニタニタという表現が似合う笑みを浮かべる怪物。
腕が素早く動き、全ての腕を前後に動かしてアンナへと向かってくる。
そのまま速度を維持したままで背中の腕で握りこぶしを作り、殴りつけるように前に出す。
僕はそれを見送って、攻撃して隙だらけの怪物の身体に矢を打ち込んだ。
多少の損害は見受けられる、けれど。
「っ!?」
目を疑った。両足に力を入れて盾を構えたアンナが、怪物の一撃を受けて飛ばされた。
勢いを殺すために僕のところまで後退してくるアンナ。
その腕は、痺れているように震えていた。
「な、なんて怪力……さっき受けたときもヤバかったけど、こいつ強い……」
「アンナ、大丈夫?」
「ええ、ギリギリね」
ユウリィの魔法で足止めをしている怪物へと再び向かっていくアンナ。
その背を見て、僕も攻撃に加わる。
使えるCランクまでの戦技を余すことなく使う。
怪物との戦闘が、長引く。
「くそっ、何なのよこいつ!」
「なんてタフな……それ以上にこのままではアンナさんが持ちません!」
「ちょっと……これ本当にまずいって……」
アンナ達も焦りの声を上げ始める。
怪物の怪力で、アンナの防御も限界に近い。最初は攻めることができていたが、今では防戦一方。
ミルキーの支援魔法や回復魔法も可能な限り使っているし、ユウリィの魔法だって出し惜しみはしてない。
このままだと、押し込まれる。
今僕たちが戦えているのは、僕達の中にイヴさんという相当な実力者との戦いの経験があるからだ。
だから怪物の人知を超えた怪力にもなんとか対応できている。
この怪物はイヴさんよりも遥かに弱い。
けれど、僕たちよりも強いように思える。
『ふむ……力を失った状態では厳しいかもしれんと思っていたが、杞憂か』
僕らが余裕を失えば、それはすなわち怪物が余裕を得るのと同じ。
アンナを腕で盾ごと吹き飛ばし、地面の岩石を握り取ってミルキーへと投げる。
それを彼女は必死に避けるが、わずかに遅れて破片が腕を切り裂いた。
咄嗟に追撃をさせないと矢を放ち、怪物の動きを制限。
「くそっ……くそっ……」
なんとか怪物にとっていやらしい攻撃を繰り出せてはいる。
でもそれは決定打にならない。戦局を変えるほどじゃない。
「させない!」
ユウリィが氷魔法『アイスランス』で怪物に追撃。
時間を稼ぐことでミルキーは自分で自分の傷を回復する時間を取れた。
支援の要であるミルキーの戦闘不能は避けれた。避けれたけど。
「っ……」
アンナがもう限界だ。
何とか立ち上がってはくれたものの、左手で剣を持つ右手を抑えているし、頭からは血が流れて目に入っているのか、片目を閉じていた。
すぐにミルキーの回復魔法が飛ぶものの、彼女ももう限界が近いらしく傷の癒えるスピードが遅い。
全滅という足音が、少しずつ近づいているのを明確に感じた。
「くそ……なにか……なにか……」
考えて考えて、どうすればあの怪物を倒せるのかを考えて。
それでも、僕の矢では動きを制限することしかできなくて。
僕は、僕は力が足りない。あの怪物を仕留めきれるほどの力がない。
僕は……僕は。
『お前は上手いんだが、純粋に弱え』
先生の言葉が、不意に頭を過った。
『まあそれは俺もだが……イヴのような異次元の強さはねえからな。だがそれでも、やらなきゃいけねえ。強敵に出会ったとき、どうするか。俺たちにできることは何か。そんなもんなんて一つしかねえ』
『「上手い中で、やるしかねえ」』
記憶の中の先生の言葉と僕の言葉が、一致する。
目を瞑り数秒。気持ちを落ち着かせるのはそれだけでいい。
両の眼を開き、じっと怪物を見つめる。なにがおひさし様だ、なにが神様だ。
最初から最後まで僕が呼んでいる通り、あれは怪物だ。
ただの魔物だ。
なら倒せる、なら殺せる、なら……魔物と同じように弱点もある。
そうだ、よく見ろ。見えるだろ、あんなに分かりやすい弱点が。
矢を取り出し、即座に番える。
雑念を取り払い、ただ速く、速く、と心の中で繰り返し、指を離すだけ。
それだけで、僕が毎日やっているのと同じように矢はまっすぐに飛ぶ。
Dランク戦技『貫迅』の矢が、怪物――いや、魔物の赤い目を正確無比に射抜いた。
『ぐぅうう!?』
「ミルキー! 支援魔法をくれ! ユウリィ、援護を!」
叫び、僕は駆ける。
すぐに体が軽くなり、両の目で捉えた魔物の身体に風の刃が殺到する。
その中で再び矢を番え、『貫迅』を再現。
見ろ、見ろ、見ろ。
そう己に何度も命じて、矢を放つ。
目標はもう片方の目の少し左。さあ、動け、魔物。
『こしゃく……っ!?』
ユウリィの最後の力を振り絞った風魔法『ストリームエッジ』から顔をそむけたその先に、矢を着弾させる。
魔物のもう一つの目も捉えた。
『ふざけっ!』
忌々しそうに叫ぶ姿を見て、僕は力の限り地面を蹴る。
可能な限り近づいて、見る。僕の矢では魔物を仕留めきれない。
アンナの剣でも、ユウリィの魔法でも仕留めきれない。
なら、それができるものを見ればいい。
僕の目は魔物の丁度真上にある少し尖った大きな岩を捉えていた。
そのどこを射抜けばいいのかを把握して、僕は再現。
当然選ぶ戦技は『集い雨』。多数の矢を、全て正確無比に天井へ打ち込む。
僕の目が観測した通りに天井の岩盤にひびが入り、巨大で鋭い岩が剥がれる。
僕らの誰よりも大きな武器が、落下という力を得て魔物へと降る。
『ぐぎゃああああぁぁぁぁ!!??』
鋭く尖った岩は魔物を上から押しつぶすように落ち、その身体を上から下まで貫いた。
「アンナっ!!」
その様子を見て声の限りに叫べば、その前に彼女は駆けていた。
叫び声をあげる魔物の前に最後の力を振り絞ってアンナが躍り出る。
完全に、魔物を捉えれる間合い。
『くそっ! くそくそくそっ! 儂が完全であれば貴様らごとき有象無象なんぞに!』
「これで、終わり!!」
アンナが渾身の力をかけて、剣を振り下ろす。
その刃は地面に伏した魔物の頭を正確に捉え、両断。
『あああああああぁぁぁ!!』
その瞬間に、魔物の叫び声は耳をつんざくほどに大きく響く。
まるで頭に直接響いてくるような違和感と気持ち悪さに、全員が反射的に耳を抑えた。
こだまのように何度も響いたその嫌な音がようやく消えたとき。
「っ……きっつ……」
アンナが地面に膝をついた。僕はとっさに彼女の元に駆け付ける。
傷こそ多いものの、倒れるほどではないようだ。
少し休めば回復するだろう。
「終わった……のよね?」
「うん、終わったよ。ギリギリだったけどね……」
「良かった……本当に危なかったわよ……」
肩で息をするアンナの背に触れ、摩りながら僕は絶命した魔物を見た。
(……さっきの気持ち悪い音の時……魔物の身体から何かが出ていくのを、見た気がしたけど)
天に昇って行くように見えたそれが何だったのか、そもそもそんなものが本当にあったのか。
その時の僕には何も分からなくて、ただじっと魔物の死骸を見つめていた。




