第79話 彼女の剣の才能は……
日々はゆっくりと流れていくが、変わることはほとんどない。
サナへの授業は順調そのもので、文字の読み書きは完璧にマスター。
この世界の常識や知識に関しても、スポンジのように吸収している。
「でだ、四大魔境最後の一つが、廃領って言われている地域だな。セイランの北、そしてアーセラスの西にある、広大だと考えられている地域だ。といってもアーセラスと廃領の間にはかなり高い山脈があるから、入るにはセイラン側からじゃないと無理だ」
紙に簡単に地図を書きつつ、サナに説明する。
適当に〇を書いただけの手書きの地図だが、そこには各国名と、今まで説明した四大魔境が全て書かれていた。
「ということは、セイランは南に黒天地、北に廃領の二つを抱えているんですね……危険です……」
「いや、四大魔境は基本的に入らなければそこまで問題はねえ。たまに領域から出てくる魔物は居るが、黒天地は今のセイランの首都であるコンゴウの連中が見張ってるし、廃領はキタハラの奴らが見張ってる」
「あっ、キタハラにレン様がいらっしゃるのはそのためですか?」
サナの言葉に頷いて返した。
セイラン国所属、レン・イザナギ。セイラン最強の剣士にして、剣の天才。
セイラン国唯一の「勇者」であるが、彼しかいないのは単に彼が強すぎるだけだ。
戦力として考えるに、「準勇者」を多く抱えているセイラン国は強い。
ただそんなセイランをもってしても、四大魔境は手に余る地域だ。
「ここまでが四大魔境の解説だ。何か聞きたいことはあるか?」
「その……これらの場所はなんとかできないのでしょうか?」
「難しい質問だな。もちろんなんとかしたいっていうのは世界共通の認識だろうよ。けど魔物の強さも桁違いで、加えて天候も悪いらしいからな。氷結の大地は常に吹雪、超高山地帯は強風、黒天地は雷雨、廃領は……正体不明の灰色の霧ときてやがる」
「そ、そうなのですね……」
俺の話を聞いて、懸命にノートに書きこんでいくサナ。
あまりにも熱心なその様子に、そろそろ休憩でもするかと声をかけた。
「少し休むか」
「い、いえ、わたくしはまだまだ大丈夫です!」
「そうは言うが、すげえ集中力だぞ? ……というか、なんでサナはそんなに頑張るんだ? もちろん真面目なのは良いことだが……」
以前から思っていたことを尋ねると、サナは少しだけ考えるそぶりをした。
「どう……なのでしょうか? わたくしは選ばれた者、と言い聞かされてきましたので、それが理由なのだと思います」
「選ばれた者? ああ、クジャクミヤに生まれたからってことか」
確かそんな精神が元の世界ではあった気がする。
なんだっけ、ノーブレス……ノーブレス……なんちゃら。
「わたくしは選ばれたからこそ、それに恥じない、相応しいだけのあり方を身に付けなければなりません。……けれどそれ以上に、お父様に認めていただきたいのです」
「お父様? クジャクミヤ家当主か」
「お父様はとても厳しいお方で、わたくし、会ったことが数えるほどしかないのです」
「……そうなのか」
熱心で真面目なサナ。
けれどその本質は、ただ親から認められたいという、ごくありふれたものだった。
「けれどこの教室でしっかりと学べば、本邸の方へ上がれるかもしれないのです」
「クジャクミヤ家当主の後継ってことか。まあサナなら良い領主になるだろうよ」
「せ、先生、それは気が早いと思います。それに当主だなんて……わたくしはクジャクミヤ家の役に立てるだけで良いのです」
「そうか」
未来に期待の目を向けるサナに、小さく笑って返す。
だが、それはそれとして。
「ただ、そのためにはあまり根を詰めすぎちゃいけねえ。気分転換するぞ」
「気分転換、ですか?」
「ああ、たまには他の授業を見学とかな」
そう言うと、サナはぱぁっと顔を明るくした。
「他の皆様の授業ですか!? 見てみたいです!」
「分かった分かった、じゃあ行くか。今の時間帯ならイヴが外で実戦練習をしてるだろうしな」
「はいっ!」
待ちきれないというサナを引き連れて、教室を出る。
普段仲良くしている生徒の授業風景を見られるからだろう、その足取りは軽い。
校舎の玄関口から出て、回り込む。
思った通り、広場のような場所ではイヴが生徒達に実戦を仕込んでいる最中だった。
「あっ、先生」
「おう、急に来て悪いな」
流石イヴ、鋭い観察眼で、俺とサナの来訪にいち早く気づいた。
生徒達にそのまま模擬戦を続けさせ、彼女は俺たちの元へと早足で駆けてくる。
「先生、どうかしましたか?」
「いや、息抜きがてらサナに授業の見学でもさせようかと思ってな」
「そうなんですね。サナ、気が済むまで見ていってね」
「はい、ありがとうございますイヴ先生」
深々と綺麗なお辞儀を披露するサナ。
そんなサナに笑いかけ、イヴは元の位置へと戻っていく。
その向こうでは教え子たちは木剣や木槍を振るっていて、それなりに筋が良い。
報告では聞いていたし、たまに俺も見学するが、イヴの指導者としての実力も上がっているのだと感じた。
「はいはい、せっかくエンディ校長先生が来てるんだから、皆気合を入れて!」
『はいっ!』
(ちょっと待て、校長先生ってなんだ。俺、そんな風に生徒に呼ばれているのか?)
意外な事実に少し面食らいつつも、サナに声をかける。
「どうだ? 模擬戦は初めて見るだ――」
「…………」
言葉を止めたのは、サナが意外にも食い入るように生徒たちの戦いを見ていたから。
瞬きひとつせずに、じっと見ている。見続けている。
「サナ、サナ」
「っ……あ……先生……」
「初めて見るから驚いたか?」
「はい……すごい……です」
俺に視線を向けつつも、その瞳はまるで惹きつけられているかのようにイヴの生徒たちの方に僅かに動いている。興味津々なのは間違いない。
ふと、その瞳が下に動いて、俺の腰にある刀を捉えた。
「あ、あの……先生も刀を振るうのですよね?」
「あ? ああ……そういや詳しく見せてはいなかったか」
腰の刀を外してサナに見せる。
真っ白な鞘に収まった一振りの刀。10年ほど苦楽を共にした相棒だ。
といっても最初に扱っていたのは剣だったし、途中は色々な武器の熟練度をあげるために浮気したのだが。
柄に手をかけて、ゆっくりと引き抜く。
日々の手入れを欠かしていない刀身が、日の光を反射して輝いていた。
「こいつだ」
「これが……刀……」
この刀は今はもう引退した元冒険者から譲ってもらったものだ。
実はイッテツさんの弟のニノテツさんという方が作ったものらしい。
ただイッテツさん曰く『あいつにしちゃ雑なつくりだな。失敗作の一つだろ』とのこと。
それでも素晴らしい切れ味を誇ると俺は思うので、重宝している。
というか、イッテツさんといい失敗作でこんな素晴らしい刀を作るニノテツさんといい、彼らの血は本当にすごいというか。
きっと三男である杖職人のサテツさんもすごい職人さんなんだろう。
そんなことを思っていたが、じっと刀を見つめるサナに気づいた。
「……気になるか?」
「え……あ、その……」
「いきなりこいつは無理だが、試しに木刀でも振るってみるか?」
この様子なら乗ってくるだろうと思い、聞いてみた。
「じゃ、じゃあ……」
おずおずと、けれど少しだけ目を輝かせて言ったのが印象的だった。
少し待ってろと言って、すぐ側にある樽から木刀を持ってくる。
そしてそれをサナに手渡そうとしたとき、彼女の服装に気づいた。
露出のほとんどない着物は、どう見ても動きやすいとは思えない。
「……まあ、木刀をちょっと振るだけだし、いいか」
そこまで激しい動きをするわけじゃないし、一旦は良いだろう。
「ちなみに、運動はしても大丈夫なのか?」
サナが胸の痛みに苦しんでいることを思い出して尋ねるも、彼女はクスクスと笑った。
「以前住んでいた屋敷でも体を動かすことはありました。わたくし、結構足が速かったりするんですよ?」
「そうなのか……なら大丈夫か。よし、サナ、ここを握るんだ。最初は両手でな」
「? こう、でしょうか」
俺から木刀を受け取ったサナは、言われた通りにそれを受け取る。
「そうだ。で、構えてみるんだ。構えは……ここをこうして、足はもう少し開け……そうだ」
「な、なるほど……」
前から思っていたが、サナは姿勢が良い。
だから木刀を構える姿も様になっていた。
「その状態で振り下ろすんだ。最初だし、力のままに振るっていいぞ」
「は、はい……こ、こうですか?」
――スンッ
木刀がゆっくりと動き、下へと下がる。
振り下ろしの姿勢はかなり綺麗だったが、力はないようだった。
「お、重いですね……」
「最初は皆そんなもんだ」
「皆さんはこんなに重いものを軽々と……すごいのですね」
再び木刀を振り上げる構えに戻るサナ。
その姿勢は、俺がさっき教えたものとほぼ同じで、姿勢は良い。
「え、えいっ!」
そして、木刀が振り下ろされる。
――スンッ
弱々しいものの、懸命な……サナらしい太刀筋だった。
「これは……良い運動になりますね……」
「そうか? なら気分転換にやるのも良いかもな」
実はちょっと期待していたが、流石にサナに隠れた剣の才能とかはなさそうだ。
今も木刀を振っているが、どちらかというと振られているように見える。
それでも、彼女の言う通り運動としては良いのかもしれない。
気晴らしになるものも見つけられて、指導は順調。
輝く太陽の下で、今もサナは一生懸命に木刀を振るっていた。




