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88話 憂鬱な気分になる

 規約(ルール)変更の確認を終えて帰ろうと思ったところ組合(ギルド)の職員に呼び止められた。用件を聞くものの口ごもり周囲を気にする様子だったので応接室で聞かせてくださいと言ったところ快く応じてくれた。



「で、用件とは?」

 応接室の高そうなソファーに座るなり職員にそう切り出した。


 話の内容を要約すると、

 僕、健司(けんじ)和花(のどか)が第五階梯昇格が確実視された事。第五階梯と言う事は銅等級になると言う事だ。それに伴い組合(ギルド)から指名依頼が入るとの事だ。

 ただこの依頼内容は貴族の坊ちゃんが成人したので実績造りをしたいとの事だった。僕らの一党(パーティ)はあと一人枠が余っているのでそこに貴族の坊ちゃんを入れてそれなりの成果を出して欲しいとの事なのだ。それなりと言っているが想像は出来る。たぶん銅等級まで引き上げろという事だろう。どれだけ拘束されるんだか…………。


 成功報酬も微妙だった。

 10万ガルドを支払うとの事なのだが、素人同然の男を加えてしまう事で効率はがた落ちになるし、僕らには長期で拘束されたくない事情もある。最悪のケースは迷宮(アトラクション)で坊ちゃんが命を落とした場合だ。どんな報復が待っている事やら…………。


 他にもいくつか指名依頼があったのだが、階梯が上がったら検討すると答えて冒険者組合エーベンターリアギルドを辞した。


 ▲△▲△▲△▲△▲△▲


けいが私の指導役のタカヤか」

 健司(けんじ)と露店で軽く食事を済ませて別れた後の事だ。その人物は背格好は僕よりやや大柄だろうか。いかにも裕福だと言わんばかりの高級そうな平服に腰には広刃の剣(ブロードソード)を吊っている。

高屋(たかや)は確かに僕ですが、指導役とは?」

 指名依頼の話だろうが受けたつもりはないのだが、彼の中ではもう了承したことになっているのだろうか? いや、武家にもこんな奴がいたな。特権意識と自尊心だけが肥大化した輩か…………。


「申し訳ありませんが、僕らにも事情があり依頼はお断りさせてもらいました」

 此方にも予定があるのである、勝手に依頼受諾とか困るわ。

「待て! (けい)は私の実力を疑うのか? 私も騎士の端くれだ。私に足りないのは実績だけだ」

 そう言って腰の広刃の剣(ブロードソード)に手をかける。


 おいおい…………。公衆の面前で剣を抜くのか? 


 だが動きを見るに確かに訓練されたそれではある。

「ここで剣を振るうのは流石に不味いです。憲兵隊(ソタポリーシ)が出てきます」

 遠回しにお断りだと言ったつもりだったのだが、この手の人物には通じないようだった。

「フン。憲兵隊(ソタポリーシ)如きどうとでも出来る。それとも今をときめく新進気鋭の一党(パーティ)頭目(リーダー)殿は人前で負けて恥をかかされるのかもしれないとお思いなのかな?」

 そう言ってフフンと笑う。

 このやり取りを聞いていた誰かが「臆病者め!」と叫んだ。

 それに合わせて「抜け」コールが周囲を取り巻く。


 くっそーめんどくさい奴。

 絶対サクラを仕込んでるだろう。

 そこまで言うなら付き合ってやる!


「そこまで言われたら仕方ありませんね」

 左腰に吊るした愛剣の柄に手を置く。


 貴族の坊ちゃんはは広刃の剣(ブロードソード)を抜き僕から少し距離をとる。凡そ0.75サート(約3m)ほど離れる。


 おいおい…………。その距離は僕の殺傷圏だぞ。

 坊ちゃんは中段に構え、左足を引く。右半身の状態となる。だが片手剣だと左手が遊んでいるな。


「ところで開始の合図は?」

「このコインが街路に落ちたら開始だ」

 そう言って金貨を取り出す。


 僕も片手半剣(バスタードソード)を両手で持ち左半身とし脇構えをとる。面倒な事案なので一瞬で片付ける。


 坊ちゃんが金貨を弾く。

 弾かれた金貨は高々と上がる。


 僕は金貨を見ていなかった。この手の試合形式は初動で決まると思っているので街路に落ちた時の音にだけ意識していればいい。


 チャリ————


 その瞬間、僕の片手半剣(バスタードソード)は坊ちゃんの喉元に触れていた。

「うっ」

 坊ちゃんは一瞬何が起こったのか理解出来なかったようだ。

 周囲の野次馬も静まり返っている。


 当然の結果だろう。そもそも僕はこの手の試合形式には慣れている。

「これで満足ですか? 僕は急いでいますのでこれで失礼しますね」

 そう言って片手半剣(バスタードソード)を鞘に納め坊ちゃんに背を向ける。


「馬鹿にするなぁぁぁぁぁ」

 背後でそう叫ぶ声が聞こえた瞬間には僕は振り返り右手を伸ばし坊ちゃんの襟をつかみ、左手は斬りかかってきた右腕の袖口を掴む。伸びきった右腕を勢いよく上にカチ上げ、襟をつかんでいた右手は坊ちゃんを前方へ崩し、僕の体は左前回り捌きで踏込み身体を沈め肩越しに投げ地面にたたきつける。


 硬い街路に受け身も取れずに叩き付けられて坊ちゃんは意識を失ってしまった。


 僕は努めて冷静に、何事もなかったかのようにその場を去る。あとから歓声が聞こえてきた。


 だが気分は晴れない。


 分かっているのだ。これは単なる弱い者いじめだと。死を超越せし者(ノーライフ・キング)にポッキリとへし折られた自信を弱者を圧倒して埋めようとしただけなのである。


 実に浅ましい。


 師匠が見ていたらきっと叱ってくれたのかもしれない。 

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