89話 転機
何がどうなって…………。
当てでもなく街をうろつき頭を冷やしてから愚痴を聞いてもらおうと師匠宅へと訪問したら、なぜだか応接室に通されてデア・マルエッセン伯爵と言う人物の挨拶を受ける。
三十代半ば程だろうか? 体格は師匠より劣るがかなり大柄だ。健司より若干大きい感じだろうか? 温和そうな顔立ちだが立ち振る舞いがきっちりしていて僕の想像していた貴族像とはやや異なる。
余談だが[デア]はウィンダリア王国貴族の貴族称号で通常名乗るときはデア+苗字+爵位となる。名を明かすのは親愛や信頼の証とされているので公の場では名乗らないそうだ。
話が逸れてしまった
経緯はこうだ。
広場で決闘紛いの事が起こる。負けた方が甚くプライドを傷つけられ父親に報復の手助けを請うも決闘紛いの相手の正体を知り息子をボコボコにして、対戦相手の後見人たる師匠の下に詫びに来たのだとか。
まーその対戦相手とやらは僕なんですけどね。
「倅が大変失礼した」
そう言ってデア・マルエッセン伯は立ち上がり頭を下げる。以前礼儀作法の講義で師匠から聞いた話だと、僕らの居た日本帝国の武家社会とこっちの貴族社会は結構似通っていると言われたことがある。
デア・マルエッセン伯の立場からするとこれ以上にない謝罪と言う事になる。確認も込めて師匠の方を目を向けると頷くので間違ってはいないようだ。
「デア・マルエッセン伯爵。頭をお上げください。こちらの対応にも問題があったのですから――」
謝罪を受けた。こちらにも非があったのだからこれにて手打ちにしましょうと言うやり取りだ。爵位の後に[閣下]などの敬称などは付けないのも決まり事だ。最もこれが選民意識の高い貴族相手だとさらに面倒になる。
因みに立場が逆の場合は僕が土下座した程度では済まない。
もっとも土下座は謝罪で用いる行為ではなく請う行為で用いるのだが…………。
「そうか」
そう言うとデア・マルエッセン伯は頭を上げソファーに腰を下ろす。
「うちの倅は同期の中では大変優秀でな…………。家督を継がせるにも実績が欲しいのだよ。なんとかならんかね?」
いきなり息子の自慢かよとか思ったが口には出すまい。
「他の面子との相性もありますし、僕らもずっとこの町に滞在しているわけではありません」
「ではいつまでなら居られるのかね?」
それまで引き受けて欲しいって事か。
すこし思案したふりをして間を置いてから、
「今のペースで最速なら春の中月には…………」
そう答えておく。
実際その頃には瑞穂もセシリーも第五階梯になるはずだ。あくまで予定ではある。
「決定権は頭目にあるのではないかね?」
デア・マルエッセン伯の主張は頭目たるものが独断で決めるものではないのかとの事だったが、
「僕個人としては頭目は道標だと思っています」
そう回答した。
一党内に上下関係はないので、それぞれの意見を聞き調整して進むべき道を示すのが頭目だと思うのだ。
その説明に「なるほど」と頷くと満足したのか挨拶もそこそこ帰ってしまった。
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師匠に愚痴を聞いてもらう事もなく帰路に就く。
板状型集合住宅まで戻ってくると健司が出迎えてくれた。
「魔導騎士輸送機を見せようかと思ってな。今後の話もしたいし」
途中で有耶無耶になってしまってすっかり忘れていたけどそんな話もあったなと思いだす。
今から見せるというので二人して市壁へと向かう。
組合の認識票を見せて門をくぐる。
「そういえば町の外に出たのって久しぶりだなー」
「お前らは迷宮街からほとんど出てないしな」
「必要性を感じなかったしね。…………それにしても結構外に住んでる人もいるんだな」
市壁の外の平野には数えきれないほどの天幕が建てられている。それだけ多くの冒険者が居るんだろう。
「ところで健司。例のアレは?」
健司にお目当てのアレの所在を確認する。
「左を見ろよ」
健司にそう言われて左を見ると――。
「うぉっ」
巨大な長方体が鎮座していた。
事前に聞いてはいたけど間近で見ると大きい。幅3サート、高さ2.5サートほどあり、前方の居住区は三層構造で操縦槽は居住区画から突き出した状態だ。
全長は10サートに及び後ろ半分以上のスペースが荷台となる。
「これで運送業やったら結構儲かるんじゃね?」
冗談っぽく健司がそう言うが…………。
「僕らまだ17だよ。守りに入りすぎじゃないかな?」
「だよなー。でも探しにはいきたいだろう?」
探しに行きたい…………。従弟と名目上の婚約者とか。
「でも考えてみてくれ。僕らがこの世界に拉致られてもう一年だぞ。今頃は…………」
次第に僕の声は小さくすぼんでいく。
そんな僕の前に一枚の紙が付きだされた。この町では当たり前に売られている新聞だ。
「これが、なに?」
健司が新聞を買ってるとか意外だとか思いつつ紙面に目を走らせる。
「!」
「気が付いたか」
その記事にはこう書かれていた。
[戦乱の東方に聖女現る]
そんなタイトルだった。




