14話 救出
「激情に任せての無謀な突撃は感心しないな…………」
逸る気持ちは師匠のその一言で落ち着いた。
そうだ! まずは状況を確認しないと!
かなり暗くなってきていて判別できないが、体長0.5サートほどの大きさだ。体色は黒っぽい? 触角のようなものがある。六本足のようだけど昆虫? サイズは違うが見たことあるような…………?
「あれって大きさがバグってるけど蟻じゃないの?」
「ああ、それだ!」
和花の一言で合点がいった。ここは日本帝国じゃないんだ。あんな巨大な蟻が居てもおかしくない。その先頭の蟻が引きずっているものは間違いなく五体満足の人のようだ…………あれ?
「あれって御子柴くんじゃないの?」
またしても和花のご意見である。この暗さで判別できるのか? とか疑問に思ったけどそれは後で確認しよう。
古典ラノベ愛読の同志である御子柴隼人だとすると最初の52人の面子にいた訳で、僕と和花の二度目の死についての情報が得られるかもしれない。最も予想は出来ているので、答え合わせみたいなものだ。
できれば予想通りでないといいなという淡い気持ちがある。信じたくないというのが正解なのだが…………。
「当たって砕けろだ!」
そう叫ぶと僕は背負い袋を地面に下ろして走り出す。
「いや、砕けたらダメだろ!」
健司がそう突っ込みつつ背負い袋を落として追いかけてくる。
「後で怒られても知らないからね」
和花も付いてきてくれるようだ。
走りにくい木々の合間を縫うように走り、まずは先頭で同志御子柴を引きずっている巨大な蟻のような生物に先制攻撃を仕掛けた。
「先手必勝!」
握り締めた広刃の剣を大きく振りかぶり巨大蟻の頭部へと振り下ろした。
命中はしたが、硬い手ごたえがあった。強固な外殻に僅かだが傷が入る。斬るのは難しそうだが衝撃で体力を削るしかないという事だろうか?
続けてもう一撃を袈裟斬りで頭部に叩きつけたが頭部の表面を滑るように刀身が流れていき、後には僅かに外殻が傷ついただけだった。使い慣れない武器のせいか思うように使い熟せていない。
「えいっ!」
和花のやや気の抜けた掛け声からの六尺棒の突きは外殻の表面を滑っていった。
「おりゃぁぁぁぁ!!」
他の巨大蟻を牽制するために健司が二匹目の巨大蟻に三日月斧を振り下ろした。別名で処刑斧とも呼ばれるその威力は、健司の膂力もあって一撃で頭部を真っ二つにされる。
「なんだいけるじゃん! そっちは二人に任せた!」
健司はそう言うと次の獲物を求めて移動していった。
健司に気を取られていた隙をついて巨大蟻の大顎が迫ってきたので反射的に左腕で庇おうとしたが慌てて大きくバックステップして回避する。左腕は刃留めだったからあのまま受けようものなら刃留めに噛みついたまま膂力で振り回されていたかもしれない。危ない危ない。
使い慣れない武具に戦闘スタイルの違い、足場の悪さと、空気の薄さと非常にやりにくい。
その後何度か打撃を与えたものの硬い外殻に傷はつけられるが決定打にならず和花の六尺棒による突き攻撃も牽制くらいにしかならず外殻の表面を滑るだけで効果は期待できない。
そうこうしているうちに5分近く攻防が続き流石に息が切れてきた。
「樹くん! 後は任せたよ!」
和花はそう言うと少し後ろに下がり六尺棒を握りなおした。
そして呼吸を整え無言で…………。
全体重を乗せた和花の渾身の突きは巨大蟻の横合いを下から突き上げるように致命的一撃となって胸部に命中し外殻が陥没する。動きの鈍くなった巨大蟻に止めを刺すべく広刃の剣の柄に左手を添えて腰溜めに構える。
「これで止めだぁぁぁぁ!!」
和花の真似をして身体ごとぶつかる様に渾身の突きを巨大蟻目掛けて放つ。
しかし僕の渾身の突きは頭部の外殻で滑って見事に外れた…………。
勢い余って巨大蟻に寄り過ぎた為に迫り来る大顎から逃れるには間に合わない。和花の叫びが聞こえたが、もう駄目かと思っておもわず目を閉じて身構えてしまった。
しかし、いつになっても痛みがこない。
目を開けてみると目の前に首を落とされた巨大蟻があった。
「あれ? 生きてる?」
てっきり頭部を大顎で砕かれるかと思ったのに…………。
「良かったぁ」
和花を見ると安堵したのかへなへなと崩れおちた。
泣きそうになっている和花に手を差し出し立ち上がるのを助けていると、
「根っこなどで足場が悪いこの場での初戦闘としてはまずまずだな。ただ足元に気がいってるのか手打が多かったな。後はそうだな…………回避能力も悪くはなかったが、意識が足元にいっててやや危なっかしかった。それと左腕で庇う癖でもあるのか? あれはいただけない。それと最後の突き自体は悪くないがもう少し狙いを考えないとな。あの突きは外したら後はないと思って必殺のつもりでやれ。あと…………最後あきらめたな? あれは絶対にやってはいけない一番駄目な行為だ」
そう先ほどの僕の戦闘を評したのはもちろん師匠である。だがその師匠との距離は1サート離れていたはずだが、この巨大蟻の首を落としたのは師匠に間違いないだろう。
「師匠はどうやって首を…………」
「そっちも終わったか」
余分な巨大蟻を引き受けてくれていた健司は板金鎧のおかげか怪我もなく三日月斧を担いで戻ってきた。
「そういえばヴァルザスさん。巨大蟻からこんなモノが出たんですけど、コレなんすか?」
そう言って健司が差し出したものは小指の爪ほどの大きさの蛋白石っぽい宝石のようなモノだった。しかも5つ。
「ほう…………。万能素子結晶か。これに関しては後だ。まずはこいつの生死の確認だろう?」
そう言って師匠は戦闘中も放っておかれた御子柴を指さす。戦闘で興奮したのかすっかり忘れてたとは流石に言えない。
「応急手当は学校で習ったか?」
僕にやれって事か…………。「習いました」と返事をして確認作業に入る。
「呼吸も脈もあります。外傷は打撲と擦過傷がいくつかありますが、これは引きずられたせいでしょうか?」
確認した内容を師匠に報告して返答を待つ。
「その見立ては問題ないが…………」
そういう師匠は和花の方を見て、
「わかるか?」
そう質問した。
何を分かるというのだろうか? 無い知恵を絞って考えていると、
「…………衰弱しているように感じます」
師匠に質問されてからたっぷり2分ほど思案して和花はそう答えた。
衰弱までは流石に分からなかった…………あれ?。なんで和花は見ただけで分かるのだろ?
「和花は何時ごろから見えていた?」
師匠が和花に質問をしたが意味が分からない。見えていた? 何を?
和花は少し逡巡したものの、
「日本帝国に居たころから見えてました。うちの家系で稀に居ると言われたので、そんなものなんだと思ってました。これが————」
「精霊魔法が使える者の基本的な能力だ」
そう師匠は断言した。
「精霊魔法…………」
精霊魔法とは様々なものに宿るとされる精霊を使役しこの物質界で様々な現象を起こす魔法である。
周囲に対象の精霊力がなければ使えないなどの制約がある。
精霊魔法の素養があるものは精霊力を感知する精霊力知覚、更に赤外線視力によって暗視ほどではないもののモノクロっぽく周囲を視認できるとの事だ。それで薄暗い場所で巨大蟻を特定できたのか…………。
精霊使いと呼ばれる人たちは、精霊語と呼ばれる念話によって精霊を使役したり近くの精霊使いと交信を取るらしい。
和花は昔から夜目が利くなと思っていたけど、そういう才能の持ち主なのか…………。
あれ? もしかして僕だけ役立たず?




