ノアール接近
〇ム「ウ〇ディ、誘拐された。」
アストレアから離脱したタキルはリスクを承知で増援を呼びに行くことにした。
あの藍刃丸を使ったアストレアの攻撃を初見で見切った細身の男にアストレアだけで対処できるかどうか不安だったが、魔法が効かないならタキルが応戦できる筈もなく増援を呼んだほうが上策だと判断したためだ。
『問題はグレン達を見つけたとしても伝える手段が無いってことだよな…』
タキルが念話出来るのは今のところアストレアのみであり、リフィンやポコとは念話出来なくなっていたのは大きな痛手だった。
『まぁグレンの奴なら気付いてくれる筈だ、まだ西の門に居てくれたら助かるんだが…』
アルモニカは人口約50万人が住む大きな都市である。 そのため面積がかなり広く西の門まで距離を移動するだけでも時間がかかるが、上空を飛べるタキルであれば問題ないしグレン達を見つけるのも容易だろう。
グレンならば一度だけであるがタキルのジェスチャーでリフィンを追いかけることに成功しているのでそれに賭けてみることにし、最高速度で北西門方面へ羽ばたくのであった。
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タキルが飛び立ったあと、アストレアは全身黒づくめの細身の男と戦闘を繰り広げていた。
「無慈悲な大洪水!」
ドゴォォォオオオ!! と細身の男に向かって大量の水が放出される。
本来であれば大抵のものは勢いに負けて水に飲まれてしまうのであるが、しかし今回の相手はその程度の魔法で動じるような相手ではなかった。
「見たことない魔法だな…しかし所詮は魔法で作られた水か」
細身の男は仁王立ちのままアストレアの放った水魔法を受けると、水を割るように魔法で出した水が霧散していくのであった。
もちろん服なども一切濡れておらず、男はただ仁王立ちしていただけである。
「ちっ、物量で押そうにも無意味なのね…」
「…青い翼は先ほどの鳥の力で、風魔法もそういうことか? 見たことない力だが、お前自身はただの水魔法使いってことか…」
「その言葉、リフに言ってあげたら喜ぶでしょうね!」
「そうか? まぁいい…自己紹介が遅れたが俺は毒蠍の刃に__」
「うっさい死ね!」
今は少しでも時間が惜しい、入れ墨だらけの大柄の男はリフィンをどこへ連れ去ったか分からないが、意識を失っているリフィンは無防備に等しく盗賊が何をするつもりなのか想像したくもなかったアストレアは、今から殺す男の名前なんてどうでも良くさっさと終わらせるため接近して藍刃丸を振りかざす。
「そうか残念だ…しかしお前の攻撃じゃ俺には届かないな」
ひょい、ひょい、ひょい、と後退しながら、または前進しながらアストレアの攻撃をすり抜けていく細身の男。
ただ攻撃を振っているだけでは攻撃が当たらないと判断したアストレアもフェイントを挟んで意表を突こうとしたり、弧を描くように藍刃丸を振るっていくのだがどれもこれも攻撃が躱されていく。
「くっ、この…少し避けるのが上手いからって、調子乗ってんじゃないわよ!」
アストレアは必死に藍刃丸を振るう。 殺意を放ち細身の男が立つ所へ何度も斬り込んで行くがことごとく攻撃を躱され藍刃丸は空を斬るのみになりアストレアはつい言葉が汚くなる。
「ちっ、くそが!」
「体捌きがなってないな…踏ん張りが効かないような動きじゃ」
「うっせぇハゲ!」
「その剣は軽そうだが、剣に振られているようじゃダメだな…」
「師範ぶってんじゃねぇよ!」
何度振るっても当たらない、藍刃丸を少し強く当てれば勝ちなのだが盗賊は易々と攻撃を躱していくので次第に疲労と焦りを覚えるアストレア。
一旦一呼吸置こうとアストレア自ら距離を取ったとき、細身の男はアストレアを品定めするかのようにじろじろ見てきた。
「ふむ…お前も水魔法使いのようだし容姿も整っている、捕まえて奴隷にしたら高く売れそうだな」
今の発言でアストレアは一つだけ理解した。
こいつらはリフィンを奴隷として売るつもりなのだと。
この世界で水魔法使いは生命が生きる上で必要な水を生み出す重要な生産者であり労働者だ。
リフィンは一部の水魔法使いだけが扱える氷も生成出来るし、なにより水魔法使い100人分を超える水を生成出来るほど魔力量も多い、したがってそういった人材はどの国でも、どのような人でも欲しがるだろう。
「てめぇっ!」
そんなことはさせないとアストレアは激昂し目の前の男を殺すべく突撃すると、今まで攻撃を躱すだけに専念していた細身の男が反撃に移行した。
「初心者相手に出すのは気が引けるが、これも仕事なのでな…」
瞬間、アストレアは目の前に急接近する細身の男に戦慄する。
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冒険者ギルド、アルモニカ支部
いつも受付にドンと威圧感を放ち構えるエルザであるが、今日は乙女が恋に落ちたかのような熱い視線を目の前に居る美男子にそそいでいた。 身体をくねくねとくねらしながら…
「へぇ、エルザさんって言うんだ…中々頼りになりそうな受付のお嬢さんですね」
「本当っ!? そんなこと言ってくれるなんてお姉さん嬉しいわぁ!」
くすみのない艶のある金髪で顔立ちは完璧なまでに整っており、声も透き通るように美声で言葉遣いも丁寧、高身長で身体は程よく鍛えられており服装や装備もきっちりコーディネートされて高級感を漂わせている男は、話によると別のギルドから旅をしてやってきた冒険者だそうだ。
「そういえばアルモニカに入って来るときに思ったけど、城門の外の人だかりには驚いたね…」
現在、リフィンのおかげでアルモニカの水事情は改善していっており、それを聞きつけた他の町や村の民や、移民として外国からやってきた人や奴隷たちが水を求めにやってきていたのだが、身分証を持たない者が多く城門前で溢れかえっていたのであった。
「そうなのよねぇ…リフちゃんのおかげで水不足は解消されたけど、こんなにも他所から人が来るなんて誰も思いやしなかったわ、身分証を持っているなら入ることは出来るのだけど、持ってない人を入れる訳にはいかないし引き返させようにも難しいのよねぇ」
「リフちゃんっていうのは、噂になってる水の聖女の事かい?」
「えぇ、このアルモニカ支部の期待のルーキーよ! 今は遠征に行ってて居ないけどね」
「僕と同じ冒険者ですか、新人なのに知名度が高く大勢の人に慕われているとは…是非その人と会ってみたいものですね」
「あら、ワタシを振るつもりなの?」
「ははは、エルザの事は嫌いじゃないけど子供が産める身体だったら大歓迎だよ」
「あらぁん、ノアールったら痛いところ突いてくるわねぇ! でもリフちゃんには既に彼氏っぽいのが居るから難しいと思うわよぉん?」
「彼氏っぽいですか…まだ正式ではないと?」
「痴情の縺れで問題を起こすのはやめて頂戴よ?」
「ははは、冗談ですよ」
滅多に現れないエルザと初見で親しくできる人物、ノアールはエルザにとって好印象を持たせた。
そうして話をしていると冒険者ギルドの入り口から燕尾服を着た初老の男がやってきた。 エルザは他の受付嬢が忙しくしているのを見るとノアールに断りを入れて入ってきた男に声をかける。
「あらアンソニーさん、今日は何用で?」
「お忙しいところ失礼します、実は緊急の依頼がありまして…こちらを」
アンソニーは高級そうな黒いカバンから書類を数枚取り出しエルザに渡すと、書類の内容を驚いたような顔をしてエルザはしばらく読んでいく。
「ふむ…ギルドの冒険者証を身分証代わりに発行して城壁の外に居る人たちを匿うのは理解したけど、この魔導回路図はいったい?」
「それは仮の身分証の場所を追跡できるように設計された魔導回路図でございます。 流石に私めにはどのような装置になるのか見ただけでは分からないのですが、プラムお嬢様がマルメロ大公様に掛け合って製作の認可が得られたので、こうして量産の依頼を持ってきたのでございます。」
「それはまたすごいわね…」
「ちょっと僕にもその魔導回路図を見せて貰ってもいいかい?」
ノアールはエルザから図面が書かれた書類を渡して貰うと、ノアールはその魔導回路図が理解できるのかふむふむと1つずつ回路の細かいところまで見て回る。
「…はは、これは凄いね! これを設計した人は天才だよ! 誰が設計したのか教えて貰えないだろうか?」
「私どもがプラムお嬢様から聞いた話なのですが、リフィン様が考案、設計をなされたそうでございます」
「え? 遠征に行ってた筈だけどリフちゃんもう帰ってきてるの?」
「はい、リフィン様は先ほど宿屋<あけぼの亭>にて盗賊を退治されたところで、もう事後報告がそちらにも到着していると思ったのですが…」
「あら? …まだそういうのは来てないけどねぇ?」
「水の聖女様は仕事が早いなぁ」
「ちょっと確認してみるわ、こっちの案件はギルマスに渡しておくわね!」
エルザは魔導通話でそういった事案があるか確認を取りにいった。 ノアールとアンソニーが残されるとノアールは興味深そうにアンソニーに尋ねた。
「僕は別のギルドから旅してきた冒険者ノアールだ、よろしく」
「これは失礼致しましたノアール様、私はアルモニカを統治しておりますガダイスキ家のプラムお嬢様専属の執事、アンソニー・バッチャンと申します」
「アンソニーか、よろしく…一つ聞きたいんだけどあの魔導回路図を完成させるには結構時間がかかったんじゃないかな? そこについては何か聞いてないかい?」
「はい、これもお嬢様から聞き及んだ事でございますが、リフィン様はものの数分であの魔導回路図を発案し完成させたとかおっしゃっておりました…あの複雑な回路を数分で書き殴るなんて只者ではない! ともおっしゃっておりましたね」
「ははは、そうだろうね! 僕は少し魔導回路図を読み取る事は出来るけど、あんな複雑なのを数分で完成させるなんて無理に等しい…ますます水の聖女様がどんな子なのか興味が出てきたよ」
別のギルドからやってきたノアールはアルモニカで活躍するリフィンの事が非常に気になった。 彼女が一体何者でどういうことをしているのか、他の冒険者とは違う彼女だけの魅力を彼は期待に胸を膨らませるのだった。
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どこかで嗅いだことのある嫌な臭いを感じた。
じめじめとしていて息苦しく、水が腐ったような臭いも混ざり合って呼吸すらも躊躇われる場所…
以前誰かと一緒に来たような…
と、そこまで意識がはっきりすると自分が横になって寝ているのだと理解し、体を起こそうと動かしたのだが手足が思うように動かず、代わりにミシミシと何か鈍い音が鳴った。
「お目覚めかい、水の聖女様」
「えっ? あっ…」
リフィンはロープで手足を拘束されていることを理解し、同時に盗賊達に捕まり大ピンチな事を悟る。
とりあえず今自分が置かれている状況を把握する、手足がロープできつく縛られ後ろや横には壁、壁、壁…
一番絶望的だったのが、首が少し重たいなと感じ首を下に動かすと犯罪者等に用いられる魔法が使えなくなる首輪がつけられており、外そうにも専用の鍵が必要で取り外しなんて出来る筈もなく、リフィンの強みである魔法を封じられていたことだった。
そして目の前には複数の盗賊と思われる男たち数人がヘラヘラとこちらを向いて下品な声で笑っており、舌なめずりをして品定めをしていた。
「まだガキだけどそそるなぁ!」
「水の聖女がなんだか知らねぇがたまんねぇぜぇ!」
「へっへっへ、こいつは傷物でも高く売れるぜ!」
「待て待て、こんな所ではごめんだ! お楽しみはアジトで楽しもうぜ!」
「ひぃっ!?」
そんな言葉を聞かされると自分の身を案じだすリフィン、見る限り服の乱れなどがほとんど無いのでまだ剥かれてはいない筈だ…筈だ!
下手なことを考えると精神的に病んできそうなのでこれ以上無駄な事は考えるのをやめたリフィンは
「へっへっへ…水の聖女といえど、この状況では言葉も出ねぇか!」
「あ、あの私、水の聖女じゃなくて…ただの(水)魔法使いなんですけど…」
「「「…は?」」」
その場にいた全員が一瞬にして凍り付いたのであった。
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盗賊さんたちに混ざってげへへへ! と、舌なめずりしたい




