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ONE WEEK  作者: K
9/31

木曜日 2

スエットスーツ、男物のパンツ、歯ブラシ、剃刀…。

トランクスでよかったのかな?

薬局で買いそろえた美織は、少し考えて、シェイバークリームとソックスも買った。

昼間、あんなに、暴力を振るわれたらどうしようと考えていたのが嘘のように、急いで、買い揃えると、24時間スーパーで、食材を、少し多めに買いこんだ。

成哉くんに、これで、夕飯作ってって、催促してるみたいだけど…。

ちょっと、恥ずかしくなるような買い込みだったと赤面する。

何か、喜んでるみたいじゃん。

30前のアラフォーが、20代の男に転がり込まれて、ご飯をつくってもらって、喜んでいる。

寂しい女が、男をかこって、何やってんだと思われる。

でも、誰に?

美織は、失笑する。

最初の会社で、美織は全てを失った。

友達も、仕事も、何もかも…。

今の職場に友達もいない。

私の周りには誰もいない。

嘲笑われたとしても、それは、美織にとって、関係ない人ばかりなのだ。


考えながら、マンションに戻る。

考え過ぎるとロクなことがないのは、わかっているけど、考えずにはいられない。

相変わらず、成哉は寝ている。

夕飯もできている。

材料は、もう、あまりなかったはずだが。

鍋のふたをあけて、びっくりする。

シチューができていたからだ。

シチューのルウ、買いおきしてはいなかった。

牛乳も、ほとんどきれていたはず。

鍵は、美織が二つとも持っている。

通帳と印鑑も、美織は、鞄に入れて、持ち歩いている。

どうやって、外に出た?

美織の頭の中が、ぐるぐる回転しているようだ。

買い物をしていた時のさっきまでの、穏やかな気持が、いっぺんに醒める。

背筋が寒くなり、静かに寝ている男が、得体の知れないもののようにうつる。

その強い視線を感じたのだろうか?

成哉は、ゆっくりと目をあけた。

「あ、美織さん、おかえり。」

いつものように、のんびりと笑う。

そして、やっと、美織の表情がこわばっていることに気づく。

「どうしたの?美織さん。」

「外に出たの?」

思わず、詰問調になる美織を不審そうに見ながら、成哉は首を振る。

「まだ、頭痛くて、ほとんど寝てたけど?」

「シチューができてる…。」

「ああ、もう、昨日と同じ材料しかなかったんで、シチューにしたよ。」

「シチューのルウ、買ってなかったはずよ。」

最後通告のように、その言葉をつきつけると、成哉は、あっさり認めた。

「ああ、無かったね。」

「どうやって、もどってきたの?」

オートロックのこのマンションでは、出ることは可能だが、入ることができない。

鍵が無ければ、戻ることはできないはずなのだ。

成哉は、鍵を持っていない。

「戻ってって、俺、この部屋から、出てないよ。」

「でも、シチューができてるじゃない?ルウを買いに出たんじゃないの?牛乳もほとんどなかったはずよ。」

成哉は、気が付いたように笑った。

「既成のルウは使ってないよ。」

「え?」

美織が驚くのを、成哉は、楽しそうに見つめた。

「小麦粉とバターと塩コショウと洋風だしがあれば、既成のルウはいらないよ。」

「小麦粉とバター?」

「バターがなかったから、マーガリンで代用したけどね。俺は、牛乳も、ほとんど使わないし。洋風だしはコンソメ使った。」

「え?え?」

「カレーも、多分、俺、ルウなくても、作れると思うよ。ただ、材料がなかったから…。」

と、言ってのける成哉に、美織は愕然とする。

「厨房で、バイトでもしてたのかもね。」

美織の激しい動揺など、どこ吹く風で、成哉は、楽しそうに笑っていた。

何か、完全に成哉のペースにはまっている気がする。


買い込んできた大量の食材を見て、成哉は、素直に喜び、幾つかリクエストを加えたあと、いらないという美織に、自分の財布から1万を無理やりおしつけた。

スエットもパンツもディスカウントだったから、1万どころか5千円にもならない。

あんなに、ヒモになろうとしてるんじゃないかと怖がっていたのに、その不安も吹き飛んだ気がした。

一日の生活を聞いてみると、朝は爆睡。

昼ごろ目覚めて、お腹がするから、ご飯をつくり、そのあと、また爆睡。

夕方目覚めて、昼に作ったご飯を食べ、そのあと、美織が帰ってくるまで、また爆睡。

一日の大半は寝ていたという。

頭を怪我しているせいかもしれないが、台所以外は、ほとんどものに触っている形跡はない。

言ってることに、間違いはないのだろう。

身体が要求するままに、行動しているようだ。

眠いから寝る。おなかがすくからご飯を作って食べる。

あくまで、自然に。


「成哉くん。」

美織は、ボーっとしてても、何か楽しそうに見える成哉に声をかけた。

「成哉くんは、昼間、起きている時って、何、考えてるの?」

「ん?」

成哉は、何を考えてると聞かれて、考え込む。

「そんなに、難しい質問?」

美織がおかしくなって、笑い出すと

「何も、考えてないかも…。」

と、首を傾けた。

「すごいね。成哉くんて。」

「どうして?」

「何も考えないってことが。」

「どういう意味?」

「考えないってことが、私には考えられないもの。」

「?」

「私は、いつも、考えすぎちゃうの。考えて、考えて失敗する。考え過ぎる自分に嫌気がさすんだけど、考えることはやめられないのよ。成哉くんみたいに、あまり考えずに生きる事ができたら、素敵なんじゃないかって思う。」

「そうかな?」

成哉は、褒められたとは思っていないようだ。

考え過ぎるという、美織の感覚が、この考えない男には、よくわからないのかもしれない。

美織が、何を羨ましがっているのか、考えたとしても、ほんの数秒のことだろう。

今の自分にわからないことを、成哉は、こだわることなく、あっさり無視することができるのだ。

過去と未来という前後は彼にとっては、あまり関係ない。

成哉にとって、大事なのは、「今」だけのようだ。

未来は見えないものだし、成哉の過去は白紙の状態だ。

だからこそなのかもしれない。

成哉は、今だけを大事に生きている。

美織には、到底、できそうにない生き方だった。











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