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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“聖女の町”

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脳筋の初陣

「ここはさ、“大災害(ディザスター)”よりもずっと昔に、太陽神の聖女が現れた町なんだ。だから“聖女の町”って呼ばれてるんだよ。

 交易の要所のわりに、でっかい太陽神教会に立派な施療院まであるのは、その名残なんだ」

「へえ。その聖女って、わざわざこんなとこに来て何したんだ?」

「“何をしたんですか”だよ。

 なんでも、腐敗と疫病の神を奉じる司祭がばら撒いた疫病を駆逐して、司祭を討ったんだって」

「なんだと! すごいな!」

「だから、“なんですって、すごいですね”だろ」

「う……」


 ようやく“聖女の町”の名物が食べられるとあって、僕の機嫌はすこぶる良い。だから、エルヴィラを相手にこの町の逸話などを話そうという気になるくらいには。

 おまけに、幸先がいいことに、町に着いてすぐに領主の使いが現れた。明日の晩餐での演奏を依頼したいと言って。

 僕の評判もなかなかのものになったなと、ついにんまりと笑ってしまう。


 これから食べる料理は、骨付の焼肉(Tボーンステーキ)で、絶品間違いなしだ。前菜の押し麦と茹で野菜を、この店特性のソースで和えたというサラダもなかなかのものだ。卓上の瓶にたっぷりある赤ワインも、まだ若いながら料理にばっちりと合っている。


 目の前にいるのがこの面倒な脳筋女じゃなかったら、もっといいのに。


 小さく溜息を吐いたところで、ようやくじゅうじゅうと音を立てながら、焼きたての肉が運ばれてきた。


「おまちどう! 脂が跳ねるから、気をつけてくれよ」


 給仕が自慢げな笑みとともに大皿をどんと置くと、そこには、僕の手のひらよりも大きな厚切り肉が3枚も乗っていた。


「やっと来たね」


 僕が自分の皿へと取り分ける間、エルヴィラはぽかんと肉を見つめたままだ。

 無理もない、初めてこの店でこの肉を見た客は、たいていエルヴィラのような顔になるのだから。


 皿に取り分けた肉の横に、押し麦のサラダや、果物を塩漬肉(ハム)の薄切りで巻いたものも取っていく。この塩漬肉も“聖女の町”近隣の特産だ。他の地域のものに比べて旨味も濃い。何よりも、肉に染み込んだ塩気と果物の甘みの組み合わせがいくらでも食欲を誘ってくれるという、付け合せとして申し分のないひと品でもある。


「こ、これ……」

「何してるの。冷めないうちに食べなよ」


 フォークで大皿を指すと、エルヴィラは慌てて自分の皿へと肉を移した。僕はさっさと自分の皿の肉を切り分け、ソースに軽く浸して口へと運ぶ。

 ――ひと噛みしたとたん、肉汁と一緒に肉の旨味が口の中に広がった。

 やっぱりこの店のステーキは最高だ。

 しみじみ味わいながら、僕は頷く。

 熟成された赤身肉の適度な噛み応えもちょうどいいし、なんといっても口の中で混ざり合う脂の乗った肉の風味とソースの味は、心の底からここへ来て良かったと思えるほどに素晴らしい。これぞ至福と言えるだろう。


 うっとりと溜息を吐く僕を見て、エルヴィラもごくりと唾を飲み込んだ。慌てて切り分けた肉をひと口、ぱくりと開けた口の中へと放り込む。


「……うまい。なんだこれ」

「でしょ?」


 そうだろうそうだろうと、僕はにんまりと笑う。

 エルヴィラは目をまん丸に見開いたままほっぺたが落ちそうだと呟き、それから猛然と食べ始めた。結構な大きさの肉が見る見るうちに減っていく。ふつうのステーキの3倍という、とんでもない量のはずなのだが、これなら全部食べられそうだ。

 ちょっと脂っこくなったかなと思ったら赤ワインを飲んで口の中をさっぱりさせればいいし、味が単調になってきたら一緒に取った押し麦のサラダや果物の塩漬肉巻きを食べればいい。


「すごい、こんなの初めてだ。いくらでも食べられるぞ」

「この“聖女の町”の名物なんだよ。特にこの店のものがおいしくてね」


 僕も負けじと、喋りながらも猛烈な勢いで肉を食べていく。

 ふたりで争うように食べているうちに、あれほどあった肉があっという間になくなってしまった。

 肉とサラダとワインと、他にも諸々の料理のおかげで腹も満杯だ。

 満足感に、ふうっとひと息吐いて、僕は食後酒を頼む。


「このあたりでは肉用の牛をたくさん飼ってるんだ。地形とか水とか餌の草とか、そういうのが相まっていい肉になるんだって聞いてるよ」

「よくそんなこと知ってるな」

「このくらい知らなくて、吟遊詩人が務まると思うかい?」

「……もしかして、だからここに来たのか」

「そう」


 なにを当然のことを言うのかと、僕は頷く。


 食後酒を飲み干すと、今度は薄荷茶だ。薄荷は消化の助けにもなる薬草で、喉と口の中もすっきりするし、たっぷりと肉を食べたあとには格別に感じる。




「さて、ここへ来てすぐに言ったとおり、明日は領主家に呼ばれてる」

「ああ」


 ようやくお腹も落ち着いたところで、僕は改めて切り出した。エルヴィラがお茶のカップを置いて姿勢を正し、神妙な顔で頷いてみせる。


「誰が来るかはちゃんと確認してある。あとで部屋に戻ったら話すよ。その中で君の基準に合いそうな男がいるかどうかを確認しよう。

 あとは、今夜、きっちりと自分を磨いておくことも忘れないで」


 エルヴィラは「明日か」と呟いて、もういちど頷いた。気合は十分だが、その気合がどういうものなのか、不安しか感じない。


「それから、一応、君は僕の護衛騎士として連れていくんだ。一応だとしても、役目はそれなりに果たしてよ」

「あ、ああ……」


 エルヴィラはごくりと唾を飲み込んだ。ちゃんとわかっているのだろうか。言われた言葉を反芻して、「つまり、いよいよ明日が狩りの本番ということなんだな」などと拳を握り締める姿には、やっぱり不安しか感じない。


 狩りってなんだよ狩りって。

 夫か。夫候補を狩るのか。

 どう考えてもうまく行く気がしない。




 “地母神の町”に留まっている間ずっと、エルヴィラを相手に「よい夫を捕まえるためには」という名目でさんざん特訓をした。


 たしかに、騎士をやってるせいで身体能力は低くない。むしろ高いほうだ。おかげでダンスも所作もコツを掴んでかなり見られるようになった。

 猿でもなんでも、真剣にしつければどうにかなるんだなと感心した。

 たまに本人の馬鹿力が災いするが、誤差として許せる範囲だろう。淑やかとは断言し難いが、最初に比べれば相当マシだ。

 髪や顔を整えるのも、普段それなりになんとかできる程度にはなった。勝負用のレベルからは程遠いが、そこはセンスというどうしようもない問題も抱えているので贅沢は言えない。

 ともかく、最初に僕の前に現れたときに比べたら、雲泥の差だ。


 だが、あれだけ頑張ったというのにどうにもならないのが言葉だった。

 どうして女言葉を使うだけでああも挙動不審になるのだ。そんなに難しいことなのか。下町の平民の女だって、もうちょっとマシだ。

 だったらせめて丁寧に話せればいいものの、今度は混乱してぐちゃぐちゃだ。

 目も当てられない。

 せめて侯爵家に仕えてた間になんとかなればよかったのに、姫には喋るなと言われ、口にするのはもっぱら業務連絡ばかりだったという。

 その前は戦神教会の騎士隊に所属していたというのだから、推して知るべしか。

 あの、他に女がいるのかいないのかすらよくわからない、汗臭い脳筋教会じゃ仕方ない。だが、親は少しくらいなんとかしようと思わなかったのだろうか。


「いいか。ここぞという時は喋るなよ。にっこり微笑んで頷くか、首を振るか傾げるかで対応するんだ。くれぐれも下手に話すんじゃない」

「それでいいの……い、いいんですか?」


 思い出したかのように言葉を直し、ぼそぼそと自信なさそうにエルヴィラが僕を窺う。そのようすはとても残念なものだ。


 確かに見た目は整ったが、本当にこれに引っ掛かる夫候補なんて存在するのだろうか。ふと考えて、けれど、いやいやと首を振る。

 これ以上をこの脳筋に要求したところで無理なものは無理だ。とにかく、あるものでうまく取り繕いつつ勝負させるしかない。


「しかたない。君がいつもの調子で喋ってドン引きされるよりマシだ」

「う……わかった」


 しおしおと殊勝げに頷いて、エルヴィラは残っていたお茶を飲み干した。



 * * *



「では、明日の晩餐会の出席者を説明しようか」

「ああ」

「“ああ”じゃない、“はい”か“ええ”だ」

「う、は、はい」


 宿の部屋に戻ると、僕はさっそく明日の説明を始めた。今日のうちに済ませた領主との打ち合わせで、すでに明日の来客については確認している。


「じゃ、まず、領主一家だ。長男と長女も一緒だな。それから、この町の商人組合の組合長夫妻に太陽神の教会長夫妻。警備隊長夫妻」


 一家に夫妻に……とぶつぶつ呟いて、エルヴィラはたちまち不満げに顔を顰めた。


「誰も対象にならないじゃないか」

「落ち着け。彼らには護衛も何人か付いてくる。町の重要人物だからな」

「護衛?」

「そう。護衛の中で有力なのが、商人組合長の護衛と教会長の護衛だ」

「護衛……護衛騎士なのか?」


 エルヴィラがきらりと目を輝かせた。やっぱり脳筋は脳筋を好むらしい。だが、脳筋の男は脳筋な女にはあまり魅かれないものだと思うんだけど。


「商人組合長の護衛は、腕は立つが長期契約の傭兵って話だ。君からすれば優先度は下がるだろう。だが太陽神教会長の護衛は聖騎士だ」

「なに?」


 聖騎士と聞いてますます目を輝かせるエルヴィラの顔からは、考えてることがダダ漏れだった。


 聖騎士といえば騎士の中でもエリート中のエリートである。

 まず、ふつうの騎士よりもはるかにずば抜けた資質を要求される。そのうえ、さらに厳しい鍛錬を積み、叙勲に際して神と教会に生涯仕えると誓ったものだけが、ようやく“聖騎士”として認められるのだ。

 おまけに、聖騎士となった後も常に神の教えと教会の聖騎士典範に縛られる。そんな厳しい生活を送り続け、あげく、一度でも道を踏み外したなら、たちまち神に見放されてその地位を失うというハードさだ。


 ──そんな聖騎士がエルヴィラに引っ掛かるものだろうか?


 僕はひとつ息を吐く。

 夢を見るのは自由だし、最初に現実を知っておくのも必要なことだ。


「聖騎士の歳は30前後。未婚の理由はわからないが、周囲には機会を逃したとか言ってるようだ。やや年齢が高い分、地雷の可能性もある。

 けど、君の趣味には合うんじゃない?」


 エルヴィラはきらきらした顔のままゆっくり頷いた。きっと、頭の中には花が咲き乱れてお花畑を作っているんだろう。


「護衛は皆、控えの間で待つことになってる。その時にどうにか親しくなるんだ」


 勢い込んでこくこくと首肯するエルヴィラを、ちらりと見つめた。


「そうだな、食事にでも誘い出せれば僥倖だ。君は僕の護衛騎士という身分だから、鍛錬という名目で会うのもいいだろう。とにかく、何でもいいから接点を持つんだ」


「わかった」


 何かを噛み締めるような顔でぐっと拳を握り込み気合いを入れるエルヴィラは、まるで獲物を狩りに出る山猫のような趣だ。

 本当にわかっているのだろうか。

 これでうまいこと決めてくれれば万々歳だが、きっと決まらないんだろうな……と、僕はまたひとつ溜息を吐いた。




 翌日、言われるまでもなく、エルヴィラは自ら風呂であれこれと自分を磨き上げていた。髪と化粧は盛れるだけ盛ろうとしていたが、“仕事”として行くのにそれではドン引きさせるだけだ。だから必要以上に盛りすぎたって良いことはないと、ふだん通りにさせた。


 ただ、騎士服だけは領主家を訪ねるのだから、やや煌びやかなものを選んだ。

 東方地域出身の騎士がよく着るような、膝よりもやや長い丈の上衣にゆったりとした下衣で、見た目よりも動きやすい。上衣には騎馬の際も邪魔にならないような大きなスリットも入っている。

 体型も、これを見越してわざわざ女騎士御用達の下着を誂えたのだ。以前のように胸を無理やり潰すこともなくなった。おかげで、エルヴィラの数少ない長所である女性らしい体付きが、騎士服にすべて隠されてしまうこともない。


 しかし、ここまでやってもうまくいくかどうかは別問題である。


 鏡の前でぐるぐる回り入念に確かめるエルヴィラをちらりと見ると、「いける。これならきっといける」となどと拳を握り締め、気合いも十分なようだった。

 なのに、ダメな予感ばかりで、僕は小さく溜息を吐く。


 そもそも、パッと見、良物件に見えるくせに適齢期を過ぎても独りでいる者には、隠れた問題があるものなのだ。

 まさに地雷というやつだろう。

 かつて付き合いのあった冒険者が、目の前で俗に“地雷”と呼ばれる“爆発紋(ルーン)”を踏み抜いてみごとに吹き飛んだことを思い出す。

 エルヴィラも、今から地雷男を踏み抜いて爆発するんだろうか。

 変なことにならなきゃいいけど。




■ビステッカ

フィレンツェ名物のすごいTボーンステーキ。

出てくる肉のサイズがすごい。注文は1kg以上でって言われるってなんだそれ。

そしてうまい。

やはり肉は赤身肉にかぎると思わざるを得ないくらいにうまい。

本当にうまい。

うまいしか出てこないくらいうまい。


はい、今、とても肉が食べたいです。

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