脳筋と脳筋は惹かれあう?
領主家に到着してすぐ、僕はサロンへ、エルヴィラは控えの間へと別れた。ここからは別行動だ。
まあがんばってくれと視線を送ると、エルヴィラはいささか緊張したような表情で小さく頷き返してきた。
……まるで戦地にでも赴くような表情に少し不安になるが、そもそもがダメ元なのだ。ここから先はせいぜい自分でなんとかしてくれ。正直、そこまで面倒見きれない。
サロンに通され、用意が整うまでの間、僕はさっそく領主や招待客へあいさつし、雑談を交わす。
数ヶ月前、この町に赴任してきたばかりだという太陽神教会の教会長はまだ20歳前という驚きの若さだ。だが、都で“太陽神の寵児”と呼ばれた彼であれば納得だろう。そういや、この教会長の奥方が、カーリス家と並んで称される騎士の名家の出なんだったなと思いだす。
にこにこと愛想よく声を掛けてくる教会長に、最近の出来事などについて、請われるままに話をする。ついでに、この町で起きたことを聞き出すのも忘れない。
領主一家からも同様だ。
商人組合長は、さすが商人たちから話が上がってくると見えて、それらの裏付けとなるようなことを主に尋ねてきた。警備隊長も似たようなものだ。
そうこうするうちに晩餐の準備が整い、領主の案内で食堂へと入る。
卓上にはこの季節の花が飾られ、並べられたカトラリーやナプキンの彩りと合わせてとてもよい雰囲気を作り出している。
おそらく、奥方のセンスがよいのだろう。
「それでは閣下。打ち合わせ通りに」
僕は領主に小さく声を掛けた。用意された場所へと座り、合図に従ってゆっくりと曲を奏で始める。
演目はあらかじめ確認してあるが、晩餐会でもあるのだ。歓談を妨げてはいけないと音量にも注意する。
曲を奏でながら何気ない風にあれこれを観察するのもいつものことだ。この場で話されることの内容やそれに対する反応は、情報の宝庫と言っていい。これらからどんなものが得られるかも、吟遊詩人の腕にかかっている。
晩餐会は、おおむねゆっくりと穏やかに進んでいったかのように見えた。
窓の外に何か眩い光が走り、「ふははははは!」という聞き慣れた笑い声が耳に入るまでは。
「うわあ……」
にわかに起こった騒ぎに、僕はなんとなく、外で何が起こっているかを察した。
この町のここ数ヶ月の出来事は多少なりとも聞いている。
春先、新任の教会長を盗賊団が襲ったことに端を発する暗殺未遂やら疫病騒ぎやらと、今時、都ですら滅多に起こらないような事件が立て続けに起こっていたのだ。
その事件のひとつひとつは収束しているが、その大本を断つことは未だできていなかった……ということなのだろう。
後ろ暗いことを企む連中が、町の要人が一箇所に集まる今夜を狙わないわけがない。こういう荒事も、それなりに予想はしたうえでの晩餐会であったということだ。
エルヴィラの腕が本当のところどれくらいなのかはよく知らない。
だが、以前腹に食らった一撃と、彼女の出身が戦神教会のカーリス家であることを考えれば、問題ない程度なんだろう。おまけに、聞こえてくるこの笑い声の調子なら、生き生きと賊たちを斬り刻んでいることも想像に難くない。
……ここに来た目的を忘れてなければいいけれど。もしや、脳筋としていいところを見せようと斜め上に張り切っているんだろうか。
つい、溜息がこぼれてしまう。
しかし、それはそれ、これはこれだ。
僕はすぐに立ち上がり、領主一家を壁際に誘導した。領主と領主の息子は、さらに奥方と娘を庇うように位置取って立つ。それを確認して、食卓上から適当なナイフを数本手に取って腰帯に差し、リュートを構えた。詩人の歌は、時として強力な武器にもなるのだ。
外の気配を探ってみると、おそらくはエルヴィラたちの押さえきれなかった賊が、まっすぐこちらへ向かって来ていることもすぐに窺えた。
「“天空高く輝ける神の名において、隠れしものよ姿を現せ”」
教会長が太陽神の聖印を掲げ、祈りの言葉を唱えた。
聖なる印からあふれ出た光が、この部屋の中を隅々まで照らす。若いのに高神官だというのは、やはり伊達ではない。
「これで、この部屋に姿を隠して潜むことはできません」
皆を安心させるように微笑む教会長は、さらにいくつかの神術を唱えていく。
ドレスの上にたちまち輝く鎧を纏った教会長の奥方が、スカートの裾を裂いて下に佩いていた剣を抜き放った。教会長を庇うように立つ姿は、さすが護衛騎士だ。堂に入っている。警備隊長も自分の奥方を壁際に下がらせ、壁に掛かっていた剣を取って油断なく身構える。
窓を突き破って賊が飛び込むのと、護衛たちが駆けつけるのは同時だった。
ほどなくして、乱入した賊はほぼ全部を取り押さえることができた。
時折、庭からエルヴィラの高らかな口上が響いてきたが、ほかに取りこぼしはないようだった。入り込んだ賊はほぼ全部を捉えることができたということか。
疫病と腐敗の神の信者と下級司祭が混じっているところからも、この襲撃は以前の疫病騒ぎを受けて起こったことなのだろう。さすがに、全員がまったくの無傷とはいかなかったけれど、誰の傷もすべて、すぐに教会長が神術で癒してしまった。
さすが、生命と癒しを司る太陽神の高神官といったところか。
ちなみに、この件で多少の怪我を負ったエルヴィラは、聖騎士サイラスの癒しを受けたうえ、念のためと解毒の魔法薬までも受け取っていた。
驚いたことに、上手くやれたらしい。
男でも女でも、脳筋は脳筋に魅かれるものなのか。
あれこれの混乱にようやく収拾がついたところで、僕らは領主の屋敷を辞した。この騒ぎのおかげか、領主は約束の金額に若干の色をつけてくれていた。この件について、領主や町にとって良いように話をばら撒いてくれという意味もあるのだろう。
晩餐会は改めて後日仕切り直すとのことだったが、荒れ放題になってしまった食堂を直すのにしばらくかかりそうだった。
とにかく、今はエルヴィラだ。
宿に戻るなり、開口一番「首尾はどうだったの」と僕は尋ねる。
「あ、明日、食事の約束を、した」
興奮を隠しきれないエルヴィラは鼻息も荒く、頬を紅潮させて身体を震わせる。
要領を得ない断片的な言葉を総合すると、癒しと魔法薬の礼をすると言って、明日、食事の約束を取り付けたらしい。エルヴィラにしては上出来だ。上出来すぎるくらいだ。
が、ふわふわと雲の上でも歩いているかのような覚束ない足取りで、エルヴィラは、「絶対脈があるんだ」とか「私の野生の勘は間違ってない」などとも呟いているのは気になった。
その野生の勘とは、もしかして、必ず外れる奴じゃないだろうか。
顔を顰める僕に、エルヴィラが訝しむような表情を向ける。
それでも、ここで決められれば厄介払いできて嬉しいことに違いない。
なら、ここで渡しておくことが得策だろう。
「じゃあ、明日に備えて最終手段を渡しておこうか」
「最終手段?」
仰々しく頷いて、僕は服の隠しから手のひらにすっぽり入るくらいの小さな瓶を取り出した。瓶の中には、ほんのりと薔薇色に染まった液体がたぷたぷと揺れている。
これがなんだという顔で瓶と僕を見比べて、エルヴィラが不思議そうに首を傾げる。
「俗にいう“惚れ薬”だよ。正式名称は“恋の秘薬”。これを飲むと最初に見た相手に惚れるという、正真正銘の魔法の薬だ」
「な……なん、だと」
エルヴィラの目が驚愕に開かれた。
「う、噂には聞いたことがあったが……」
「君がどんな手段を取ってでもと思うなら、これを使うといい」
「う……」
エルヴィラの震える手に小瓶を持たせると、大きく目を瞠り、中の薬に魅入られたように瓶に見入っていた。
だが、このようすでは知らないのだろうなと、注意を促すことにする。
「ひとつ言っておくと、それは万能じゃない」
「え? 万能じゃないって?」
「永遠には続かないってことだ」
「なん……だと?」
驚いた顔で僕を見返して、今度はぽかんと口を開けるエルヴィラに、やっぱりなと思う。一般に“惚れ薬”は絶対だと信じられていることが多い。だが、残念ながら、魔法薬はそこまで便利じゃない。
どんなに好意を感じさせても、本人が違和感に気づいてしまえばお終いだ。自分の感じている好意が不自然だと疑ってしまえば、この魔法は解ける。
「聖騎士には神の加護もあるから、長くても10日間、効果が保てばいいだろうね」
むうっと唸るエルヴィラに、僕はにやりと笑う。
「だから、その間に彼を本当に落とせばいい」
「本当に落とす?」
「“恋は一瞬、愛は永遠”って言うだろう? “惚れ薬”っていうのは、飲んだ者をいっときだけ、仮初の恋に落とす薬なんだよ。その効果が続いている間に恋を愛に変えて、ほんとうに愛されることができれば、愛の勝利者になれるというわけさ」
エルヴィラがまた瓶に視線を移し、戸惑ったようにじっと見つめる。わかったのかわかってないのか瓶をじっと見つめたまま、小さくこくりと頷いた。
「ん……なんとなく、わかったと思う」
「じゃ、健闘を祈る」
エルヴィラがこういう手段を善しとするかどうかは、本人次第で構わない。
構わないが、僕としてはここで決まってくれれば万々歳だ。
翌日、約束の時間だといって、いつもとは違う一張羅のワンピースで着飾ったエルヴィラが、気合い十分に部屋を出ていった。
戦いに行くんじゃないんだからもうちょっとなんとかとも思ったけれど、これ以上口出しする義理はないだろう。
僕は黙ってエルヴィラを見送る。
とにもかくにも、しばしの休息の時間だ。今日の夕食は何にしよう。
思えば、“地母神の町”からずっと、四六時中一緒にいたのだ。
目を離したらまた逃げるんだろうと、エルヴィラは僕に引っ付いたままで、ずっと目を光らせていた。よくもまあ我慢できたものだと、我ながら感心する。
だが、まんがいちうまくいけば、それも今日で終わりなのだ。
あの聖騎士が地雷でもなんでもいい。10日だけでも構わない。
とにかく今だけ、僕がエルヴィラと首尾よく離れられる間だけでいいから、うまくいってくれないだろうか。
そこまで考えて大きく息を吐くと、僕は起き上がる。外へ繰り出して、束の間のひとりを堪能するのだ。
――とは言っても、女の子を引っ掛ける気などは毛頭ない。さすがにもう、しばらくそういうのはいい。
ちみちみと買い食いを楽しもうと、露天の立ち並ぶ広場へと向かう。
良い肉の産地だけあって、店先にはさまざまな肉料理が並んでいるのだ。楽しまない手はない。
串焼きに臓物煮込みに薄切り肉のサンドイッチに……と少しずつ買ってはぱくつきながら、他の店先も冷やかして歩く。
途中、エルヴィラに教えたレストランのそばを通りかかると、楽しそうにサイラスと話している姿が窓辺に見えた。
なんだ、うまくいきそうじゃないかと考えて、それじゃまた明日から気ままにひとりか、と、僕はほっと胸を撫でおろした。





