94話
話が一段落した所で目を閉じて耳を澄ませる。
顎を砕いた傭兵が報復に来るかも知れない。
あいつも始末しておいた方が良いだろうか?
他にも居た場合厄介では有るか……。
「連中は何人で来たのか誰か分かるか?」
「えっと、確か5人でしたが……」
話し合いが終わったら処理しておくか。
良く考えたら傭兵の集団の単位は分からないが、一桁台しか居ない傭兵団なんてあり得るとは思えない。
分散して娼館に来ていたと考えた方が良い。
後顧の憂いは絶っておくに限る。
そう心の中で決定したタイミングでドアの外で複数の足音がする。
目を開けてドアの前に移動すると、ドアがノックされる。
驚いたのか、背後のベッドでアンがジタバタしている様だ。
少し笑って、それから表情を引き締めて口を開く。
「誰か?」
「リュート様、お食事をお持ちしました……」
誰何するとどうやら支配人らしい。
閂を外してドアを開けると支配人と数人の背の低い人影が見える。
部屋の中に促して、テーブルに食事を並べさせる。
豊かな香りが皿から立ち上るのが分かる。
ステーキとレバーソテー等が並べられて支配人が口を開く。
「それでは失礼しまっ」
「食事が終わるまでそこに立ってろ、終わったら話が有る」
尊大に聞こえる言い回しをあえてすると、向こうも息を詰まらせて壁際に移動する。
ソファーに座って、ローテーブルを囲んで食事を開始する。
「アン、このレバーのソテーは貧血解消に役立つから、無理じゃなければ食べると良い」
「レバーですか……」
少し苦手そうに言って、それでも仕方なしに食べ始める。
「……あまり臭みはしないんですね?」
基本鴨の肝臓は臭みが強いのだが、牛乳に漬けて臭み抜きをしておけば軽減はされると思っていた。
後は、モンスタードロップの特徴として、血抜きが完全に成されているのも理由かも知れない。
「ヘビー・カウのミルクに漬けていたから、臭みも抜けてると思うぞ」
「リュート様?そのミルクだけで銅貨10枚はするんですけど……」
アンが若干引いた様な声を上げるが、旨い物にはそれなりの手間が掛かっている物だから仕方が無い。
笑いながらジュリアにもエミリーにも勧めて、四人で満腹に成るまで肉々しい夕食を楽しむ。
俺も一口だけ食べたが癖は鶏のレバーより強く、牛のレバーより弱い感じだった。
好みの問題だが、野趣に富んでいて旨いと思う。
旨いが、二口目には手が伸びない。
トロリとした舌に纏わりつく濃い肉の味をワインで流してから、ようやく支配人との話し合いに移行する。
先ずは三人の身請けの話から進めていく。
支配人には立ったままで居る様に指示をする。
立たされて叱責される空気を態々(わざわざ)作って威圧する。
吹っかけられるのは予想出来るから、吹っかけ難い場を作った方が交渉はやりやすい。
「さて、話を始めようか?エミリー、アン、ジュリアを身請けしたい、今日この場で」
「三人同時ですか?」
「ああ、三人同時に、今直ぐに」
困惑した様な声を上げる所を見ると、どうやらエミリー絡みの抗議だと思っていたらしい。
ああ、安心しろ、それは後でしっかりと追及してやる。
三人と談笑しながら食事が出来るだけで、怒りを忘れた訳では無い。
「三人の身請けに掛かる費用を聞こうか?」
「あっはい……、それぞれが店にしている借金と合わせた額と言う事に成ります」
「そうだろうな、それで金額は幾らだ?」
「帳面を見て確かめませんと、即答は出来ません」
「そうか、なら帳面を持ってこい」
足を組みながら横柄に言い放つ。
本来ならいくら客でもこんな横柄な態度では上手く行かないだろうが、今日のトラブルで向こうは強固な態度は取れない。
そして俺が怒りと不快感を隠さずに話をしているのだから堪った物ではないだろう。
支配人は急ぎ足で部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送ってドアが閉まるのを確認するとエミリーが声を上げる。
「リュート様、似合っていませんよ?」
そう言って、クスクスと笑った。
自覚は有る。
あまり高圧的な態度も似合いたくないし、似合っていても困る。
特に丁寧でも無ければ、特に荒っぽくも無い。
どこにでも居る様な普通の日本人のつもりで居る。
雑な対応をされると厳しい反応をするのは実際意図的にやっている部分が多い。
「似合いたくも無いが、今は必要な顔だと思うだけだ」
「ジュリア、リュート様の寝顔ってね、結構可愛いのよ?」
「へー……、どうでも良いし……」
「可愛いとか止めて貰えるか?そう言うのはなんと言うか、困る……」
アンが混ぜっ返す様にジュリアに俺の寝顔の話を振る。
ジュリアは何か言った様だが、声が小さくて聞き取れなかった。
いや、聞き返すつもりも無いが。
そんな気の抜けた会話をしていると廊下を走る音が聞こえる。
表情を厳めしく作って目を閉じる。
ノックの音がして返事をすると支配人が入ってくる。
「お待たせいたしました」
「それで?幾らだ?」
「あ、はい……エミリーが金貨18枚、アンが金貨21枚、ジュリア23枚です」
「ちょっと待ってください、私は16枚の筈です!」
「私も19枚です」
「私は21枚です、先週確認したばかりです」
どう言う事なのか、と支配人の顔を覗き込む。
まあ、俺にはドット絵にしか見えないのと、モザイクを睨むと言う妙な事に微妙な気分に成る。
「それは自分での貯金からの清算の場合です、今回は身請けですので手数料と言いますか、そんな様な物が掛かります」
「ふーん、そう言う物か……」
手間賃に金貨6枚を乗せてくるか、良い度胸だ。
口角を上げて笑い掛けてあげよう。
支配人が息を詰まらせるが、引き攣った顔を見れないのだし、もっと詰まって貰うとしよう。
「でも、ドット絵」なんだよな……。




