68話
重たい話になります。
女性の涙や嘆きが苦手な方は読み飛ばして下さい。
上がった息を整えながら抱き締めたエミリーから軆を離す。
汗に濡れた二人の軆を優しく抱き締める。
胸板に甘える様に額を擦りつけてくる二人を可愛く思い思い付きを口にする。
「エミリー、アン……二人は俺と一緒にここを出る気は有るか?」
「一緒に出る、ですか?」
「家を買って、畑を買って、ワインを作るのも面白いな」
そう言うと二人は身を硬くして押し黙る。
話題として唐突過ぎたか、過ぎたな。
余計な事を口走ったらしい。
手遅れなLvでしでかしたみたいだ。
暫く続いた沈黙を終わらせたのはエミリーだった。
「リュート様、私達はこの娼館に借金が有ります、それを返し終えるまでどうする事も出来ません」
「うん、それは何となく分かっていた、でもずっとこのままで居るつもりも無いだろう?」
「有りませんが! それでも借金の返済の目途が……」
「それは俺が出せるよ」
「リュート様が私達を身請けなさってくれるのですか?」
「あ~、そうだな。もし二人に良い仲の男が居るならそっちと話さなければ成らない事も有るだろうが」
「……私には良い仲の殿方は居りませんが……」
今のニュアンスだとアン側には居るのか。
「アン、良い仲の男が居るなら俺が一時立て替えるのも可能だぞ?」
「いえ……私も良い仲の方は居りません……が……」
「何か問題を抱えているのか?」
「リュート様に……お話するべき話では……ありませんから……」
「アン、ここまで来たなら話してしまわないか?」
アンは深呼吸をして切り出す準備をしているのが分かる。
「……最近……妹も……ここに……売られてきました……置いては……」
アンの言葉が理解出来なかった。
妹? 妹も? 親に? 姉妹同時に? 別々に?
徐々に理解が及んだ所で耳障りな、キシキシと言う音が部屋に流れる。
なんの音だ? ああ、俺の奥歯が軋んでいる音か。
二人にも聞こえる位強く歯軋りをしていたらしい。
「もっ申し訳ありません! 折角の申し出をっ!」
慌ててアンが俺に何か謝罪をしてくるが聞き流す。
親が娘を売春宿に売り払う? しかも姉妹を? どう言う事だ?
生活に困って繰り返し娘を女衒に売ったのか?
確かにこの世界は人の命が安く扱われてる気がする。
それでも一人ならいざ知らず二人も? 娘を?
正気じゃないだろう、なんだそれは。
ああ、この世界の常識なのだろう。
俺が怒る筋合いじゃ無いのかも知れない。
しかし、姉妹を売るって正気の親のする事じゃないと思う。
「ごめんなさい、リュート様!」
「アン、リュート様は貴女に怒っている訳では無いわよ? だってリュート様の腕は怒りながらも少しもきつく成ってないでしょう?」
エミリーが狼狽するアンを宥めている。
「ああ、アンに怒ってる訳じゃない……娘を二人も娼婦に落とし込む親が信じられないだけだ」
まるで売る為に作って産んでいるのでは、と疑いたくなる所業だ。
有る話だ、珍しい話でもない。
それでも理不尽だと感じてしまう。
戦前の日本でも有った話だ。
世界中で有った話だ。
今の俺の常識を誰かに押し付けるのは道理が合わない。
それでも心の底から怒りが沸いてくる。
それと同時に、彼女等に恩を返したいと思う。
だから、今回だけは手を貸したい。
「エミリー、灯りを少し点けてくれないか?」
エミリーがベッドを降りてテーブルに置かれた燭台の蝋燭に、火口箱を使って火を点ける。
真っ暗な部屋が微かな灯りで揺らめく。
アンを促して、シーツの上に胡座をかく。
エミリーがベッドに戻って来るのを待って口を開く。
「改めて問う、二人とも娼婦を辞めて俺と来るか?」
声が空気に溶けて少しの沈黙が流れると、アンの嗚咽が聞こえてくる。
その声は俺には苦い。
長い、長い嗚咽混じりの沈黙が続きエミリーが口を開く。
「リュート様、私は食い詰めた親に売られ、ここで日々殿方に買われてきました。その間に甘い言葉を何度も囁かれ続けました……。でも、誰も本当に私を救い上げてくださる方は現れませんでした……」
時折歯を食いしばる様に言葉を重ねてく。
少し鼻声に成っているのは涙を堪えているのだろうか。
「リュート様のお言葉が本当だったらと思います。でも、本当に身請けしてくださいますか? そのお金は有りますか?」
「身請けの代金、金額は正確には分からないが即座に払えると思う」
「信じて良いのですか? 私はリュート様を信じて良いのですか?」
「俺が信じろと言えば即座に信用するのか? エミリー、君は俺を疑って疑って、疑う余地が無くなるまで疑って良いんだよ」
微笑んでエミリーの頭を撫でる。
「リュート様、私は……行けません……妹を残して……は行けません……」
絞り出す様な声だ。
悲痛で、身を削る様な声だ。
「アン、君の妹さんも一緒に、だ。俺も妹さんを残していくなんて話なら断るぞ」
二人に心を救われた俺としては二人の心を救いたい。
アンの場合は妹も一緒にここから離れなければ心は救われないのは分かる。
「一緒じゃなきゃ、余計に傷付くだろ?その位俺にだって分かる」
言い切った俺の言葉にアンの嗚咽が強くなる。
「アン、おいで……」
腕を開いて招き寄せる。
泣きながらアンは腕の中に飛び込んでくる。
ギュッと抱き締めて、気が済むまで泣かせておく。
理不尽な話だ。
この世界の常識だとしても、誰かが泣くならそれは悪しき常識だ。
その常識を根絶する力は俺には無いし、有っても動くべきじゃない。
それはこの世界の人間が、時間が掛かっても是正して行かなければならない事柄だ。
俺は今俺の腕の中で泣く人達の手助けをするのが限界だ。
それ以上を求めたら本当に心がおかしくなると思う。
蝋燭の灯りが揺れているのかドットの影がゆらゆらと動くのを眺めながら考える。
でも、ドット絵、なんだよな。
身売り、売春、解決の目処の立たない問題ですね。




