52話
胸元に手を置いて呼吸を整え、心臓の鼓動を押さえ付ける。
疲れで警戒が疎かに成っていたのか、警戒範囲外に居たのか分からないが不味い状況だ。
人気の有る内に宿に入らなければ。
「いらっしゃいませ、まだ鎧下は出来てませんよ?」
「いや、またワニ皮の買い取りを頼みたい」
昨日の店員だったらしい。
「畏まりました、ではこちらに出して下さい」
言われた通りにカウンターにワニ皮53枚を並べる。
「また大量ですね、貴方とお仲間はお強い様ですね」
「ん? 俺は1人だぞ?」
「え?」
「ん?」
「この数のバイト・アリゲーターを一人で?」
「そうだが? あ、これも買い取りを頼む」
驚きの声を上げる店員に堅皮を渡す。
使い道は分からないが、防具屋以外に使い道が有るとは思えない。
「このモンスターも一人で?」
幾分戸惑った様な疑う様な調子の声で尋ねられる。
何故確認されるのか分からないが、一つ頷いて肯定する。
実際、一定以上のLvに成れば誰にでも可能だ。
いや、可能なはずだ。
俺に出来るなら、誰にでも出来る。
Lvや年齢、経験によって可能な時期に個人差が出るだけだろう。
「バイト・アリゲーター・リーダーの堅皮が銀貨5枚、普通の皮が銅貨90枚で銀貨52枚銅貨70枚になります」
「その金額で構わない、それと今使っているバックラーも良い物に替えたいのだが」
金額に同意して新しい盾を勧めて貰う。
「では、先ず買い取り金額です。バックラーは今お持ちします」
貨幣を受け取り、店員の帰りを待つ。
疲れた目を閉じて目元をマッサージしながら先程の声を思い出す。
尾行を警告してくれた人物。
誰だ?
声の主は正面から来たはずだ。
正面から来て、どうしたら俺の背後の尾行されてるかが分かる?
前に尾行される俺を見掛けていたのか?
俺か、尾行者に先ず注目し、観察しなければ分からない事のはずだ。
俺に見えない所で何が起きてる?
尾行者が狼藉者なら応戦も考えて無かった訳じゃない。
現代日本と命の値段が同じだとは思って無かった。
もしかしたら、盗賊の類いとぶつかる可能性は意識していた。
だが、更に第三者の存在は想像の外だった。
どう立ち回るのが安全で確実なのか分からない。
本当に分からない事ばかりが増える。
カウンターの奥からドアの音がして店員が戻ってくる。
一旦、思考を切り替えて装備に意識を向ける。
「お待たせしました、今のバックラーより上等な物は二つだけです」
そう言ってカウンターに茶色い多分盾を並べる。
「こちらは今のバックラーより単純に固い木材を使った物、こちらは更にモンスターの鞣した革を貼って防刃性を高めた物です」
左腕のバックラーを外してインベントリに仕舞うと、それぞれを腕に当てて重さを確かめる。
重さに差異は余り無い。
なら性能が高い方が当然良い。
「革を貼った方を下さい」
「はい、銀貨8枚になります」
インベントリから銀貨を取り出して渡す。
新しいバックラーを装着してベルトで微調整する。
若干の差異は有るが筋力も上がってるからか、動きに支障は無い。
「鎧一式は何時ぐらいに?」
「そうですね、煮て成型して固めて乾かして、最低でも四日は掛かると思います」
「了解」
四日か、鎧下で明日からは防御力は上がるが、それから数日は我慢するしかないか。
明日にはダマスカス鋼の片手半剣も仕上がるし、気を引き閉めてくしかないか。
防具屋を出て空を見上げる。
微かに空の色は濃くなっている気がする。
ズボンも裂かれたし、替えの服も買っていくか。
耳に神経を集中しながら防具屋の列びの被服店に足を運ぶ。
新たにズボンと下着を買い足して娼館に向かう。
耳に神経を集中して近付いてくる気配が無いか、気を付けて歩みを進める。
娼館に着くと多分支配人と思われる男性に話し掛けられる。
「リュート様、いつもご利用ありがとうございます。少しお願いが有るのですがよろしいでしょうか?」
「ああ、なんだろうか?」
「いつもエミリーとアンを可愛がって頂いていますが、少し手加減をしてあげて下さいませんか?」
「すまない、何が言いたいか分かった。全面的に俺が悪いな」
「来るのを控えて欲しい訳ではありません、ただハンターの方の体力を自覚して頂きたいのです」
「分かった、気を付ける。申し訳無い。アンは寝込んでしまったか?」
「いえ、寝込む程では有りませんが、今夜は客を取れそうに有りません」
少し考えて多分支配人に提案する。
「今夜はアンも俺に着けてくれ。誰にも着けないのは彼女に悪い」
「畏まりました、繰り返しますが、手加減をお忘れなくお願いします。では、部屋の準備を致します、掛けてお待ちください」
そう言い残して多分支配人はその場を離れた。
「何やってるんだ、俺は……」
女の娘に甘えて無理させて、挙げ句稼げなくさせた事が恥ずかしいし情けない。
ソファーに腰掛けて大きく溜め息を吐く。
モンスターも盗賊も女の娘も外見を認識出来なくては状況を把握も難しい。
全てが現実なんだ、俺の目以外は。
だから、やっぱり言わずに居れない。
「でも、ドット絵」