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とある伯爵令嬢は想う。


「うっ、うっ、うっ……なんて、なんてお恥ずかしいの……。

 他の事を考え、ぼんやりとしていた為に、殿方を押しつぶすなんて。

 は、恥ずかしい。恥ずかしすぎますわっ。

 こんな、こんなことならば、もっともっと体を引き締めておけば、

 カイ様はあんなお怪我をせずに、剣術合宿に参加されていたはずです……!」


ぐすぐすと泣きながら、ミリアは言う。

チョコレートの様なロングヘアに、赤い果実のような瞳。

すこしふっくらとしたもちもちほっぺが自慢のミリアはあれからずっと泣いていた。

いや、嘆いていた。自らの失敗を、迂闊な心を。


「ミリア、もう起きてしまったことはもうどうにもなりませんのよ。

 それは私たちがよく知っているでしょう。ねえ、エリザ様。

 エリザ様も何度嘆いたことか、ねえ? やっとリク様とお話出来るようになったのに

 一体どれだけかかったら、ミリアも知ってるでしょう」

「マーサ、あなたいい度胸してるじゃない。そっくりそのまま返してあげるわ」

「あなたたち、喧嘩ならよそでやってもらえるかしら」


あれから、どれだけ経ってもミリアはあの時の自分を許せなかった。

夏の長期休暇、いつもの楽しみだが、今年は更に楽しみだった。

可愛い妹分とともに、いろんなことをしよう。

そう浮足立つ自分を戒めることがどうしてできないのだろうか。


「うう、わたくし、恥ずかしいですわ。

 きっと、きっと重かったわ。カイ様が、支えられないくらいに!

 なんてことなのかしら。こんなことなら、もっと鍛錬を増やすべきでした。

 走り込みに、素振り、それから雑念を取り払うためには遠き国から伝わる瞑想とやらを……」

「あなたいつからそんなに鍛錬なんて……」

「少し前まで甘いものを食べることが一番の至福と言っていたミリアが」

「甘いものだけではありませんわ。食べることが至福なんですっ」

「修正するのはそこでいいのかしら……」


ミリア・パヒュム、少し前までは少しふくよかな柔らかな体を持つ子爵令嬢だった。豊かな大地で育った彼女は食べ物に対しては誰よりも真剣だった。大地が育む命を頂くという崇高な行為、それを育てる領民、両親も貴族と言うには働き者だった。ミリアはそんな両親を見て育ったはずだったが、一度間違いを犯した。それは子供としても、貴族としてもほんの些細な間違い。けれど、それがミリアを大きく変えた決定的瞬間だった。常に泥汚れを纏い、着飾るとは無縁の両親。周りとは違うその姿をミリアは恥じた。兄の忠告もそう振る舞えない者の嫌味だと捉えて、物語の憧れの気高い貴族令嬢に憧れを抱いた。そして、そんな憧れの存在がそのまま表れたような存在を知った。憧れ、傍に居れば自分も。そう考えた。しかし。

それは。




本物の気高さを知ったあの瞬間に崩れた。

自分たちのしていたことは、愚かな真似事であったと知ることになった。




本物の気高さの前に愚かな嫌がらせを行った自分たちを知ることになった。

けれど、たったひとつの間違いは、今振り返れば最高の間違いであった。ミリアたちは自分たちが愚かであったと見つめなおす素晴らしい瞬間となり、ただの張りぼての集まりだった令嬢たちは本当の絆で結ばれた。そして、今一度知る両親と、領地と領民と、兄がどれだけ凄いのか再確認もした。そして。そして、素晴らしい出会いも訪れた。


むっとした嫌悪感を隠さない少年。そんな態度を取られても、仕方がないと思っていた。そんな風に扱われても当然のことをしたのだから、これは当然の扱いだ。そう思っていた。

けれど。

ふと、笑った顔が。驚いた顔が。

義理とはいえ妹に対する兄としての優しい微笑。

とくん、と胸が鳴る。


いつの間にか剣を振るう姿を追っていた。

いつの間にか走る姿を追いかけていた。


いつの間にか、手を差し伸べられて、声を掛けられていた。


「ミリア嬢、大丈夫ですか。もっとゆっくりでも」

「いいえ! いいえ! わたくし、体力をつけたいのです。

 そうすれば、体力だってもっと上がって、より家の役に立てるかもしれませんし。

 それに、ご飯がもっと美味しく食べられますもの」

「ごはん……? そ、そうですね! でも美味しく食べるなら無理はよしましょう。

 一度休憩しましょう、僕も共に休みますから」

「カイ、さま……」


あの時、愚かにも嫌がらせをした一味の一人としか見なられなかった令嬢は話し相手から、共に鍛える仲になった。いつの間にか友人として対等に話せるそんな仲となったが、ミリアは違った。もちもちした頬に触れれば、頬はいつもより熱かった。むにむにと触れてもそれは変わらない。むしろ触れば触るほどに熱を持つことを確認するばかり。それは、まだミリアは認識したくなかった。それはまだ残る罪悪感から来ていた。突き飛ばし、酷い言葉を言った。それは消せない過去だ。自らの間違い。けれど、それはいつ許されるのだろうか。こうやって普通に話をしていても、きっと覚えられている。それが、心のブレーキになっていた。そんな意地悪な令嬢など、相手にされるのだろうか。

そう思うと、胸の音も聞こえなくなった。

もちもちほっぺの熱も、少し、冷えてきたような気がしてきた。


けれど、やっぱり話すのは楽しい。

やっぱり、この胸の高鳴りは、嘘なんてつけない。


夏には、きっと。

ほんの少しの勇気を出せば。

ほんの少し、勇気を出せば。

もしかしたら、物語のようなはじまりを、二人で。



ぐらり、体が浮いた。


「お、おい!」


誰かが手を差し伸べる。

けれど。








〇〇〇







「パフュム子爵令嬢、よければ夜会に出席されませんか」

「や、か、い? そんな、わたくし、そんなこと……」

「いいではありませんか。我が領地の果実が実ったのもパフュム子爵領のお力もありますのよ。

 それに、今回はわたくしたちの知り合いしかおりませんし、お父様だって認めてくださいますわ。

 わたくしも仲のいい皆様と大人の真似事がしたいのですわ」


桃色の髪、大きなリボン、緑の瞳。

まるで物語の主人公のような可愛らしい少女が微笑む。

小さなころ、お兄様に『婿になって』と喚いていたあの頃とは全く違う気品を持った少女の誘いにミリアは戸惑う。始まったばかりの夏だか、ミリアはちっとも楽しむ気はなかった。自らの間違いでまた、人を傷つけた。楽しみを、奪ってしまった。自分のせいで。なのに、自分だけ。そんな気にはなれなかった。


「実は、リリアお姉さまも誘いましたの。

 お姉さま、夜会なんて初めてできっと緊張なさるわ。

 そんな時、頼りになるミリアお姉さま方がいたら、きっと安心なさるでしょうね。

 これからドレスをお直しに行きますの。亡きお母さまのドレスを着たリリアお姉さま。

 エリザお姉さま方も髪飾りを贈るのだとそれはそれは……」

「ず、ずるいですわっ。そんなの聞いてませんっ!」


あんなことをした自分たちを慕ってくれる可愛い妹分。

兄しかいない自分には本当の妹のように感じられる可愛い可愛い妹分。

いつかきっとお揃いのアクセサリーをつけて、一緒にお茶会や夜会に。

そんな夢が今、現実になろうとしていたことにミリアは驚いた。しかも、先に抜け駆けしているなんて聞いてない。わたくし、聞いてないとミリアは振り返った。泣き腫らしたその瞳の先に居たのは、可愛い主人公の様なモモナとそして。



「よかったわ。元気そうで」

「泣いてばかりで食べないとご両親が心配されておられたわ。

 そんな情けない姿を姉として晒す気でいるの、ミリア」

「ミリア様たちとお揃いのアクセサリーをつけれるなんて楽しみですっ」

「さあ、まずはお顔を洗わないとね、ミリア」


いつもそばに居てくれた大切な友人たち。

いつもと変わらぬ笑顔で、そこにいた。


「ミリアお姉さまのご友人も、わたくしの親友と同じくらい素敵な方たちですね」

「……は、い……はいっ……!」


ほろほろ落ちる涙。

これは悲しみや後悔じゃない。



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