ヒロインは気づかない
「ねえねえ聞いた? 森の中を彷徨っていた御令嬢二人を
イオ様と第二王子殿下が保護なさったんですって」
「まあ! さすがイオ様だわ。お優しい!」
「ええ、本当。でも、どうして森の中にいたのかしら…。
無謀な事を考えたモノよね。
プランタ伯爵令嬢ってもっと大人しい感じだと思っていたわ」
ぴくり。
どこかで聞いた言葉が聞こえた。
プランタ伯爵、ってたしかあの意地悪な金髪女の婚約者の。
プランタ伯爵令息のリクの妹って事ね!
これはいいわ!
イオは探してもいないからどうしようもなかったし、
リクは騎士の合宿にはそもそもいないから、どうしようかと思ったけど。
これはチャンスよ。
迷子になって不安になっている妹に優しくしたヒロインの『ステラ』はきっと!
リクの中て株が急上昇して、あんな意地悪女よりもって思うはずだわ。
これはチャンスだわ。
その次はイオにアピールしなきゃだけど、その前に良い機会が出来たわ。
やっぱりショウに構いすぎていたから、ルートに乗りかけていたのね。
いくら物語が一人に絞らないといけなくてもそんなの『ステラ』には厳しいわ。
『ステラ』は皆の愛を一身に受けるはずの特別な女の子なの。
やっぱりどこかに物語をおかしくしてた奴がいたのね。
どうりでおかしいと思ってたのよ。
ここにそんな奴がいないのなら、思う存分『ステラ』の魅力で取り戻さないといけないわ。待っていてね、アスター王子! あと二日もすれば激励の為に訪問するイベントがあるし、そこでツツジ様になりすますヤバイ転生者から取り戻してあげますからね!
〇〇〇
「おかあさま、おとうさま。ごめんなさい、わたし…どうしても、
お母様の言葉が嘘だなんて、信じたくなくて、それでモモナ様を巻き込んだのです」
「いいえ! 違いますわ、わたくしが! わたくしが、巻き込んだのです!
我が家の利になると思い、わたくしが!」
あら…もう一人、いるわね。
桃色、ピンクの髪なんて、ヒロイン気取りって感じで気に入らないわあ。
でも、どっちが……妹の方なのかしら…。
どっちも、そんなに似てないわね。
妹なんて、そんなものなのかしら。
紫の瞳……かしら、まあいいわ。
どっちにしても『ステラ』の魅力を知って、それを伝える役になるのよ。
ふふん。
そうすれば、リクだって!
そうすれば、他のキャラだって!
『ステラ』がどれだけ優しく素晴らしく、ヒロインとして最高か理解できるわ。
「夕刻の頃にお父様が護衛のリカルドとベルと共に来てくださるから、
もう安心してくださいね、リリアねえさま」
「モモナさま、ありがとうございます。本当に、何から何まで。
モモナさまも、不安でしょうにいつも気遣ってくださって…」
不安になっている妹(仮)たちを優しく慰める『ステラ』!
いいじゃないの。
それを見たリクはきっと目が覚めるわ。
本当に優しく接してくれているのは、『ステラ』だって。
あんな意地悪な人より、性格悪そうなあんな人よりって、むふふ!
最初の階段には丁度いいわよね。
そうやってやり直していけば、アスター王子も! 他のキャラも! むふふーん!
「あなた達が迷子になったって方たちかしら。
心細くて大変だったでしょう? お可哀想に!」
「……え、だ、誰ですの、あなた…」
「森の中に二人だけで、なんて可哀想なのかしら。
令嬢があんな所を彷徨うなんて、耐えらない寂しさだわ。
怪我はしていない?
お腹だって空いたでしょう?
疲れたでしょう? でももう安心してくださいね。
もうここは安らぎの場ですからね」
「いえ、無理やり押しかけ色々とご迷惑かけていますので、
そんなに事まで、お願いできませんわ」
なによ、なによ。
せっかくこんなに心配してあげているのに。
二人ともつれない反応ねえ。
普通こんなに優しくしたら、その優しさに感激して安心して涙流すはずなのに。
「おや、ガロイジュ男爵令嬢もこちらに…?
ガロイジュ男爵令嬢、こちらは私にお任せください。
貴方はそろそろ料理当番がありますでしょう?」
「で、でも、わたし、こんな可哀想な目にあった人たちを放ってなんて、」
料理って面倒だし、こっちで可哀想な二人を慰める役目の方がいいわ。
いくら魔法で楽できても、あんな大人数の料理……面倒よね……。
あとで『ステラ』の手柄として貰いたいけど、実際にやるのは……ううんでも、イオや他の男たちの株を上げるにはそっちも重要かしら。でも、でも、こうやって優しく支えている所だって充分アピールになるはずだしぃ……。
「あなた、ガロイジュ男爵令嬢って、あなたが……?」
「……え、ええ。そうですわ。それが、何か?」
あら。
もしかして、名前だけ知っていたけれど『ステラ』を知らないって感じかしら。
もしかして『ステラ』って有名人?
まあ当然よねえ…!
「……あなたが、あなたがいたからキツバが、あんな辛い目に……っ!
あなたが、私の親友を苦しめた……っ、いいえっ。
なんでも、なんでも、ありませんわ。
……会えて光栄ですわ、まさかこんな所でおとぎ話に聞いていた方に
会えるなんて思わず、驚いてしまいましたの。
話には聞いていましたが、まさか本当にこんな方だとは、驚きました」
「まあ。ふふ、『ヒロイン』だなんてそんな」
やだあ。やっぱり有名人じゃないの『ステラ』って。
「ガロイジュ男爵令嬢、お役目がありますよ。
そろそろ向かってください」
「わ、分かってます。
お二人とも、辛くなったら私を頼ってくださいね。
なんでもしますからね」
邪魔が入ったけど、良い事聞いたわ。
『ステラ』はもう知れ渡っているのね。
これは思ったより簡単に済むかもしれないわ!
わざわざアピールしなくてもいいわね。
ならここはイオにアピールしなくちゃ。
〇〇〇
パタパタと駆けていく足音が小さくなっていく。
どんどん小さくなりはじめてから、女性騎士はぺこりと頭を下げた。
「申し訳ありません、不快な思いなどしていませんか。
悪い方ではないのですが、その、言動が少し、まだ」
「いいえ、そんな事ありませんわ。
ああやってあちらからわざわざ、会いに来てくださるなんて
面倒が一つ減りました。
キツバを傷つけた元凶にここで会えるなんて幸運だと思わなくては。
……覚えましたわ、あの者の顔。
あちらが覚えて下さらなくても、わたくしが覚えましたわ。
いずれ、もう一度会う時の顔が楽しみです」
モモナの目はほんの少しだけ怒りが見えた。
友を傷つけた原因が何食わぬ顔でやってくるなんて思いもしていないが、それがまさか今日だとは。こんなところでよくわからない態度で接してくるなんて予想はしていない。
けれど、やっと会えた。
何度直接会って、文句を言ってやろうかと思っていた存在に。
「……あんな方が、精霊の加護を、愛を、独占しているなんて。
いいえ、精霊の加護なんてそれは神の決める事、そんな事よりも。
……あんな振る舞いの一体どこが良かったのかしら」
吐き捨てる様な言葉は冷たかった。
「リリアねえさま、あんなのと同じなんて大変ですわね。
何か絡まれたりしていませんか?
わたくし、同じ年ごろではないから、まだ学園にはいけませんが、
あんなのが傍にいるなんて、耐えられませんわ」
「あの方には、まだありませんね……」
「あの方には!? どういう事ですか、他の令嬢には絡まれたの!?
ちゃんとご両親に伝えました!? どこのどいつです!?」
一瞬冷たくなった空気はすぐに元に戻る。
が、そんな空気もまたしばらくすれば変わるだろう。
もうすぐ現れる迎えに二人の令嬢はしゅん、としながら宿舎を後にしていくのだった。
そんな二人の話をこっそり聞いていた者がひとり。
『かごの、どくせん……ステラひとりじゃなくても、いいの…?』
弱くよわく光る暖かな光。
それを纏ったちいさな存在が、そう呟く。
『ステラだけじゃなくても、いい、の?』
ちいさい声は、どこかに消えていった。
夜。
少し変わった味のシチューが振る舞われたが、その評価は………。