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ゾンビ先生は美脚がお好き  作者: 改 鋭一
二日目夜 「記憶」
31/44

つながり

研究室の前まで戻って来ると、陽奈がキャハハハ!と弾けるような笑い声を立てているのがドアの外まで聞こえていた。


女子二人でまだそんなに盛り上がるネタがあるのかと半ば呆れながらドアを開けたが……意外な光景に俺は驚いた。


陽奈は携帯で誰かと話していたのだ。


やっと電波障害が解消したか。基地局の機能が回復したのか。


どっちにしてもありがたい。これでやっと外の世界と連絡がとれるぞ。


太陽の巨大フレアだって、そう何日も燃え続けるわけじゃないだろう。それに夜になれば電波の状況は変わる。鉄の壁で隔離されてしまったこの大学の中では非現実的な状況が続いているが、外の世界では徐々に日常生活が戻ってきているのかもしれない。


笑顔で陽奈を見守っていた葵が俺の方を向いて唇に指を当てて「しーっ」とやる。いや、言われなくても邪魔なんかしないさ。


葵が俺の側に来て小声で事情を説明してくれた。


さっき陽奈の携帯を見たらアンテナが1本立っていたので、ダメ元で友達のところにかけてみたら予想外にかかってしまったんだと。とりあえず互いの無事を確かめ合って喜んでいるところのようだ。良かった良かった。




「葵、お前の携帯は? まだ通じないのか?」


「私のはまだダメ。陽奈ちゃんのはソフトパンクだし私はドモコでキャリアが違うの」


「ああ、会社によって復旧の度合いが違うんだな」


「こういう時はソフトパンクの方が対応が早いのかしら。ドモコの方が基地局とかは多そうだけど」


「たまたまだろ」


こっちでそんな会話をしていたら


「もしもし? もしもし? あれ? 切れちゃった」


陽奈が残念そうな顔をしている。


まだ電波状況は良くないのか……あるいは、やっと回線がつながるようになったので通話が集中してるのか。


「大丈夫よ。いったん繋がるようになったんだから、何度もかけてたらきっとまたかかるわよ」


葵が慰めるように言う。


「あ、でも、いいんです。友達みんな無事だって分かったし、私が無事だっていうのも伝わったし」


「え? それだけでいいの?」


「はい……私が代表でレポートを提出しに大学に来ててこんなことになっちゃったんで、班の人たちが私のことすごい心配して病んじゃってて、友達がとにかく電話でみんなに私が生きてたこと回してくれるみたいなんで、こっちは早く電話切れて良かったんです」


「そうなの」




「ネットはまだつながらないのか?」


気になったので訊いてみるが、


「ネットはまだみたいです。とりあえずもう一人、友達に電話してみます」


と陽奈が言うので、友達やその家族・知人を通じて、生存者がいることと、防護服の連中に狙われていることの二点を、なるべくたくさんの人に拡散してもらうことにした。


さらに、もしネットに繋がる人が出てくればSNSにも投稿してもらう。これで生存者がいることをある程度アピールできるはずだ。


ただ当局の連中がそれを黙って見てるとも思えない。


生存者がいるのに大げさな隔離壁を作ってゾンビと一緒に閉じ込めた。しかも生存者を抹殺しようとしている。


そんな不都合な事実が明らかになったら、何人の政治家や官僚の首が飛ぶか分からない。というか後できっと裁判沙汰になるだろうから、連中も必死だろう。SNSの記事なんか片っ端から削除されるかも知れない。


生存者の存在を何かもっと確実に世に広く知らしめる手段はないかな……




「あ、私の携帯もアンテナ立ってる」


あまり嬉しそうな色が出ないように抑えてくれている……葵の声はそんな感じだった。


「おお! そうか。早くお前もどこかかけてみろよ」


「いいの?」


何故は葵は遠慮がちだ。


「いいよ、もちろん」


「じゃあ、とりあえずお母さんにかけてみる」


3回ぐらいかけ直したところで何とかつながったようだ。


「うん、私よ……生きてるわよ……ちょっと落ち着いて、落ち着いて……うん……うん……圭も一緒よ、っていうか圭が助けに来てくれたのよ……他に後輩の女の子も一人いるわ……」


電話の向こうでは葵のお母さんが狂喜乱舞しているようだ。連絡がつかず生存も絶望視されていた一人娘から元気な声で電話がかかってきたら、そりゃそうなるだろう。


陽奈も隣の部屋で友達と嬉しそうに話している。


良かった、良かった。


彼女たちには生き抜くべき理由がある。帰りを待ちわびている人たちがいる。


これで彼女たちも、こんなところに長居したいなんて言わないだろう。彼女たちはちゃんと元気でお家に帰るべきだ。




電話を切った葵と、今の時点で110番や119番に電話すべきかどうかを話合った。


しかしこのような状況で110番や119番がきちんと機能しているとは思えない。おそらく通報が殺到しているだろう。地元の警察や消防も、俺たちから通報を受けたら困るだろう。どう考えても彼らにどうにかできる状況ではない。


それに、通報することでかえって、あの防護服の連中に、俺たちがここにいるという情報を提供してしまう恐れもある。あいつらの正体は不明だ。どこかで警察や消防とつながりを持っている……なんてことは考えたくないが、絶対にあり得ない話でもない。


とりあえず通報は明日の状況を見てから、という結論に達した。


その時だった。


友達との通話を切ったところで陽奈の携帯の着信音が鳴った。今度はどこかから電話がかかってきたようだ。ただ陽奈は着信番号を見てチッと舌打ちして携帯の電源を切ってしまった。


おいおい、それはないだろう。こんな状況だ。せめて電話に出るだけでも出たらいいのに。


「出なくていいの? 誰から?」


葵が声をかけると、案の定、


「いいんです。母親からなんで」


と吐き捨てるような言い方だ。


「出た方がいいよ。せめて生きてる報告だけでもしときなよ」


「いいんです。私が生きてたことを友達から聞いて義務的にかけてきてるだけだから。二三回かけてつながらなかったらもうかけて来ないはすです」


「ふうん」


しかし陽奈の携帯は電源を入れる度に何回も何回も鳴り続けた。


「ほら」


葵が促すが陽奈はまだやさぐれている。


仕方なく俺からも


「たぶんお前が出るまでかけてくるぜ。それにもし向こうが義務的にかけてきてるんだったら、こっちも義務的に相手してやったらいいじゃないか」


と促すと、陽奈は渋々といった様子で電話に出た。




「……うん……うん……大丈夫……うん」


陽奈本人はふて腐れた様子だが、電話の向こう側では、お母さんであろう女性の声がわーわーきゃーきゃー裏返っているのがこちらまで聞こえてくる。


本人の予想に反し、陽奈が生きていたことでお母さんは喜びまくっているようだ。まあ、そりゃそうだよなあ。


思わず葵と顔を見合わせるが、葵もホッとしたような笑顔だ。


「……うん……いいよ、そんなの……うん……大丈夫」


結局陽奈はそこから30分以上母親からの電話に付き合わされていたが、電話を切った後の表情は意外にさっぱりした感じだった。


「どうだった? 喜んでくれてたでしょ?」


「ええ、まあ……」


「こっちにもちょっと聞こえてたけど、あんまり義務的っていう感じじゃなかったな」


「ええ……お母さん泣いてて……『良かった良かった』って……私のことでお母さんが泣くなんて初めてで。お父さんも、飛行機が出たらすぐに日本に帰ってくるらしくって」


「実はみんな、陽奈のことをすごく心配してたんじゃないか?」


「お母さん、大学の外まで来て『娘を探して』って何度も警察とケンカして逮捕されそうになったって……」


「だろう?」


「……」


陽奈は黙ってうつむいてしまった。


「陽奈ちゃん、あなたのことを大事に思ってる人は、実はこの世にいっぱいいるのよ。そういう人たちのために、ちゃんとここを出て、家に、学校に、帰ってあげないと」


葵が諭すように言う。


「分かってます……分かってますけど……」


「いいわよ。とりあえず今晩は一緒にね」


「はい……」


「葵、お前ん家はどうだったんだ?」


気になってたので葵にも訊いてみる。


「まあうちも似たようなものね。お母さんは泣いて喜んでたし、お父さんはたまたま学会に行ってて無事だったけど、あれこれ心配して病んで寝込んでたのが、私が生きてるのを知って電話の向こうで喜びの雄叫びを上げてたわ」


「ハハハ、そりゃ良かった」


葵のお父さん、お母さん。俺もずいぶんお世話になった……はずだ。申し訳ないことに顔は思い出せないが、何となく暖かい雰囲気だけを覚えてる。




「あの」


陽奈が、言おうか言うまいか迷った末に、といった感じで口にする。


「山野先生は……ご家族は?」


「ああ、俺か? 俺はな……」


と言いかけてまた止まってしまった。何にも記憶がない。


妹がいたけど亡くなってしまったみたいだ。


親はどうしたんだろう。いくら俺でも床下の土から湧いて生まれて来たわけじゃないだろう。ちゃんと両親はいたはずだ。でもこれまで一切話には出てこなかったなあ。今頃どこでどうしてるんだろう。


「俺には、家族はいないみたいだ。なあ、葵?」


「……」


葵は真面目な顔でじっとこちらを見ている。


「あなた本当に思い出せないの?」


「出せない」


「佳代ちゃんのことも思い出せないの?」


「佳代ちゃん、っていうのが俺の妹なのか?」


「そうよ。あなたいつも、佳代が、佳代が、って言ってたくせに」


「うーん、なかなか出てこないな。何か、もうちょっと、という感じはあるんだが」


「あなた、佳代ちゃんの写真、後生大事に持ち歩いてたけど、もう持ってないの?」


「ああ、そういえば」


俺はデスクの引き出しを開けて、あの学生服で写ってる写真を取り出した。


「これかな?」


「そうね、この写真よ……あれ? 陽奈ちゃんと初めて会った時に、どこかで見たことがあるなあと思ったけど……佳代ちゃんとそっくりなんだ」


葵は写真の少女と陽奈をしげしげ見比べている。


確かにこうやって見比べると他人とは思えないぐらいよく似ている。これって陽奈の中学生の時の写真よね、って普通に言えるレベルだ。


「え、そうなんですか? 私にも見せて下さい」


陽奈自身も、


「ああ……よく似てますね、確かに……」


言葉を失っている。





「そうだ。陽奈ちゃん、ちょっと協力してもらっていいかしら」


葵が急に身を乗り出して陽奈に言った。


「え? いいですけど」


「あのね、ちょっと幼い感じ……小学生ぐらいの感じで、この人に『お兄ちゃん』って呼びかけてみてもらえる?」


「……お兄ちゃん! ……こんな感じですか?」


「もっと子供っぽい感じで」


「お兄ちゃん!」


「うーん、もっとわざとらしく」


「ええーっ……じゃあ……お兄ちゃあん」


「もっとアニメの声優っぽい声出ない?」


「そんなの無理です……ええっと……お兄ちゃん?」




俺は最初のうち苦笑しながら陽奈の可愛い妹ごっこを見守っていた。


しかし途中からキーンという耳鳴りがして変な気分になってきた。


離人感っていうやつか。デジャブの時の何とも言えない違和感が膨れ上がり、極大になった感じだ。目の焦点が合わない。陽奈と葵がすごく遠くにいるように見える。いや、周囲の景色全体がすごく遠くに行ってしまった感じだ。


ただ耳鳴りはどんどん強くなってきて、遠くの陽奈が発する「お兄ちゃん」という言葉だけがすぐ耳元に響いている。遠近感なんかまるっきり無視だ。気持ち悪い。


何だこりゃ。いよいよ頭が変になってきたのか。


しかし陽奈の繰り出す様々な「お兄ちゃん」は少しずつ何かに近づいていた。


そして。


たまたま、だろう。


陽奈はそこに置いてあったカップ麺を手に、ふざけてこう言った。


「お兄ちゃんも食べる? これ美味しいよ」


!!


それを聞いた瞬間、その姿を見た瞬間、俺の中の何かが壊れた。ガラガラと崩れた。


その壊れたところからどっと溢れ出したのは悲しい気持ちだった。悲しい気持ちは川のようになって流れ、俺の心の中をいっぱいに浸した。そして俺の両の目から涙になってこぼれ出した。


「どうしたの圭? 大丈夫?」


「え? 私、何かまずいこと言いました?」


葵と陽奈が慌てて俺の顔をのぞき込む。


しかし俺の目は溢れる涙で覆われてしまって、もう何も見えていなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] カップ麺のおっちゃん... 電波が一瞬でも復活したこと ハルナのお母さんにも情があったこと 妹さんのことを思い出せた?こと [気になる点] 銃の音は一体何を撃っているのか? 先生の…
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